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こꯓレ)ろ🌟🦄🌈🌟
2025-03-12 16:44:27
9958文字
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ハイチャ♀
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ありきたりなデキ婚の話
ハイチャ♀
ギャグ…
ハインラインは激務に追われて徹夜四日目だった。
たまたまミレニアムに乗艦していたチャンドラがハインラインの激務を見かねて手伝いを申し出てくれて、ナチュラルのくせになかなか仕事が出来るのであれこれ任せていたら、いつの間にか彼女も二日徹夜していた。
ハインラインの研究室は片付けも疎かになっており、床には工具箱が置きっぱなし、一次大戦時代に活躍した紙の書類が挟まった分厚いファイルやディスクの入った箱も無造作に積んである。未開封レーションとペットボトルも転がっていて足の踏み場もない。
床に積んであるファイルの山の中から資料を探すべく立ち上がったら、足もとに放置されていたデカいスパナに躓いてよろけた。倒れた先には床に胡座をかいて膝の上にパソコンを乗せて作業していたチャンドラがいて、勢い余って押し倒してしまった。
「うわ!」
「わっ?」
仰向けに倒れるチャンドラと、その上に覆い被さるハインライン。視界がぐるりとまわり、ファイルのタワーが倒壊、ドサッと音がした。
ギリギリ床に手をついたので小柄なチャンドラを圧し潰して怪我をさせるのだけは回避したが、彼女は強か後頭部を打って顔を顰めているし、ハインラインは膝を床に打ちつけて痛い。
「イッ
…
てて
…
」
「すまない。チャンドラ中尉、大丈夫か?」
「後頭部、激痛ですが
…
たぶん?」
チャンドラがぎゅっとつぶっていた目を開けて、ハインラインを見た。倒れた拍子にメガネがズレていて、オレンジのレンズ越しでない鮮やかな青い瞳と至近距離で目があった。
かと思えば、チャンドラは突然笑い出した。
「ふふっ、あはっ、あははっ
…
ふはっ
…
なんか、おかしっ
…
はははっ。ハインライン大尉が、こけっ
…
こけて
…
はははっ距離、近っ! お、おもしろっ
…
ふふふはは」
何がおかしいのかツボに入ってしまったらしく笑いが止まらない。
二日徹夜で働いているせいだろう。斯くいうハインラインも徹夜四日目だったのでなんだかおかしくなってきて笑いが込み上げてきた。
「はは、はははっ! 確かに近いな。ふふふっ、ははははは!」
二人して笑いのツボにハマってそのままの体勢で爆笑してしまった。
ひとしきり二人で笑ったあと、笑いの波がおさまったのも二人同時だった。押し倒した状態のまま、スンッ
…
とした瞬間、相変わらず至近距離にチャンドラの顔がある。
タレ目、小麦色の肌、下唇が少しぽってりしている。なんとなく、吸い寄せられるようにチャンドラの唇に甘く噛みついていた。
「ん」
チャンドラのくぐもった声が僅かに聞こえた後、ちゅ。とリップ音がして、それは自分がチャンドラにキスしたからなのだが、無性に興奮してもう一度、今度はもっと噛み付くようなキスをした。
チャンドラも拒まなかったし、ハインラインの舌を受け入れて自ら舌を絡めてきた。腕を伸ばして抱きついてきた。
ハインラインは熱と柔らかさを求めてチャンドラの身体をまさぐった。
結論から言って徹夜は良くない。
目が覚めたらハインラインの居室だった。
研究室でキスして何となく盛り上がって、お互いもっとヤりたくなって仕事を放棄して部屋で一線を超えてしまった。
身体の相性が良かったのか過去最高に気持ち良いセックスに理性がいよいよ吹き飛んで、ハインラインはゴムを着けるのが面倒だと避妊を怠るし、チャンドラも中に出してとねだってきた。そのまま三回ヤって寝落ち。
目覚めた時にはお互いキスマークだらけの身体で、スッキリ感と疲労感とやっちまった感でかなり気まずい空気が流れたがお互い大人なので無かった事にしよう
…
という事で話がまとまった。
繰り返すが、徹夜は良くない。正常な判断力を失わせる。せめて三日までにすべきだった。四日も徹夜してはいけない。絶対にだ。
数ヶ月後、ミレニアムに乗艦してきていたチャンドラに呼び止められた。
一夜のやらかしはあったものの、お互い態度を変えることなく同僚の距離感を保ってきたのだが話があるからと部屋に来たチャンドラに妊娠を告げられた。
「自分は若い頃から生理不順で、年に一回月経があるかどうかって感じなので妊娠なんてしないと思ってて、アフターピルも飲まなくて
…
もちろん、
…
お、堕ろすけど、一応
…
合意のセックスの結果だから報告だけしときます」
床に視線を向けたまま淡々と報告するチャンドラに対して言葉にならない不快感を覚えた。
この感情に名前をつけたいがムカムカしてしっくりくる表現が思いつかない。
堕ろすならいっそ知らせないで欲しかった。これは相談ではなく報告だし、付き合っているわけでもない。妊娠したのはチャンドラだしどういう決断をするかは彼女に決定権がある。報告されてもハインラインとしては頷くしかない。無駄に不快になるだけではないか。
「わかりました」
そう答えるしかないので、話を終わらせようとしたものの、チャンドラはなかなか部屋を出て行かない。
俯いて、顔を上げてを繰り返して何か言いたそうにしていて少々苛立ちながら問い詰めた。
「言いたいことがあるなら言え」
すると、震え声で言われる。
「認知しなくて良いし、絶対大尉に迷惑かけないように一筆書きますから
…
やっぱり堕ろしたくないです」
「なんだ、僕の遺伝子狙いだったのか?」
ハインラインの子どもを産みたい女は掃いて捨てるほど居る。これまでに婚約者になりたいと申し込んできたのはハインラインが把握しているだけで三桁人にのぼる。面倒なので全て断ってきたが。
チャンドラもその類だったのか、と腑に落ちて問うも、チャンドラはきょとんとしていて意味がわかっていないようだった。
「は? 遺伝子狙うってなんですか」
「だから、僕の遺伝子には価値がある」
「えっ
…
?」
全く理解できないと言わんばかりのチャンドラ。そう言えばやたらと使えるから忘れかけていたがこいつはナチュラルだった。
チャンドラの子どもはナチュラルになるのだから遺伝子狙いというわけでもないのか、と思い至る。
「よくわかりませんが、せっかく自分のお腹の中に来てくれた命を殺すなんて出来ません」
「僕の財産を狙っているのでは?」
「だから! そういうんじゃないから揉めたくないし一筆書くって言ってるじゃないですか!」
怒って否定されて、驚いた。遺伝子目的ではないなら財産目的かと思ったがどうも違うようだ。これまでハインラインに言い寄ってきていたコーディネイターの女ならこのような状況になれば堂々と認知を求めてくるだろうし財産のことにも言及するはず。そういう害虫のような有象無象の女と同類かと思っていたのだが。
しかし違うと思うとなぜか途端に気分が良くなって、そういうことなら別に子どもの一人くらい居てもいいかという気持ちになった。
「なら責任くらい取りますよ。ちょうど後腐れない結婚相手を探していたし、後継も作れと実家の圧が煩わしかった。結婚しましょう」
財産狙いではないという言葉が嘘が本当かは別にして、結婚は周りからせっつかれていたし、後継問題もあれこれ言われて面倒だった。ここらできっちりと契約を結んだ面倒くさくない相手と結婚してしかも子どもも出来るとなればこれまで煩わしく思っていた周囲からの圧力も無くなるはず。子どもはハーフコーディネイターとなるが、チャンドラはナチュラルにしては有能だしまあまあ使える子どもに育つかもしれない。うるさい親族も少しは落ち着くはずだ。ハインライン的にも渡りに船である。
結婚するにあたり、その場で条件を取り決めた。
どちらかが離婚を切り出したら別れること。離婚届は事前に二枚作成し、一枚ずつ保管する。
子どもが生まれたら遺伝子検査をしてハインラインの子であることを確認する。もしハインライン以外の子なら即離婚すること。
浮気OK。お互いの生活に干渉しない。
ハインラインの子どもであると確定した場合、養育費は結婚していても離婚しても成人するまで折半とする。
離婚後の子どもの親権はチャンドラが持つこと。
以上のルールを決めて早速入籍した。
言わば契約結婚なので、手続きは全てミレニアムの中で行ったし、結婚式やお披露目などは全て省略した。
ハインラインは結婚を期にコンパスへの出向をやめ、設計局に戻った。結婚すれば親族からのお見合い攻撃も無くなってプラントで暮らしやすくなるからだ。
結婚したのだから当然チャンドラもプラントで一緒に暮らすことにして、転職したいと言ったのでハインラインの采配で設計局の職員として採用し、仕事をさせることにした。
相変わらず、ナチュラルなのに普通にコーディネイターに混じって仕事ができていて、しかも有能だ。
プラントではナチュラルの医療に詳しい医者のいる病院の近くに新居を構えた。
チャンドラは子どもが生まれるギリギリまで働き、子どもが生まれてから約束通り遺伝子検査をして、ハインラインの子であることを確認した。
出産後、チャンドラは育休を取ってずっと家にいる。産後ひと月は家事をする人を雇いたいと言われたので実家からメイドを二人借りて家事を任せたが結局、三週間ほどで戻ってもらった。
産褥から回復したチャンドラは自分で家事と育児を始めるが疲れているのか子どもと一緒に良く寝ている。それでも子どもが泣けば飛び起きて面倒を見ているので母親とはすごいものだ。
疲れているのが目に見えてわかるのでミルクやおむつ替えを手伝おうとしたが「大尉はそんなことしなくていいですよ! 迷惑はかけないって言ったじゃないですか」と遠慮されて疎外感を覚える。
子どもは良くミルクを飲み日に日にふくふくと大きくなっていき、一度抱っこしてみたいが初手で手伝いを断られてしまったし、子どもの養育はチャンドラがすると決めてあったので、言い出すのも気まずい雰囲気である。
子どもが生まれてしばらくして、ハインラインは設計局の個人用の研究室で、デスクについて腕組みし、端末のカメラ機能で撮影した子どもの画像をパソコンの大画面に表示させたものを眺めながら独りごちていた。
「子ども、思ったよりかわいいな
…
?」
茶色いふわふわの髪に青いタレ目、小麦色の肌。今の所100パーセントチャンドラに似ている。
これまで結婚願望も無ければ、子どもが欲しいと思ったことも無かったし、子どもなんてうるさいし手間はかかるし仕事の邪魔としか考えていなかったが、いざ生まれてみるとチャンドラの目を盗んでせっせと写真を撮り、その画像を職場で仕事の手を止めてまで、繁々と眺めてしまうくらいにはかわいい。
抱っこしてみたいが相変わらずチャンドラに言い出せずモヤモヤしている。
探究心から色々と調べたら赤ちゃんがかわいいのは大人の庇護欲を誘うため。という検索結果が出て納得した。
なるほど、子どもが可愛いのは自然の摂理。守りたいと思うのは当たり前の感情であるらしい。
何となく、赤ちゃんに会いたくなって仕事もそこそこに午後はリモートワークに変更して帰宅することにする。
チャンドラの育児ですくすくと成長する子どもは、ミルクを飲み、げっぷしてたまに吐いて、排泄し、泣いて、寝返りして、ハイハイして、口の周りをべたべたにしながら離乳食を食べ、たっちからの伝い歩き、喃語をしゃべり、笑い、遊び
…
と、成長速度が早すぎて目が離せない。
可愛すぎる一挙手一投足を出来るだけリアルタイムで観察したいので仕事は定時退勤一択だし、休日出勤は絶対しなくなった。在宅でのリモートワークも増やした。
そうなるとやはり育児にも参加したくなるというもの。最近はじりじりとチャンドラとの距離を詰めてまずはゴミ捨てや掃除から始め、少しずつ育児に関わることができるようになった。
いつの間にか周りから「子ども出来て人が変わったように家庭第一の男になった」となどと言われるようになったが、何せ子どもが可愛いから仕方ない。子どもが可愛いのは自然の摂理なのである。
ハインラインが帰宅すると、チャンドラが赤ちゃんを抱っこしてエントランスまできて出迎えてくれるのが最近のルーティンだ。
「パパが帰ってきた〜。パパおかえり〜」
ゆるい部屋着姿のチャンドラの、にぱっとした笑顔と、赤ちゃんのにぱっとした笑顔がハインラインに向けられる。最近、二人の笑顔を見ると胸に何かつっかえて、呼吸がしづらい時がある。言葉がうまく出なくなったり、急に体温が上がったりする症状もあるがすぐに治るし、その感覚はむしろ気持ちよくてハマっている。
「今日帰るの早い日だっけ? でもよかったー、パパとご飯食べれるねぇ」
にこにこして、赤ちゃんに話しかけるチャンドラに土産のフルーツの入った紙袋の口を開けて見せる。
「デザートに」
「わ。立派なマスカット。マンゴーとりんごもある。美味そう! どうしたんだこれ?」
「貰い物だ」
「そっか、ありがと」
本当は自分で買ってきた果物だったが、貰い物ということにして渡した。チャンドラが好きなフルーツがわからなかったし、嫌いなものを渡してしまった時に誰かのせいにできるからだ。
今日の土産のフルーツは概ね高評価を得ているらしく、笑顔が眩しい。また買ってこようと思った。
腕に抱いた赤ちゃんに「離乳食にすりおろしたりんご食べよっか?」と話しかけているチャンドラの後ろ姿を眺めながら心のメモに彼女の好きなフルーツを書き留めておく。
産休中のチャンドラはずっと家にいて育児だけでなくハインラインの食事なども作ってくれるようになった。家族みんなで食事をとるのも、帰宅したら出迎えてくれるのも、チャンドラの家では普通のことだったらしい。
自分の母親は、父親の出迎えなんてしていただろうか。両親とも仕事を持って忙しく働いて別居状態だったから会話はほとんどなかった。そもそも遺伝子の相性優先の政略結婚のようなものだったから愛情も無かったのだろう。
ハインライン自身も両親から何不自由ない衣食住と最高の教育環境を与えられてはいたが、親子の会話は無かったように思う。
ハインラインの帰宅を待って三人で食べる夕食。最近は離乳食を子どもに食べさせるという役目も任せてもらえるようになったし、寝かせつけもさせてもらえるようになった。
ハインラインは、チャンドラとの契約結婚で家族と過ごすあたたかな時間を知ってしまった。
♦︎
子どもが一歳になってすぐ、休日にハインラインが書斎の書類整理をしていたら結婚前にあらかじめ作った離婚届が出てきて、戦慄した。
「離婚
…
届
…
?」
離婚後の生活をシュミレーションしようとしたが、一瞬で断念した。想像したくない。出来ない。
今更二人がいない生活なんて、無理では?と思い至り離婚届を持つ手が震える。
衝動的に離婚届を破り捨て、バラバラになった紙片を集めてゴミ箱にぶち込むが、この離婚届はもう一枚あってチャンドラが持っている。
チャンドラが離婚したいと思ったら即、関係を切られる事に気づいて愕然とした。何の誇張もなく人生最大の危機である。
先日、チャンドラから「アルバートって呼んでもいい?」と言われて、了承した。
それまでずっと結婚後約一年半にわたり「大尉」と呼ばれていたのだが、他人の前でその呼び方をすると差し障りがあるらしく呼び方を改めたいということだった。ついでにチャンドラのことは「ダリダ」と呼ぶことで合意した。
初めて「ダリダ」「アルバート」と呼びあった日はなぜかずっと落ち着かなくて仕事中もそわそわして普段絶対しないようなミスもするし、無性に帰りたくなって出勤して一時間も経たないうちにリモートワークに切り替えて帰宅した。
帰って笑顔のチャンドラに「おかえり、アルバート」と言われて不整脈が起こり、熱っぽくなって、視界がぼやけるし頭はふわふわしてぼうっとするという謎の体調不良に見舞われ、早めに寝てしまったのだがそのことを翌日たまたま仕事で設計局に来ていたアーサー・トラインに話したら「はいはいごちそうさまです。ハインライン博士がまさかこうなるとは
…
結婚ってすごいですねぇ」と謎の返答をされてしまった。
今ならわかる。あの不整脈はときめきである。いつの間にかチャンドラのことを好きになっている。あろうことか、トライン相手に無意識に惚気てしまっていたなど、一生の不覚。
しかし考えてみれば、好きじゃなければいくら四日徹夜していたからと言って押し倒した勢いでキスするはずはないし、セックスに及ぶはずもない。まして子どもを産むことも絶対に容認しなかった。
ハインラインはその遺伝子に価値があり、多額の資産を有する身の上だ。軽々しく子どもを作るなと教育されて育ってきており、何とも思ってない相手に避妊を怠るようなセックスをするはずは無い。
ということは、最初から好ましく思っていたということで
…
「僕としたことが気づくのが遅すぎたな
…
」
両手で頭を抱えて自分の鈍感さに引いた。バカである。今すぐ誰かに己の無能を罵って欲しい気分になった。
しかし後悔している暇はない。どうしたらチャンドラが離婚届を破棄してくれるかを真剣に検討する必要がある。
研究と開発にかまけて三十歳まで恋愛経験値ほぼゼロのハインラインが頭を捻って出した結論として、チャンドラが離婚したいと思わないようにプレゼントを買ってきたり、子どものおもちゃを買ってきたりしてみた。とりあえず財力で囲い込もうという作戦だ。
しかしこれは逆効果だった。むしろ「何かあった? 誕生日でもないのにおもちゃとか買ってこられるのはちょっと
…
」と怪しまれ、迷惑がられてしまう。
想いを自覚してしまうと、結婚してから指一本触れてこなかったチャンドラにも触りたくなった。身体の相性が良いのはわかっているだけに抱きたくなって仕方ない。
しかし事前の取り決めで、浮気OKにしてあるので、そういう欲求はお互い外で恋人を作って発散しなければならず
…
。そこまで考えて愕然とする。
「お互いに
…
? ダリダがどこかの馬の骨と恋人同士になり、セックスをする
…
だと
…
?」
結婚するにあたり事前に取り決めの条件を作ったのはハインラインなので、過去の自分をぶん殴りに行くためにタイムマシンの開発が急務となった。自分は紛うことなく天才的バカである。
いつ何時離婚されるかわからない。離婚されないにしてもチャンドラが外に恋人を作る可能性がある。
自分が作った結婚の条件はあまりにもチャンドラを蔑ろにしているし、子どもの遺伝子検査についても失礼極まりない。むしろ良くこの条件を飲んで結婚に同意してくれたものだ。
突然全てを失うかもしれない状況に耐えきれず、ハインラインは完全に挙動不審の男になった。自分の行動の何かが彼女の気に障った場合、即座に離婚を言い渡される可能性がある。
食事を食べる順番は、声をかけるタイミングは、仕事に行く時間は、朝の挨拶をしようとして緊張して噛んだときにはもうダメだと思った。
正解が全くわからないし、不正解したら終わりかもしれない。怖すぎて情緒不安定にもなるというものだ。
数日して、仕事に行く前に「行ってきます」と声をかけて良いものか三十分以上悩んで遅刻確定。エントランスでもだもだしていたらチャンドラから声をかけられた。
「最近具合悪そうだけどなんかあった? 大丈夫か?」
子どもを抱っこしたチャンドラが心配そうな顔をしている。最近ハインラインにも慣れてきた赤ちゃんが、抱っこをねだって両手をのばしてくるが、チャンドラが優しく言い聞かせてとめる。
「パパはお熱があるかもね。疲れちゃうから抱っこはママだよ」
「いや、別に
…
どこも悪くは
…
」
「体調悪いなら仕事休んだ方がよくないか? 無理すんなよ」
身体的な不調というより、チャンドラとの離婚に怯えて精神的に参っているだけだ。余計な心配をかけて、面倒な夫と思われて離婚を切り出されたらと思うと怖くて平気なふりを装おうとしたが、優しい言葉をかけられて耐えきれなくなった。
チャンドラの事が好きだったことに気付いた。離婚したくない。君が外に恋人を作るのは耐えられそうにない。ふざけた条件を突きつけて結婚したことを後悔している。愛している。と言葉を尽くして謝って告白した。
数分にわたりハインラインの切なる告白を全て聞いてくれたチャンドラは、にぱっと笑って実にあっけらかんと言った。
「え、そっかー。やっぱ好きなのか。そうかも? って思ってたけどちゃんと言ってくれるのはやっぱ嬉しいな。じゃあ今日から普通の夫婦になっちゃいますか」
「えっ」
ハインラインは驚きすぎて過去イチ背景宇宙刮目状態から戻ってこれない。
今までの非礼極まりない態度と度し難い傲慢がこんなにもあっさり許されると思っておらず困惑した。ボコボコに殴られても、助走をつけて飛び蹴りされてもおかしくない振る舞いだったと思う。特に結婚の条件を決めたあたり、リカバリー不可能な失礼さだった。
震え声で問い詰めたところ、チャンドラは苦笑しながら言った。
「いやほんと結婚の時はめちゃくちゃ失礼なやつだなって思ったけど、でもアンタは結婚してからずっと自分と子どもに対して誠実でしたよ。外で遊んでる風でもないし、毎日早く帰ってきて家事育児してくれるし、すごく大切にしてくれる。もしかしてツンデレか?って」
ふふっと笑うチャンドラの度量の大きさに感服するしかない。更には、ようやく一人でたっちが出来るようになった子どもを床に降ろして、二年以上ぶりにチャンドラに抱きしめられて、ハインラインからも抱きしめることが許されて感動のあまり目頭が熱くなった。
その夜、チャンドラの部屋に保管してあった離婚届をハインラインの目の前で破り、破棄してもらい、久しぶりにセックスに及んだ。気持ち良すぎて理性が飛んだ。
それから夫婦の寝室を一つにし、改めて新婚生活を一年程堪能してから、もう一人子どもを作りたいと言ったら快く承諾してくれて四人家族となった。
ちなみに「ツンデレ」は意味がわからなかったので調べたら、オーブ語でまさに自分のような人間のことをさす言葉だった。
♦︎
チャンドラのおおらかさ、度量の大きさに救われたハインラインは無事に妻子過激派の男と化した。
チャンドラは子育ての傍ら在宅勤務で設計局の仕事を続けているが稀に設計局に出勤する必要がある。
出勤日にせっかく職場でも一緒に居られると嬉しくて、離れ難くてさり気なくそばに居ると聞こえよがしに人種差別をされていることに気づいた。
ハインラインが一瞬席を外した時に「ナチュラルのくせに〜」とか、「身体で籠絡した売女が〜」とか「どうせ財産目的で〜」とか失礼極まりないことを言われまくっていて、チャンドラは聞こえているはずなのに笑顔を絶やさず何も言い返さないし、聞こえないフリをしている。
何か考えがあるのかと二人きりになったタイミングで不当な扱いを受けているのに反論もしないのはなぜかと問い詰めたら「自分はナチュラルだし、デキ婚なのは確かだし、貧乏だったし普通の人がみたら財産目当てって思うの当たり前だろ。あと言い返して何かされてもこっちはナチュラルなんだからボコボコにされたりしたらどーすんだよ! 危ないだろ!」と怒られてしまう。
ナチュラルのチャンドラや子ども達にとってプラントは安全な国ではないことを痛感したハインラインはオーブへの移住を決める。
もちろん、チャンドラを侮辱した奴らはハインラインの名において徹底的にすり潰してからだが。
オーブに引っ越したらノイマンやラミアスらと頻繁に会えるようになってチャンドラが大喜びだし、プラントで暮らしていた時の三百倍はニコニコしていて大変良い。妻の笑顔というものがQOLに直結していることを知った。もっと早く引っ越せば良かった。
が、チャンドラと契約結婚をしていたことがノイマンやラミアスにバレ、その取り決め内容があまりにもチャンドラに対して礼を欠いたものであった為ヤキを入れられることとなった。
傲岸不遜な振る舞いを寛大な心で許してくれた妻への禊ぎとして、大人しく妻の元上司や友人たちにボコボコにされたハインラインであった。
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