西多士食べたい(四少)

十二視点で、十二→信っぽかも。香港の西多士おいしそうで書きました。

西多士食べたい



 白々と明けていく空を眺めて信一は言ったのだ。
「あ~~~、龍哥の西多士さいとーしーが食いたい」
 みな少し黙り込んだ。
 黙り込んで、窓枠に凭れ掛かって煙草をふかしている信一を見た。
 もう夜でなく、まだ朝でない空を見つめて、ここには居ない人のことを想っている彼は。
 そこにいるのに、ここにいないのではと思うほど、絵になった。

 卓は全員がどう続けても上がれない状態になって散らかったままだ。誰も何も言えなかったのは、脳が働くことをやめていたからというのもあるかもしれない。
 俺だって食いてえよ、と十二は思った。
 龍捲風の料理の腕はなかなかのもので、それは信一の口からしょっちゅう語られていたことだった。特に蒸した魚が美味くて、たまに作ってくれる老火湯も美味くて、それに甘味系も凝っていて美味いんだと。まあ惚気たくもなるよな。得意げな声と顔で語られるたびに十二ははいはいと聞き流した。自分も信一のことを言えた義理ではない。心から慕う兄貴がいて、その兄貴から愛されている自覚があって、それを遠慮なくさらけ出せる相手がいる。だからお互い様だった。お互い様、だったのだ……
 十二は信一が可哀相だと思う。
 可哀相と思っていいのは自分くらいではないかと思う。
 父親同然だった龍捲風を喪い、右手の指まで喪い、本当は気楽な暮らしがしたいのに、託されたものがあまりに大きい。自分が信一だったらどうなっているだろうと考えかけて止める。十二が考えるべきは、この九龍城塞のあらたなるリーダーを、今後どう支えていけるかということだ。特に、十二は城砦の外にあっても信一を援けられる。そういった自由が、そうできる立場がある。
 この、少し重たい雰囲気をどう打破してやろうかと思っていた時だった。
「西多士って?」
 と、洛軍が言った。
「お前もしかして西多士も知らない!?」
 と、自分の口が言った。
 四仔が西多士さいとーしーがパンを卵液に浸して油で焼いたものだと伝え、ああ、あれのことかと納得したように頷いている洛軍を見て思わず笑う。良かった、知らないわけじゃなかったか。
 ふと顔を上げれば信一も笑っていた。煙草をつまむ手で口元を蔽い、よく見知った顔で笑っていた。
 龍捲風のために自分はいると全身で誇っていたときの信一。
 彼に必要とされていることを自覚していたときの信一。
 その顔が好きだ。
 それでいいんだよと思った。ずっと誇ったままでいいだろ、お前は。

 十二はこの笑顔を引き出したのが洛軍であるのが歯がゆかったが、窓際にいる信一が、悠然とした雰囲気を取り戻しているのを見て心からほっとした。十二にとっては小生意気な彼の表情のほうが見慣れている。
 ぐ~~っと、誰かの腹が鳴った。誰だよと思って首を回せば、洛軍が(あ……)という顔をして腹を撫でている。お前、さすがに面白過ぎるだろ。自分まで腹が空いてきた気がして十二は笑った。

「龍兄貴の西多士を食ってみたいやつは?」
 卓に戻り、急にそんなことを言い出した信一に、まず四仔が手を上げた。意外なことに。
「お前兄貴に教わったことあんの?」
「いやぁ? だから思い出しながらになるかな」
 それって。それって兄貴の西多士っていうか、お前の自己流ってことにならない? と、十二と同じことを思ったのであろう四仔が手を下ろしかけている。
「でも食ってみたい」
「俺も!」
 腹をすかせた洛軍が手を上げて、十二もまた手を上げる。信一は面白がるような表情をしてから四仔を見た。もはや仕方なくかもしれないが、下がっていた手がまた小さく上がっている。
「しょうがねえなあー」
 信一はどこか嬉しそうな声色でそう言って、「ついて来いよ」とジャケットを担ぎながら言った。

(龍兄貴と同じ味じゃなくてもいいさ)

 こーだったかな? こーだったはず! と信一がぼやきながら焼き上げたのは、卵と、たっぷりのコンデンスミルクでぱりぱりになった西多士だった。
 縁が反り上がり、後がけの蜜もないこれが龍捲風流かはわからなかったが、(俺はこれが好きだな)と十二は声にせずに、思った。





波箱はここから
スタンプや反応もらえると嬉しいです