叉焼包おたべ(洛信)

叉焼包が好物ってなんだよ。好物までイケメンかよ……(と、わなわなして書いた話)


 錆びた鉄扉や、電線で覆われた隘路の一角。
 點心を蒸す、蒸籠の竹の匂い。

「信仔、」
 と気安く呼び止められた彼は、子供を呼ぶような声に少し眉を寄せながらも、蒸し饅頭屋が渡してきた紙包みを受け取って「俺の好物?」と無邪気に顔を輝かせた。
「何が好物なんだ?」と、後ろについていた洛軍は聞く。
「叉焼包だ。食ったことは?」
「ない
「お前……、本当に餌付け甲斐があるな……?」
 振り返った信一は笑っていた。呆れるような顔すら光っているみたいで嬉しくなる。いくら見ていても飽きない顔と言うのはこういう顔を言うのだろう。うっすらと頬に残る刀傷すら完ぺきだった。彼の研ぎ澄まされた容姿に悲哀を添えるようで、完璧だった。
 信一はフカフカに蒸された包子を手で半分に割ると、「ほら」と言って洛軍の口元までそれを運んだ。
 湯気と香り。濃く味付けされ、粗く刻まれた叉焼肉の色合い。
 洛軍はどこか甘い気持ちで口を半開きにして、信一が包子を押し込んでくるのを待った。軽く笑うような息遣い。そして直後には甘じょっぱい叉焼包が、ぎゅっと洛軍の口の中に押し付けられる。
「ん……、まっ!」
「だぁろ? おじさん、こいつにやっちゃったからもう一個!」
 薄汚れた天幕をめくって、信一は小銭を取り出しつつ、洛軍に与えなかった半分を自分の口に突っ込みながらそう言った。もぐもぐと動く頬を見つめながら洛軍ももぐもぐと口を動かす。包子を噛むたび、細切れの叉焼の味が舌に広がっていく。そして気のせいでなければ、叉焼包を突っ込みがてら、信一の左指が下唇を撫でていった感触があるのだ。
 洛軍はどこかぼうっとした気持ちで、追加の叉焼包を待つ信一を見つめた。
 人差し指で下唇を撫でる。
 再び叉焼包を手にした信一が、さっきと同じように包子を二つに割って分け与えようとしてくる。

 陳洛軍はそれほど、考えるのは得意ではない。
 藍信一の探るような目が、楽しむような目が、今は自分一人に向かっている。それだけでいい。

 洛軍はゆっくりと目を閉じた。
 薄く開いた口に、叉焼包が押し付けられ、もっとと強請るような気持ちが沸き上がる。ゆっくりと目を開き、試すような目を見返しながら、手首をつかむ。
 彼の優美な指は今まさに洛軍の下唇を撫でるところだった。だから今度は自分から唇を押し付ける。食むように、柔らかく、舐めてみる……
 
 願うことは得意だ。願って、願いを失わなかったから、今もこうしてここにいる。ここにいられる。そうだよな?

 信一はゆっくりと手を引きながら、洛軍が舐めた己の指にチュッと唇をつけて笑った。 



(終)





波箱はここから
スタンプや反応もらえると嬉しいです