伊坂
Public TGM
 

My washing machine is broken.(ルスマヴェ未満)

洗濯機が壊れる話です。もはやカプなしかもしれない。大佐大好きハングマンくんもちょっと出ています(笑)



ーーMy washing machine is broken.



「ゴゴ………
「g、ゴゴ……?」
 独り言はしないほうだと思っていたのに、マーヴェリックは思わず髭剃りの手を止めて目線を左へ回した。すると
「ゴゴゴゴゴッ!」
 マーヴェリックの視線に勇気づけられたわけでもなかろうが、洗濯機は立て続けに轟音を放って、何か生き物でも入っているのかと思うほど暴れ、数秒後に黙った。
「えっ……?」
 また独り言だ。自分は独り言をしないほうであると自負していたのに。いや、そうでもないだろうかグース。
「え……っ?」
 少なくとも一昨日までは特に問題なく動いていた洗濯機が、マーヴェリックの目の前で完全にダウンしている。どうしよう。洗濯機が使えないとなると不便だな。ええ、どうしよう、グース……

 マーヴェリックは髭剃りを終えて、ひとまず、鏡に映る自分を見つめながら顎周りを撫でた。うん、剃り残しはなし。せかせかと歩きながら倉庫内で剃るのもどうかと思っているのだが、剃りながら壁のカレンダーを見て、一日の予定を細かく組んでいくというのが朝のルーティーンと化してしまっている。電動髭剃りを手に取ると、足がカレンダーのほうへ勝手に動いてしまうのだ。
 しかし今日はアクシデント発生。マーヴェリックは十五年前に譲ってもらった洗濯機の正面に立って、「うーん」とうめき声をため息に混ぜて吐いた。赤いランプがついている。
 マーヴェリックは蓋を開け、洗濯機の中の衣類が槽の一方に偏ってしまっているのではと思い中を覗いた。嗅ぎなれた液体洗剤の匂い。銀色に光る槽の底にTシャツやタオルの類が沈んでいる。マーヴェリックは、糸くずをキャッチするための浮きが中途半端な高さで浮いているのを見て、脱水の途中で機械が止まってしまったのだとようやく気付いた。つまり衣類の偏りで一時停止したわけではないということ。どうすればいいんだ、この場合……
 取扱説明書とかそういったものは持っていない。持っていたとしても、読んでから対処するというタイプではない。もう一度蓋を締めてスタートボタンを押してみるがうんともすんともだ。こうなったらアレだ。電源を落としてみるという手法。マーヴェリックはあまり深刻に考えず、コンセントを握って、数秒置いてから差し直した。赤いランプが消えたことを確認して再度スタートボタンをオン。
「ええ………
 蓋の手前にある標準的なコマンドのボタンがすべて赤く点灯してしまったことにマーヴェリックは顔を顰めてしまった。本格的に嫌気がさす。これは、どうしたら排水を再開してくれるんだ? 最悪水が抜けてくれさえすれば、絞るのは手でもできる……
 年季が入っているといえばそうなのかもしれない。十五年前に譲ってもらったわけだから、マーヴェリックが使い始める前からもう使われていたということだ。使用頻度にもよるだろうが、こういった一般的な家電の耐用年数は十年かそこらだろう。あまり手入れみたいなこともしてこなかった。HITACHI製の、くすみや汚れも目立ってしまっている本体にぽんと手を置きマーヴェリックは思案顔を作った。
 というタイミングで
「ゴゴッ……! ゴウン………ゴゥ…………
「!」
 今更労われても、という抗議同然の反抗に遭って、マーヴェリックは防衛本能からさっと洗濯機から後ずさった。反抗というよりこれは、最後の力を振り絞ってくれている……
 安定感のある四角形の物体が、痙攣するかのように鈍く前後に揺れている様子に、まさか爆発するまいなとマーヴェリックは怖くなって、そのまま、その場で、近寄れず後ずされず足踏みを続けた。マッハ10で空を飛んでいる男が何をと思われるかもしれないが、好きで乗っている戦闘機とはわけがちがう。マーヴェリックは洗濯機には詳しくない。
「うっ、がんばれマーヴェリック……!」
 自分はわりと独り言を言う方だったかも、と考えを改めつつ、マーヴェリックは半歩踏み出して、顔を背けながらも右手をうんと伸ばして洗濯機の停止ボタンをすばやくプッシュした。もはやピッという音も鳴らない。洗濯機は鈍い動きを十数秒間続けたのち(それを見守っているのも怖かった)、ついに力尽きて動かなくなった。

『洗濯機が壊れた』

 マーヴェリックは長々とため息をついた後、仕方なくそうチャット欄に打ってスマホをローテーブルの上に置いた。
 脳に酸素がいきわたって、それと同時によくわからない徒労感がにじり出してくる。このだだっ広く無機質なハンガーに、いるのは自分一人ということ。びっくりして、がっかりして、なのに一人きりということ。羞恥というほどではないけれど、滑稽だなあという自省がじわじわ胸を満たす。一人だというのに、取り繕うように短く苦笑してしまう。
………
 椅子に座りかけていたマーヴェリックは途中でそれを止め、ハンガーの掃除用具置き場を覗きに行った。バケツ……、でも綺麗なバケツって持っていたかな。とにかく、まずは湖の底に沈んでいるお宝を救出しなければならない。袖が濡れてしまいそうなのでTシャツは脱いでおく。感傷に浸っている暇はないぞ、自分。
「っ………と、まあ絞るしかないよな」
 幸い今日は天気もいいし、厚手のタオルも干せば乾いてくれるだろう。背後でぽろぽろと鳴っている通知音を今は無視して、ずぶ濡れの衣類を手にハンガーの外に出ていく。思いっきり絞れば布の繊維が切れてしまうことになるだろう。面倒だが、一つ一つ手加減しながら絞ってパンパンと水気を飛ばしていく。
(しわしわだなあ)
 下半身にたたきつける勢いで濡れた衣類の皺を伸ばしていたら、あまり耳なじみのないコール音が流れ始めたのに気づいて、マーヴェリックは早足でカウチのほうへと戻った。

「やあ!」
『マーヴ!』
 ビデオ通話の向こう側に居たのはブラッドリー。サービスカーキ姿で、基地内の部屋からかけてきているとわかる。
『なっ、なんで裸?!』
「えっ? ああ、洗濯槽の中のものを引き上げてたんだ」
『チャット見たよ』
「突然壊れるからびっくりしたよ」
『なんかジェイクの奴が『今夜新しいのを届ける!』とか返信してたけど?」
「本当に? さすがにそれは悪いな」
『ちょうど俺もこっちにいるし、一緒に行ってもいいかな? 普通の洗濯機でいいんだよね?』

 マーヴェリックはビデオ画面を最小化して、チャット欄に教え子たちから複数返信がついていることに目を瞠った。
 チャットルームの名前はヤングガンズ。アイコンはフットボールを掲げているホンドーの手のドアップだ。
 皆それぞれ忙しい日々を送っているのでたまにしか動いていないが、可愛い犬が基地内にいたとか、鳶ににフライドポテトを奪われたとか、とりとめのない雑談をする場所として使われている。洗濯機が壊れたことをそっと呟いたのもここだ。(ちなみに鳶にフライドポテトを奪われたのはフェニックスとボブ。奇跡的に撮れていたという動画が貼られたことで、二人には悪いがマーヴェリックはしばらくの間笑い転がってしまった。)
 と、そこに、噂のハングマンから『こちらの機種をお届けしますよ』と最新の返信がつく。ウインクする顔の絵文字と共に。商品リンクも。さすがの速さというか。
……呟いてみるもんだなあ……
 ビデオ通話がまだつながっていることを忘れて、マーヴェリックはしみじみと呟いた。『そうだよ』と画面の向こうからすかさず返事がある。もしかしたら、思い出の写真を飾っている壁際のあたりからも。
 ついさっきまで心の中にあった「どうしよう」が乾いていた。一人芝居嘆くみたいな気持ちは。カウチに投げたままでいたTシャツを着こんでまた通話画面を最大化すれば、『Tシャツ着たんだ』とほっとしたような声が聞こえた。
「本当に来てくれるのかい?」
 マーヴェリックは改めて見る画面越しのブラッドリーの姿に微笑みをこぼした。元気そうでよかった。和解といっていいかは分からないけれど、今でも、これからも君が大事だと泣きながら伝えられたのが二か月前……
『元々今週末そっち遊びに行く予定だったじゃん? ハングマンに抜け駆けされたくないし』
「でも悪い……
『いいんだってば! てか俺にだけメッセージくれりゃあ良かったのに』
「え? うーん……
『うーんって!?』
 ティーンの頃と変わらない表情でブラッドリーが怒り落胆しているのを見て、マーヴェリックは懐かしさのあまりへにゃりと笑った。僕のかわいい子が怒ってて可愛い。さすがグースとキャロルの子だ。ぽてっとした頬や瞼が本当にかわいい僕の甥っ子。
『頼って欲しいんだよ……
 ほとんど詰るように言われて、マーヴェリックは「うん」と小さく頷いた。完全に同意したわけではない。でもたまには。今日みたいに気が向いた日は。愚痴るみたいに呟いてもいいのかもしれない。教え子たちに好かれている間くらいは。
『俺、マーヴが好きなんだからね?』
「僕もだ。ありがとうブラッドリー」
 正真正銘真心でそうだと伝えたつもりが、ブラッドリーは頭を抱えるように俯いて、『うん、じゃあ夜ね……。遅くなるかもだけど』と通話を切った。
 
 数日くらいなら洗濯機がなくてもなんとかなるだろうし、この、壊れてしまった洗濯機だって時間をかければどうにでもなる。一人でも大丈夫だという自信がマーヴェリックにはあって、だから、多分本当は手伝いなんかいらない。望んですらいないのかもしれない。自分にはそういう、欠けた部分があるから。
……困るけど、嬉しいよな」
 マーヴェリックは唇を尖らせながらスマホを置いて、助けを求めるようにロッカー際のグースとアイスの写真を見た。こっちの気も知らないで、余裕しゃくしゃくな二人の顔……
 嬉しいっていうのは、困る。
 困るのに、でもそれがまるっきりゼロだと生きていけない。
 洗濯機が壊れたことよりも、きっと自分にはこっちのほうが困ったことで、だったらなぜチャットルームに呟いてしまったのだろうと、自分の中途半端さを恨みながら洗濯物を干す。

 パンッとタオルの両端を引き、再び皺を伸ばしながら、でも独り言は少ない方だというのは撤回しようかなと、マーヴェリックはひそかに思った。


(終わり~!)






波箱はここから
スタンプや反応もらえると嬉しいです