伊坂
Public TGM
 

If you are free on the next Sunday(格納庫でダンスを)(アイマヴェ)

#M右ワンドロワンライ様より お題「ダンス」で書きました。ちょっとサバサバしたアイマヴェ。僚機僚機してた思い出が二人の中にあるのって、う~~~~ん、本当に好きよ。


 淡い眉。長い睫毛が影を落とす湖氷色の目……

 見慣れた(と言っていいだろう)、厳めしさと優しさを足して二で割ったような美男子の相貌を前にして、「いや、」と先に照れたのはマーヴェリックだった。照れたというか。耐えられなくなったというか。互いの脚の位置を確認しながら、逃れるように左足を引く。密着しかけた身体を、まず一旦もとに離す。
「何だ」
「何だじゃない、何だじゃない」
「ほら、もう一回」
「ほ、本気か?」
 まず、ここかどこかを考えてくれとマーヴェリックは言いたい。君の執務室の前室。右手には応接用のソファーとテーブルがあって、左手にはどでかい執務机。そう、つい二分前まで、君が仕事をしていたマホガニー製の、多分だけど由緒ある机がある。
 そして、それは今じゃなきゃ駄目なのかということもマーヴェリックは問いたい。思いついたことを、忘れる前にすぐ試したいというのは、仕事のできる人間にはまあありがちのことだ。だとしても。
「アイス」
「うん?」
「十分だけだぞ?」
「十分か。よし、いいだろう」
 お互い、サービスカーキ姿ではあるが、マーヴェリックの足元はスニーカーだった。アイスだって外羽根式の履きやすい革靴で、決してフォーマルなタイプではない。
(音楽もない)
 シャンデリアも無ければ、ミラーボールもない。
(やれやれ)
 マーヴェリックは観念して、再びトム・カザンスキーという男の淡い眉に向き直った。まったく何だって。何だって急にダンスの相手をしてほしいだなんて。
 アイスの口元がふっと柔らかい弧を描き、何よりも目の輝きが彼がいま嬉しがっているということをマーヴェリックに告げる。この状況から脱しようも何も、相棒の手はすんなりとマーヴェリックの腰に回り、マーヴェリックが二歩以上離れていくことを許していないのだから苦笑するほかない。
(わがままな奴だ)
 来週末、久々に社交的なパーティーに出向かなくてはならないので、というのがアイスの言い分だ。足がもつれないか試しておきたい。体幹のほうもかなり衰えているはずだから、何分間ならよろけずに踊れるか把握しておきたい。マーヴェリックは仏頂面で報告書を手渡しながら、なら「病み上がりなもので」と誘いを受けなければいいだけの話だろうと内心思った。
 マーヴェリックはアイスの背中に手を回し、その背の広さを味わうように撫でながら身を寄せた。「誰か、誘われそうな相手でも?」
 歳をとっても、この男はモテるのだ。
 それは、この男が慕われるに足る人物であるからだ。
 地位と、判断力と、信用を間違いなく持っているからだ。社交的なパーティーで、大勢に回復を祝われるほど。それは素晴らしいことで、マーヴェリックの誇りでもある。でも可哀そうにとも思う。自分は暇で良かったと思う。今日日、そういった場に出向いて、踊ることがあるかもと考えることなどマーヴェリックにはない。顔色を窺われること。体調を観察されること。自分と違って、そうした場で気を張っていなければならない僚機が、遠い存在になった気がして、可哀そうだ。
 マーヴェリックがアイスが、ただのアイスだった頃を知っていて、その頃のアイスを今も愛している。だってマーヴェリックは、その頃からあまり変われていない。この、大将になったアイスもまた愛してはいるけれど、マーヴェリックが好きだったのはあの頃の自分達だ。アイスになら僚機と呼ばれるのが嬉しくて、左前を飛んでいるアイス機にじゃれずにはいられなかった自分。燃料を無駄にするような飛行をするたび、「デートの時間が減るぞ」と窘められていた自分。ヘルメットを脱ぎ取った直後のアイスが好きだった。長い首。尖った顎のライン。自信に満ちた額や頬に、ヘルメットの痕を見つけるのが好きだった。自分とまるで性格は違うけれど、だけど『同じ』なアイスが好きだったのだ。
 音楽はなくとも、相手の動きに任せていればダンスは成立する。
 基本のステップは身体が覚えているだろうから、まず呼吸を揃えて、ただ自分たちが楽しい時間を過ごすことを考えて――
(これを教えてくれたのは、)
 マーヴェリックは背筋を伸ばして、アイスが微笑む姿に微笑み返した。悔しいが、エスコートされる側としてはちょうどいい身長差だ。歩幅を大きく取ったアイスに、追い付くようにしてゆったりとテレスピン。少しアイスがよろけたのがわかる。すぐさま体の隙間を無くして、支え合うようにゆったりと踊る。
「別に誰かと踊る予定はない」
「じゃあ備える必要なんかないだろ?」
「いつでもお前と踊れるようにしておきたいだけだ」
 嘆息とともに吐き出したようなアイスの言葉に絶句して、マーヴェリックは「じゃあ」と言った。
 よくもそんな言葉が吐けるものだ。「練習しないと」
「そうだろ?」
 そこで何で得意げに言うんだ。
 感謝されるように軽く頭を撫でられて、マーヴェリックは唸った。照れを上回る可笑しさと喜びがある。戻るのかもしれない。自分達はたぶん、今ほど立派じゃなく『同じ』だった自分たちに戻るのかもしれない。
 居住まいを正して「じゃあ、大将……」と退室しかければ、ただのアイスが「日曜に行っていいか?」と声を浴びせてきた。若い時のように。どうせ次の日曜も俺たちはデートをするんだろうとそういった気安さで。
 モハーヴェでダンスの練習? ハ、そりゃあいい。


『If you are free on the next Sunday(格納庫でダンスを)』






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