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伊坂
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サーバルキャットのアイスくん(おかわり)2
サーバルキャットのアイスくんシリーズの最新話です。
同人誌収録の書き下ろしの後の話になっていますのでネタバレ注意です!
1個前の話はこちらから→
https://privatter.net/p/10800040
シリーズはこちらから→
https://privatter.net/p/10198800
サーバルキャットのアイスくん(おかわり)2
「は?」
トム・カザンスキーは緊張していた。なにせ緊急の呼び出しだ。しかも『マーヴェリックの件で』という但し書き付きで。こんなに心臓に悪いことはない。ついにこの日が来たかとアイスの目の前は暗くなった。ずん、と両肩も重くなった気がした。トーク・トゥ・ミー・マザーグース。一体どの件だ。マーヴェリックの、どの件だ。心当たりなんて五万とある。
……
五万は言いすぎだとしても、取り澄ました顔とも揶揄されるアイスのその顔の下は、常に心配事で犇めいているのだ。
「は?」
トム・カザンスキーはあっけにとられて、再度上官相手に素っ頓狂な声を漏らした。失礼な態度だと頭ではわかっていても、どうすることもできない。俺はてっきり、もしかしたらマーヴェリックがついに軍を辞めさせられるんじゃないかと。そして、もしかしたら自分も、降格させられてしまうんじゃないかと。
(だって)
常に惹かれあうことに怯えてきた。求めあうことを遠ざけようとしてきた。実際、マーヴェリックという男は過去にアイスに対してこう言った。もう俺を好きでいなくていいと。お前のためなんだと。男同士が愛をささやきあうに、軍という組織はあまりに防衛的で排他主義的だった。好きだという気持ちを、相手のために存在したいという気持ちを、閉じ込めておけなければやっていけない。そういう空間だった。本当は、世界に叫んだっていいくらいに好きなのに!
「アイス」
「はっ」
「もう一度言う。お前さんのマーヴェリックが妊娠している」
「冗談にしてはあまりに
……
」
「アイス。隠さんでいい。俄かには信じられんだろうが
……
。ヤツのお腹の子はお前の子なんだろう?」
はぁ~? 待ってくれ。
本当に何が何だか。
ハンマー。今のアイスの直属の上司であるケインの厳めしい顔。
そして呆れているようで、どこか面白がるようでもあるかつての師、今もトップガンでアドバーザリーであるヴァイパーの顔。ヴァイパーは今再びマーヴェリックの直属の上司でもある。長い洋上勤務を終え、この冬からマーヴェリックは再びトップガンで教導機を駆る立場になったのだ。
「マーヴェリックはしばらくの間飛行禁止だ。あいつは今附属病院にいる。アイス。あいつはお前に迷惑を掛けまいとして、誰が父親なのかを一向に吐こうとしない」
口髭を揉むようにしながら話すヴァイパーの姿が、あまりに自分たちを教え導いていたときと変わらなくてアイスは泣きたくなった。この人はだめだ。鍛え上げ、見守ることに特化していてだめだ。
「わかっただろう。お前があいつとまるで関係ないというのなら、我々はお前にこれ以上のことを開示できないし、あいつとの接触も今後禁止せざるを得ない」
まるで敵機二機に、交互に脅かされているかような。
これは。
僚機無しでは勝ち目がない。逃げ回ることもできない。頭の中でロックオントーンが止まない。どうする。どうすればいい。
『なーに、大丈夫さ、アイス!』
肩の後ろから、お気楽で、でも確信的な、支えるような言葉が聞こえてきた気がして、アイスは両手を握り上官二人に再び向き直った。
数回の呼吸で冷静さを取り戻しながら、アイスは、どこでばれたのだろうと思った。一刻も早く僚機との情報のすり合わせが必要だが、まずどういった経路で自分たちの関係が疑われるに至ったか、それを調べたうえで合流したい。できるなら。
(この状況に流されて不利にならないか?)
慎重にもなる。
ばれてもアハハで済むなら、最初からこの恋慕をひた隠しになんかしていない。
密告だったとしたら終わりだ。自分もマーヴェリックも、万人から好かれているとは言い難い。僚機僚機とお互い口にして憚らないのは、何か怪しまれた時に、冗談めかして言い逃れができるからだった。それに甘えすぎたか。マーヴェリックが自分と生きることを選んでくれて、浮かれていたというのはきっとある。悔いても仕方のないことではあるが。
マーヴェリックもアイスも、同居しているということを大っぴらにはしていなかった。マーヴェリックはマーヴェリックで、時々は単身者向けの官舎に帰ることにしていたし、しょっちゅうカザンスキーの家に行っているらしいなと言われても「猫がかわいくて」と説明するようにしていた。アイスも「俺の帰りが遅い時、猫の面倒を見てもらってる」とフォローすることができたし、空母猫をしていたという実績もあって、サーバルキャットの『アイス』には軍も甘いところがあった。アイスとマーヴェリックが同居生活を営むにあたって、彼とリブの存在はいい目くらましになっているのだが
……
。
猫と言えば。いや、関係があるのかないのかわからないが、このところ様子がおかしかったといえばおかしかったのだ。
マーヴェリックがではない。カザンスキー家に住まう、二匹の猫たちが、だ。
サーバルキャットの『アイス』に関して言えば、今の今まで一度も飼い主を出迎えたことなどないのに、この数週間に限って言えば、今か今かと自分の帰りを待ちわびて、玄関に入るなり「遅いぞ!」と飛び掛かってくるしまつ。マーヴェリックが餌をやり忘れたのかと思ったが、そんなことはまったくなく、おかしいこともあるものだと思っていた。
思い出してみれば『リブ』もどこかおかしかった。金曜日の夜に、マーヴェリックはビールを飲む。よく冷えたビールを冷蔵庫から取り出し、カシュッと缶のプルタブを上げて、飲み口の泡をくちびるで迎えに行くようにしてごくごく飲む。飲みながらキッチンで料理をすることもあれば、買ってきたデリを皿やボウルに開けて、アイスの帰りを猫たちと共にのんびりと待っていたりもする。
夕方になれば遊んでもらえるとわかっている猫たちは、マーヴェリックが食事する間、そろそろ運動の時間では?とマーヴェリックを見張るように眺めている。ただ、
『お前! また! なんでだよ!』
先週の金曜は少し様子が違った。マーヴェリックが『リブ』に襲われたのだ。聞けば、先々週の金曜にも同じことをされたのだという。
マーヴェリックは心底つらそうだった。ビールを駄目にされたことではなく、『リブ』に嫌われるようなことをしてしまっただろうかと、それを気にしてしょげていた。
今までにこんなことはなかったら、悲しいまであるのだろう。エサが足りていないとか? 遊びの時間が足りていないのかも。そう思いながら新しいビール缶を冷蔵庫から取り出せば、今度は『アイス』までもが尋常ならざる目つきで駆け付けてきて、マーヴェリックがプルタブを上げることも許さず、電光石火の速さでビールを蹴落としていた
……
。
(まさかあいつら)
気づいて、いるのか? マーヴェリックが妊娠したということに?
腹の中にいる胎児に、悪い影響がないようアルコールの接種を妨害をしている?
つまり、なら本当にマーヴェリックは妊娠しているのか? 男なのに? 俺の子を?
ぐるぐると考えながら、アイスは前方からの視線に気づいてはっと顔を上げた。
どこかこの状況を楽しがっているヴァイパー。
とは対照的に険しい顔つきのままのハンマー。
思わず背筋を伸ばせば、埒が明かない思考にピリオドを打つようなため息を彼は漏らした。
「つくづく、」
「?」
飛行士上がりの、厳しいが艶のある相貌。右手の指には、アイスが嵌める指輪と同じものが。
どこか諦め顔のケインは、彼にしては珍しいすっとぼけたような声で「お前もマーヴェリックも、空に愛されているというわけだ」
と言って踵を返した。
はぁ? まったくもって「???」である。
『病気ではなく、体質の突然変異的なものだと考えて欲しいんです』
上官たちに言われるがままに、アイスはジープを附属病院に向かって走らせ、上官たちに促されるままに泌尿器科の端っこでうなだれているマーヴェリックのところへたどり着いた。すぐ隣には医者らしき人間。マーヴェリックは、今朝家を出たときと同じ、ワーキングカーキ姿でそこにいた。
妊娠
……
、してるか?
どう見てもいつものマーヴェリックだ。
ポーカーフェイスが比較的得意なアイスと違って、マーヴェリックの混乱はひどいものだった。アイスの後ろに、ヴァイパーとケインがいることに気付きながらも、敬礼と挨拶も忘れて「アイス! どうして来た
……
!」と口にしたくらいだ。
やはりマーヴェリックも、これは上官たちが自分たちがゲイだということを明るみに出すために仕掛けてきた罠なんじゃないかと考えている様子だった。だがそんなことができる暇な人たちかと言われたら絶対にノーなのだ。こんな茶番に、特にハンマーは絶対付き合わない。
そこで冒頭の、医者のセリフに戻るのだった。
「「突然変異
……
?」」
マーヴェリックと自分の声が重なった。
重なった、と思って少し視線を下げれば、マーヴェリックはいつもより疲弊して見えた。待機が長かったせいか。こんなわけのわからない理由で、長時間病院に留め置かれていたのだから疲弊もする。
「今日、俺は健康診断を受けてから出勤する予定で」
「は? 聞いてないぞ」
「言う必要ないだろ?」
「あるだろ! 何だよ、どこか調子が悪かったのか?」
会議室のような場所に移動して、医者、マーヴェリック、自分、ヴァイパー、ハンマーの五人で机を囲む。照度が、そして天井がもっと低ければ、空母で行われていたデブリーフィングそのものだった。報告とフィードバッグ。勘で飛ぶなと言いながら、勘で飛んでどうだったかを共有する時間があった。教本や、教導の中では絶対に共有されることのない個人のスキル、個人のセンス。懐かしい。海の上では常にそうだった。そうだ。さまざまな制約の中で、できることをする、ギリギリの自由を堪能する。マーヴェリックを好きにさせるのが好きだった。自分の翼下では、のびのびと飛んで、嬉し気なマーヴェリックが好きだった。
「吐いてたんだ」
と、唇を叩きながらヴァイパーが言うと、マーヴェリックは眉間に縦皺を作って俯いた。
「吐い
……
、こいつがですか? こいつが、飛行後に?」
「おかしいと思うだろ? 聞けば最後に健康診断を受けたのは2年も前だって言うから、それじゃ駄目だってことで健康診断を受けろと俺が言った」
それで、まさか妊娠が発覚するなんて思っていなかったってか?
頭を抱えたいのは、この場の誰もだろう。たぶん医者以外。ふちなし眼鏡に、茶髪のネープレスというのは、医者というよりかは弁護士とか、法務助手とか、そっちの方面のやり手にも見えた。
「突然変異の詳しい内容は? なぜ男が妊娠するなんてことになっている?」とヴァイパー。
「戦闘機のパイロットがオメガ化はすでに空軍で3例報告されています。海軍では初めてですが」
「その、オメガ化というのは?」
「特殊な環境下に置かれた男体が、妊娠可能になった状態のことを言います」
「特殊な環境
……
、高高度、低酸素とか、そういうことか」
「それに彼のうなじに噛み痕があったので、妊娠の可能性があると検査医はすぐピンときたようです」
えっ、と。思った時には遅かった。全員の視線がアイスに注がれている。
マーヴェリックは自分の首の裏を自分の右手で覆うと、「これ
……
? これが関係あるのか?」と驚いた声を上げた。忘れもしない。妙に冷静だ。そう、その噛み痕は俺がつけた。
(だってあの夜、俺たちはもう一緒になろうと思った。お互い弱いところを曝け出して、足りない部分は補い合って生きていくんだと、そう思って噛んだ
……
)
「オメガは、おそらく自分を妊娠させる人間を選びます。誰でもいいわけじゃない。過酷な環境にさらされ続けて、だから、好きな相手と子孫を作るためにオメガ化する」
ぶわっと、体温が上がるのがわかった。
ほとんど同時に、マーヴェリックが恥ずかしそうな顔をしながら、穏やかで爽やかないい匂いを放った。
(お前
……
! ピート
……
)
マーヴェリックは泣いていた。静かに、どうしようと深刻な顔をして青ざめていた。
こんなに愛おしい匂いを放っていながら、どうしてそんな悲しい顔をするのかと思った。
撫でてやりたくてそうする。
立ち上がって、すぐそばで膝をついて、お前はすごいやつだ、お前は俺の子を身籠っているんだぞ! と褒めてやりたくてそうする。
(おれの
……
おれのせいだ
……
)
アイスはマーヴェリックから強く漂う、後悔の念に胸が締め付けられる思いがした。空にいる時は無茶苦茶してばかりの奴が、陸にあるときはこんなにも自責でいっぱいになってしまう。自分のせいでアイスの人生が狂ってしまうと、心から嘆いている。
「泣くなよ、ピート
……
。俺は希望でいっぱいだぞ」
悲観的なマーヴェリックを前に、アイスは、ひさびさに自分の中に野心が戻ったのを感じて微笑んでいた。怒りと決意。すごいな。お前は俺を変えてくれる。
マーヴェリックという男はいつだってアイスを変える。
ただの優等生から、絆と、その可能性を信じられるアヴィエイターに。
そして今度は、自分を父親にしてくれる。愛する男が、自分との子を妊娠してくれるなんて!
「それでいい。やはり野望がないとな、アイス」
にやにやと笑うヴァイパーの隣で、ハンマーは悠然と立ち上がりながらそう言った。見抜かれていることにぞっとしながら、諫められていないことに感謝する。
おかしいだろう。
だってきっと、マーヴェリックがオメガ化しなければ、自分たちの関係は歓迎されず、忌むべきものとされ、ズタズタにされていた。
おかしいだろう。
だってきっと愛し合っていても結ばれない二人は存在し続ける。安堵のすぐそばに、熱く激しい憤りがあった。俺たちはたまたまだ。
「変えていけますかね?」
「我々に聞くな。とりあえず、大将でも目指してみるんだな」
震えるマーヴェリックの背中を、アイスに目配せをして許可を得た医者が優しく撫でる。大丈夫大丈夫と、無責任で事務的な手つきが逆に好ましかった。ケアとはそういうものなのかもしれない。
さて、トム・アイスマン・カザンスキー。
考えることは多いぞ。だが結構。
マーヴェリックが身籠ってくれた子を婚外子にしないために、自分ができることをやる。上等だ。
アイスは不敵に笑って、マーヴェリックの濡れている目じりに唇を落とした。
宝石みたいにきらきらしたヘーゼルグリーンの瞳。猫みたいに丸く見開かれた瞳。
不安で、だけどお前となら大丈夫。俺が絶対にお前を幸せにしてやる。お前のおかげで、俺は逆境をものともしない俺になっていく。
恐怖があるのにわくわくして、さあやってやるみたいな爽快な気分で、きっと、これがお前が空にいる時感じている充実感なんだろ? 僚機。
猫たちがよくそうしているように、額に額をくっつけるようにして気持ちを伝えようとすれば、マーヴェリックは大きな目をぱちぱちさせて
……
、「そうだな」と柔らかく頷いた。
(つづく!)
波箱はここから
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