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伊坂
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ウォームミーアップ(アイマヴェ)
このSSにホテルえっちを加筆して、6/1、ムぱら発行予定の再録本に収録しようと思ってます。
(先日、横須賀でくうぼ見学できたんですけど、対策して行ったのにめっちゃ寒くて、迎えてくれる皆さんもめっちゃ寒そうだったのでその経験をSSにしています😂)
ウォームミーアップ
さ、っむ。いや、ちょっと寒すぎじゃないか? 最高気温四度って。
みぞれ交じりの雨が全然降り止まない中で『スプリングフェスタ』って。
何か、どうかしてるんじゃないのか、ノーフォーク。
心なしか、序盤は大勢いたお客さんも少なくなってきてる気がするんだが。
なあアイス。吐く息がずっと白い。
君がこんなに近くにいて、僕を守ってくれないなんて本当に悲しい。
何年軍人をやっているんだこの体たらく、と言われたらまあ、それまでの話ではある。
でもだってだな?
昨日までカリフォルニアにいたんだぞ。それなのに突然ノーフォーク。じっとしていたら、防寒着を着ていても普通に寒い。というか、ドレスブルーの上にピーコートとか何十年ぶりだ? なあ、ちょっと甲板をランしてきてもいい? そしたら股関節当たりの筋肉がほぐれて、大分マシになるような気がしてる。気がしてるんだよ、アイス。なんで君はちょっと平気そうなんだ?
「すまん」
白い息を吐きだして、隣に立っているアイスが言った。薄い瞼。海よりも明るく、空よりは暗いブルーの瞳。軍帽からはみ出したロマンスグレーの色気にうっかり胸が高鳴る。
なので「何が」とぶっきらぼうに返した。
「こんなに寒くなるとは思ってなかったな」
「まったくだ」
「しかも雨だ」
「さっきからちょっと首を傾けるだけで、帽子の廂にたまった水が流れる」
「もっと難色を示すんだったな」
「それはそうかも」
「修理中の艦だろうが、こうしてイベントを催して、一般人から寄付を募る必要があるというわけだ」
「それで『スプリングフェスタ』? 『ウィンター』の間違いだろ
……
」
「いや、すまん」
「いや、ノコノコついてきた僕も悪い」
というか百パーセント自分が悪い。
「すまない、マーヴェリック
……
」
「どうした、やたら謝るな?」
「さっきヒーターにあたってきた」
「それは許されないぞ、アイス!」
「まああと三十分の辛抱だ」
「許されないぞ?! ああ、今すぐ君に温めてもらいたい
……
」
USSジョージ・ブッシュ。通称アベンジャー。
実に、十年ぶりの再会だ。
常に氷雪で覆われた甲板。そう、僕の記憶の中では。
冷たすぎる風雨。
夜になればカチコチに凍り付く甲板。
ドックから出たばかりの出来立てほやほやの艦が、あらゆる試練、あらゆる過酷に耐えるのが調整航行だ。それは乗組員も同じ。調整航行で、取り返しのつかない損害を出すわけにはいかない。なのに本番に備えて、本番よりも過密なスケジュールで艦の運用を命ぜられる。
吹雪の中でも行われるフライト。そして着艦オペレーション。常に誰もが青ざめていて、緊張していた。いい思い出なんて本当に一つもない。でもだからこそ僕は今もアヴィエイターをして居られる。誰もがやりたがらない任務を、無事にやりとげたからここに立って居られる。
(他の誰でもない君の推薦だった)
つまりそれは、もはやこの過酷を押し付けやり遂げさせなければ、もう軍に居場所はない状況だったということだ。だろう?僚機。
だから今もダークスターのテストパイロットという名誉を預かっている。名誉かはわからないけれど、立場と役目を与えられている。僕という無謀者を置いておけるのは危険があるところ。試練があるところ。そうやって活かすしかない。そうやって『守る』しかないと、アイスが決めた。柔らかでいて、剣呑な目つきで。
(はぁ、さむい
………
)
長期修理のため、この艦はもう何年も乾ドックにつながれたままだという。眼下にそびえる赤白のクレーン。修繕のためにせわしなく敷地内を行き来しているトラック。
金食い虫だよな、空母ってやつは。イベント前に聞いた話では、あと数か月ですべての修理が終わり、今日のこのイベントが一般人を招き入れて行われる最後の交流会となるらしい。
(それでこんな悪い天気だっていうのに人が詰めかけてるのか
……
)
今日の自分の仕事は、正装で甲板の上に立ち、展示用のF-18の前に立って、甲板まで上がってきた来場客に笑顔を向けて時折写真に写ってやるというもの。隙を見て持ち場を離れようかとも思ったけど、『マーヴェリック』の名前を聞きつけてやってきた若い戦闘機乗りたちに囲まれて、もう六時間近く雨曝しの状態だ。ピーコートで上半身は防げているけど、太腿から下なんて結構雨で湿ってしまっている。ここまで寒いのは、濡れたズボン生地が太腿に張り付いているせいもあるんだろう。
「もうこのグループで終了だ」
隣に立っているアイスが言った。黒のピーコートによって、その襟にある星の数はぱっと見わからない。幾人かの兵士がぎょっとした顔を作って横を歩いていくが、まさか太平洋艦隊のトップにいる男が、こんな場に来ているとは思わず通り過ぎていく。
「終わり? 僕も下りていいのかな?」
「ああ。寒さで階段を上がれない客が増えてきたらしい。一般開放は打ち切っているそうだ」
「ああ、やれやれ」
さすがに疲れた口調で言えば、雨で重くなった肩を抱くようにしてアイスは僕をいざなった。どうしてこんな、徒労に終わるだけのイベントに二つ返事で参加を決めたかといえば、ダークスターが組み上がるのにもう一ヶ月ほどかかりそうだということ、なので、あの任務のあと散り散りになってしまった教え子たちのいる東海岸に、任務がてら顔を出せたら楽しいかもと思ったこと。「いつからそんな弟子煩悩になったんだ」とアイスは苦笑いしていたが、アイスもアイスだ。君が顔を出すべきは式典とか会談だとか、そういうもののはずなのに。「俺もついていく」と言って勝手についてきた。案外、大将っていうのも暇なのか?
「挨拶すべき人には挨拶できたのか?」
「勿論だ」
広い甲板を横切っていれば、僕らの正体に気づいた数名の将校が軽く目を瞠って会釈をしてきた。片手を上げることで敬礼を制したアイスは、一般客の客足が切れた瞬間を狙ってブリッジの階段を下っていく。
「唇が青いな」
幅の狭い、ほとんど脚立のような階段を下りきって言ったアイスに、僕ははあ、と重い溜息をついて答えた。
「この艦の相性はやっぱり良くないみたいだ」
「馬鹿言え。この艦のおかげでお前は立場を失わずに済んだんだ。この艦もお前のおかげで何事もなく一人前になれた」
つまり相性ばっちりって?
僕はアイスに小さく笑いかけながら、それで、ついてきたのかと思った。雨礫に打たれながら凍えて甲板に立つ僕を、それで、じっと見ていたのかと思った。まあ思い上がりだろうが。
「温まっていくか?」
と言ってアイスが見据えた先には、一般見学客の立ち入りを塞ぐために、若い下士官が立って通路を塞いでいた。え、と思う間にも、「ヒーターを用意させた」と言って、濡れた廊下を大股で進んでいく。
アイスが、コートを着ていてよかった。コートで略綬や襟章が隠れていてよかった。まさか大将クラスが出歩いているとは夢にも思わない下士官たちは、少し怪訝な顔をしたのみでさっと道を空けてくれる。(こんなところに太平洋艦隊の長がいるなんて、まったく要らない動揺だ)
「ほら」
「ああ、あったかい
……
」
コンパートメント住居区に連れてこられて、扉の内側の空気の温かさに僕は安堵の声を上げた。笑顔を作ろうとしたがうまくいかない。寒さのせいで、頬の筋肉までがこわばってしまっているのだとわかった。
「脱ぐか? 新しいズボンと靴だ。靴下も」
「助かる。さすが僚機だ」
「だろう? お前が、俺の僚機なんだが」
いけしゃあしゃあと言い放つアイスが可笑しくて、僕はわざとらしく眉尻を下げてみせる。
住居区の扉には鍵がついていないが、今日に限っては誰も入ってこない部屋と思っていいのだろう。
僕はアイスがどこか面白がるような表情をしているのに気づきながら、雨水を吸って重たくなった靴を脱ぎ、そしてコートの下のベルトに手をかけて一気にズボンを脱いだ。ふと、思いついてアイスの顔を見る。アイスの口笑みは広がっている。このすけべ。
ぐしょぐしょになった靴下を、片足で踏むようにして脱ぎながら、僕はまたアイスの顔をそっと見やった。うっとりと満足そうな笑み。薄暗く、質素で息苦しい部屋にはまるでそぐわない優美な笑み。完全に恋人を見るときの目だ。誘うような。命じるような。見つめ続けていると、なんだか従ってしまいたくなるような。優しくて淫靡な目
……
。
ピーコートから滴った水が、木製の床を濡らしていく。
「冷え切ってるだろ? 揉んでやる」
「アイス、さすがにそれは
……
」
「僚機の太腿が冷え切っているのは見過ごせないだろ?」
それは、どことなく自分たち以外に聞かせるようでもあって、僕は瞬間的にアイスの目を見、愉快がるような明るい煌めきに何かを悟った。アイスの温かく、湿った手のひらが大腿部に触れる。びしょ濡れのコートを床に落とし、ベッドメイクされた二段ベッドの下に腰掛ける。
「そそる格好だな
……
」
「ばーか
……
」
アイスが膝をついたことで、目の前がより暗くなった。どこか鬱蒼としたアイスの影に包まれて、確かにこれはひどい格好だと自分でも思う。上はドレスブルー。なのに下はパンツ一丁で、ほとんどが肌色なんだから。
内ももに指が強く食い込んで、こわばった筋肉をほぐしていく。可笑しがるようで、でも素直にありがたい手つきだった。奉仕するような手つきに内ももの血管が動き出す。アイスの手のひらの熱を奪わんとして、膝が勝手に動き、すり寄っていく。
「ぁ
………
アイス
………
」
「マーヴェリック
……
」
「これ以上は」
「駄目か? 俺の熱が欲しくなる?」
「はは
……
!」
甘い吐息を耳たぶに吹きかけられて、ついつい笑い声が上がった。肌が完全に乾いてはいないので、全身の寒さはあまり変わらない。でもゆっくりと血が通い出したのがわかる。明るく笑ったことで、顔面のこわばりも溶けたことがわかる。
名残惜しそうに太腿から離れていくアイスの手
……
。名残惜しいのは自分もだ。もっと温めてもらいたい。何度も摩って、もう大丈夫と思えるまで労わってもらいたい。素っ裸になって素っ裸になった相手といちゃつきたい
……
。
「なあ、ホテルの移動して続きをしよう」
「いいホテル?」
「ああ。俺はそこそこ稼いでるからな。バスタブがある、いいホテルだ」
「シーフードとホットワインのルームサービスも?」
「そうしよう。来てくれるか?」
「いいよ。君の翼の傾くままに」
ちゅっとアイスの唇が左右の腿に一回ずつ落ちて、僕はにっこりと微笑みながら立ち上がった。きちんとプレスされたズボンを手に取り、いまだ恋人の愛撫の感覚が残る両脚を包んでいく。靴下と靴。そしてベルトもしっかりとはめる。
(まるで)
パートナーとともに、ダンスパーティーか何かに行く気持ちになった。さっきまでの陰鬱な気持ちがすっかり晴れて。ドレスブルーの内ポケットから櫛を出したアイスが、さっと僕の髪の毛を溶かし、そして自分の髪も溶かす。湿気でいつも以上にきしみやすくなっている床を鳴らして、僕らはほとんど同時に帽子を被ってあいまいに笑った。
アイスは頷き、僕を先に廊下の方に行かせる。
「そこの二人!」
と、コンパートメントの奥の空間に向かって、なめらかで厳かな声を上げながら。
「すまないがここの清掃と、モップがけを頼めるか」
イエス、サー。という返事はなく、しかし明確にぬるい空気が動く。動揺と、わずかな息遣いの音。息を止めているからこそ起こる、もはや不自然な空気の動き。
いつの時代にも、こうして抜け道を探して、仕事をさぼる奴らはいるものだ。自分にとって、君がどれだけ魅力的で、だから悔しいんだと囁くのに夢中になる奴らは。
嫌嫌だが、濡れて重いコートに再び袖を通しながら僕は苦笑した。
「資料室か備品室のほうが人が来ないぞ」
「夜はな? 昼は駄目だ」
「確かにな。本当に危ない時もあった」
僕は奥の空間に向かっていい加減なアドバイスをして、ゆったりと廊下に出てきたアイスと軽口を交わした。柔らかな貫禄。扉の枠に頭をぶつけないよう、ややかがんで出てくるのが様になっている。それに、狭い通路をさらに狭くするダクトやパイプ
――
を避ける歩き方が、まるで変わっていない。そんなことにも、少し興奮する。
「さて、諸々済ませてしけこむとするか」
その、きらめく鼻梁。薄氷色の目。
軍帽を被りながら、もはや生き生きと言ってみせたアイスに、ああ、こいつも若いよな、と僕はにやけた。
(終わり)
再録本はこの話にホテルえっちちを書き足したもの、あともう1本くらい新しいSSを書き足して机上に置けたらなあと思っております!
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