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伊坂
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狼狽えてどうぞ(ハンマヴェ)
#M右ワンドロワンライ様より お題「帰り道」で書きました。帰り道っていうか、帰りの車がどういう空気になるかは……わかるね? という感じで書きました。笑
このハとマは私の中で順調に進展してほしい二人なので、続きを書くことがあるかもしれません。「狼狽えて」って、狼って字が入っていてキュン♡なので、続きを書くことがあれば狼狽えるマーヴをいっぱい書きたいです。
「欲しいなら買っていいよ」
マーヴェリックは言って、言ってしばらくしてから「はた」と気づいた。『妙なことを言った』と顔が熱くなり、でも、もしかしたら相手は『妙なこと』だと思っていないかもしれないと思って視線を上げた。
すると
――
、あの特殊任務のあとから自分と恋人になりたがっている彼、ジェイク・ハングマン・セレシンという男は、いつもの表情ではなく、好きな人のかわいいところに出会ってしまったという、ひときわきらきらした表情で自分を見つめていた。うう、勘弁してくれ
……
。
「今のはときめきましたよ、マーヴ」
「今ので?」
「まるで恋人同士みたいな会話だった」
「坊やに言うようだったろ?」
「ああ、さては愛しのブラッドリー坊やによく言ってました?」
「何度かは。でも思うほど言えなかったかもなあ」
「じゃあ、俺は欲しいので買ってください」
「これ、何なんだい?」
「シャープナーです。包丁とか、ナイフを研ぐやつ」
「ああ
……
。ええ? 今ってこういうかんじなんだ。砥石みたいなものを想像してた」
「こういうコンパクトなタイプのもあるんですよ」
「何かの工具かと」
ハングマンがカートに入れたものを取り上げて、マーヴェリックは「へぇ」と小さく感心した。裏返して説明を読むと、確かにシャープナーとある。研ぎたい包丁やナイフを濡らして、45度くらいの角度で滑らせれば切れ味が戻るという代物だ。ぱっと見は、ドライバーか歯ブラシにしか見えない。
「ふーん
……
」
しげしげと見つめていると、いつの間にかショッピングカートを奪われている。まったくもっておかしなことだ。親子ほど歳の離れた、同性の、同職の男にアプローチされているなんて。しかもどうやら、自分はそれが、苦ではないのだ。不快ではないのだ。少し恥ずかしいだけで。なんだか本当に、嬉しいくらいで。
(ちょっと若い子に好かれたからって)
こんなふうに胸がはずむなんてはしたない。あさましい。ううん、ちがうな。僕で大丈夫なのかと、思いながらそれを口にできないのが卑怯だと思っている。チャーリーは偉かったな。きっぱり僕を拒絶して。まあ拒絶するか。あれは楽しかったな。そう、楽しかった。にべもない態度。あららさまな失望。駆け引き。喜び。普通じゃなかった。急速に、少しずつ、認め合うようにお互いを知り合っていくのが、すごく良かった。
(好きって
――
どんなふうに?)
揶揄うように問いかけて、ゆっくりと唇を奪われたのが昨日のことだ。避けたければ避けられるスピードだった。嫌なら拒絶してくださいよ、と言い含むような優しさだった。
試されるような。
そして試すような。
どこか力強い瞳の応酬
……
。
ほとんど空の上でしか味わえない高揚を与えられて、自分はそれに抗えなかったのだ。アイスと同じだ。自分をわかったうえで、求めてくれる人。抱きしめてくれる人。自分「なんか」に、恋をしてくれる人
……
。
唇がくっつく瞬間まで目を閉じられなかった。出会った頃は、自分を選ばせてやると自信過多にぎらついていた目。それも悪くなかった。思えば、素性も知らずペニーの店で出くわした時から、ハングマンは悪くなかったのだ。狙うような目。面白い男だという震え。好戦的な瞳の中に、透き通った情熱を見て、受け入れてしまった。彼に求められたいという欲望が、勢いよく自分を飲み込み、気づけば背中に手を回してキスに応えていた。
いけない、というブレーキは効かなかった。瞼に、首筋におちてくるくちびる。んっ、と声を上げながら、彼の『たまらない』というような表情を盗み見て嬉しくなった。本当なのだ。本当に自分を好きでいるのだ。ぎゅっと手のひらを握られて、「こういう、好きです」と告げられた。ぎゅっと手のひらを握り返して「
……
考えておく」と呟いた。お互い照れていて、だから、その照れをごまかすように、試すような目つきを交わして身体を離した。
回想から戻ってきて、マーヴェリックはレジコーナーへと向かうハングマンに並びながら尋ねた。
「そういや、君って自炊をするタイプなのか?」
「俺? いえ、そんなには」
「ふーん」
「でもあなたの包丁があまりに酷かったから。昨日使ってて」
「えっ、
…
ええっ?」
「あれって一度も研がずに使ってませんか? 物持ち良さそうだから、ずっと使ってるんだろうなって」
「だってまだ切れる」
「機械と同じですよ。オイル注したりするでしょう」
「そうだけど
……
! えぇ
……
、そんなに切れなくなってたかな?」
「トマトに包丁を置いたら、切れずにへこむんでびっくりしました」
「ぐっ! て押したら切れるから、いいかなと思って生きてきたよ」
「ナイフの切れ味で、結構、料理って味変わりますよ。余計なおせっかいかもしれないけど、俺は気になりましたので」
「じゃあ
……
」
君が欲しいものじゃなくて、僕に必要なものじゃないか。それって。
マーヴェリックはレジコーナーの店員にクレジットカードを出しながら、ハングマンが肩を揉むように抱いてくるのを憮然とした顔で許した。首を右に回せば、ニコリとニヤリの中間のような顔。
「これからは俺が研ぎますから。あなたのナイフは」
「教えてくれれば自分でやれる」
「うーん、じゃあ帰ったら二人で研いでみません?」
肩を撫でる手が離れていって、彼はうきうきとショッピングカートを掴みサッカー台へ移動していく。
レシートを受け取りながら追い付いて
「恋人同士でしょ、ね? そうだ」
と、はしゃぐ彼にマーヴェリックは苦笑した。
はてさて。恋人同士かも。今日から。
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