伊坂
Public TGM
 

マーヴェリックがサメを抱かない(アイマヴェ)

これhttps://privatter.net/p/10521423 のアイスサイド。笑
いつものように山も落ちもない…。
今年の最後の話がこんなんですみません。
今年一年大変お世話になりました😊


マーヴェリックがサメを抱かない




 まあいい。俺は待てる男、トム・アイスマン・カザンスキー。

 お前の性格はわかってるぞ。追われるのはいやだよな。逃さないぞとケツにびったり付かれるのは。隙を見せろよと煽られるのは。常にロックオントーン鳴りやまないコックピット。そんなの俺だって、誰だって嫌だ。振りほどきたくて、イライラしてそれでお前はボロを出すだろうと、俺はわかってた。
 愛されるより愛したいよな。
 それは俺もそうだからわかる。
 常に受け身なのは怖いよな。
 自分にそんな価値はあるのかと、じわじわ不安になる。
 思えばもう三十年の付き合いだ。俺は思うとおりにやってきたつもりだが、我慢も多かった人生だ。お前を諦めなければならなかったこととか。お前を諦めきれなかったこととか。だからこうして生き返ったからには、少し欲張ってやろうと思ってな。俺はお前を逃さないつもりだし、あとはお前が折れるか、俺に立ち向かってくるか。だろ?

 一朝一夕でどうにかなるものじゃない、特にお前のそれは。無意識に自分自身を軽んじるところがある。お前はそんなつもりはなかったと言うんだろうし、実際そうだったのかもしれない。これは尺度の問題だから。お前は自分を軽んじているつもりはなくて、ただただ、自分を許せてなかった。俺の愛を信用しなかった。俺の言葉より、自分の感情を信じたわけだ。サラも言ってたぞ。今度はマーヴェリックを愛してあげてって。私たちはもう愛し合ったわけだから。逃がしたらだめよって。
 俺はお前に「わからせ」るために生き返ったのかもしれないな。 お前は愛されていいんだよ。俺が、お前にそばにいてほしいんだ。

 同居が始まって、お前はすぐに俺の気持ちを、俺の本気さをわかってくれると思っていたが、お前は意外と強情だった。いつ捨てられてもいいようなつもりで俺の傍にいた。必要がなくなったら、すぐに砂漠に戻ってやるさという態度。砂漠暮らしが性に合っているんだという態度。俺は寂しかった。俺はこんなにお前と一緒に暮らしたいのに。お前はそうじゃないのかと心細かった。そしたらお前も、俺と同じようにしゅんとしだして、何だよ、お前も寂しいんじゃないかと可笑しくなった。愛していると伝えると、マーヴェリックは「知ってる……」と俺の腕の中にもぞもぞ入ってきた。頭をやわく撫でると、そのまま縋り付くように身を委ねてくるのが愛しかった。もう離すものかと思った。いっぱい触れて、抱きしめてやりたいと思った。

 サメを買うことになったのは偶然だった。マーヴェリックはあれで、俺よりも凝り性で、気に入った物への愛着が強い。家具屋に行きたいと言い出したのもマーヴェリックで、俺はそれがすごく嬉しかった。ついに観念してくれたか。助手席に座って、ハンドルを握るマーヴェリックを見ながら、幸せってこういうことなんだろうなと思った。駐車場に車を入れて、巻き尺を持ってきたと得意顔をするマーヴェリックに「そうか」と頷いた。ジーパンの後ろポケットが、くっきり巻き尺の形に盛り上がっているのはそのせいかと思った。ぴっちりした大きな尻。つい目が行って、触れたい気持ちがすごかった。
広いフロアについて、俺はマーヴェリックについていくだけだった。北欧系の家具屋なのか、淡い色合いのカーテンや、ラグ。木目のダイニングテーブルに、一そろいの食器。まるでモデルハウスに来たかような気分で俺もあちこちに目を走らせた。お前が「なあ、アイス」としきりに俺の名を呼ぶのも嬉しかった。

 しかし。マーヴェリックがサメを抱かない……

 サメを買ったのは偶然だった。ソファベッドを占領するように家具屋にディスプレイされていたサメ。それは遠目にもモフモフとしていて、触り心地がよさそうで、俺はちら、とサイドチェストを検分しているマーヴェリックの後ろ姿を見てしまった。お前がこれを抱いたら、ものすごく可愛いと思うんだが。どう思う? 見たいぞ
 そう、その時の俺は、欲しいものを見つけて、親の顔色をうかがう子供みたいだっただろう。これなんていいんじゃないか、マーヴェリック。お前が抱いたらすごくかわいいぞ。すごくフカフカだし。ベッドを大きくしたから、ちょうどいいインテリアになるかもしれない。
 でもマーヴェリックは俺の視線なんかにはまるで気が付かないで、巻き尺を手にキャビネットの寸法を確認していた。俺は背後から近づいて、マーヴェリックの尻を撫で、そしたら手の甲をつねられた。いてて。
 たぶんマーヴェリックなら、こういうとき空のグースに相談するんだろうな。俺はスライダーに電話をかけたくなったが、『聞いてくれ、マーヴェリックにサメを抱かせたい』と言ってもすぐ切られるだろうと思って、サメをむんずと掴んだ。やわらかくて、なんともご機嫌そうな面構えがいい。俺はマーヴェリックが店員と話し込んでいるの見てこれ幸いと、サメを別会計して配送してもらうことにした。突然寝室にサメが現れたら、マーヴェリックはどう思うだろう。怪しんで、でも触ってみたらもふもふしていて、俺が「抱いてくれ」と言うまでもなく抱くかもしれない……

 大きなサメを、がっしりとした腕で抱えて眠るマーヴェリック……

 そんなマーヴェリックを夢想しながら、俺は日常に戻って仕事をした。二日後にサメが届いて、わくわくしながらクイーンベッドの上に放り投げた。窮屈な場所から解放されて、サメはきらんと目を輝かせたように見えた。なんともかわいいヒレだ。抱きかかえると、ちょうと腕の部分にヒレが引っかかるのが心地いい。よしよし、この存在感だ。これでマーヴェリックも、絶対「おお?」と気づいて触ってみるだろう。俺は口元を緩めて執務室に戻った。

 マーヴェリックがサメを抱かない……

 だが、俺はゆっくりと待った。俺たちのベッドでざぶざぶくつろいでいるサメを横目に辛抱強く待った。そしてサメを置いてから三日経った日に、ついにマーヴェリックが「サメを買ったんだな?」と声をかけてきたので俺は内心ガッツポーズをした。もしかしたら俺のいないところで、サメで遊んだかもしれない……
 俺はサメについては何も言わず、甘えるようにマーヴェリックに抱き着いて首筋や胸筋を吸った。「ぅん……」とぬるい声を出す様子に興奮して、いっそ俺をサメに見立ててしがみついてくれていいのになと思った。
 疲れ知らずのアヴィエイターである男が、情事のときはほとんど脱力して、俺に揺さぶられるだけになっているのが愛しい。終わったぞと伝えるために、うなじに長々とキスをするくせが俺にはあって、そうするとマーヴェリックは、俺が離れていかないように俺の腕をとって自分の腰に巻き付ける。肌を合わせながら、いつもの手順で眠りにつくのがこんなにも幸せだなんて、こうしてお前と暮さないとわからなかった。

 だが次の日も次の日も、マーヴェリックがサメを抱く気配はなく、俺は一人でサメのヒレを持ち、「お前もモフモフされたいよな?」とサメに愚痴った。
 もしかして俺に隠れて可愛がってたりするのか? この巨大さ、この存在感だぞ。いい加減無視しないでやってくれ。
 ところが、翌朝のことだった。俺はなにやら、自分の顔にふあふあしたものがぶつかってくる感触に、思わず顔をしかめてうめいた。顔というか、唇というか。こちらが黙っているのをいいことに、その柔らかな物体はしきりに唇を奪い、顔にぶつかり、そして離れていくを繰り返すのだ。
 そうまるで頭突きするように『ちゅっ、ちゅ、ちゅっ』……??

「おはよう、アイス」

 俺はうすく目を開けて、不躾に目に飛び込んできた青くて白くてふわふわしたものに笑った。どう見てもサメの頭部。見え隠れしているブルネット。ふかふかしたヒレの向こうには、人間の指と思しき小さな肌色が見えている。

「おはよう、シャーク大尉」

 俺はギザギザ歯をむき出しにして迫ってくるサメを抱きよせて、その後ろにいる、黒幕のおでこへと唇を落とした。





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