Wolves' Ecology(リチャヴィン)

ジャック・リーチャーのリチャさんと、コラテラルのヴィンセントのCPです。misoさんのリチャヴィンが好きすぎてファンSSを書かせてもらったかんじです。アイスクリーム食べるヴィンセントが最高なんですよ…。はぁ……

事の経緯⇒https://twitter.com/diveforyou/status/1609733913106321410?s=20&t=S6AoPsLYfAtaPTAoavCM6g


Wolves' Ecology



 このダイナーは当たりだ。
 ロッジ風で、天井が高い。松材の梁の美しさから、建てられて三、四年の新しい建物だとわかる。けれど客席には中古の什物を使っているのか、新聞を広げて、長居してもいいような落ち着きがあった。なによりコーヒーがうまい。以前もダイナーだったのかもしれない。

 自身のマグカップには、もう二口ほどのコーヒーしかなかった。ウェイトレスがコーヒーサーバーを手にカウンターを出る。リーチャーは顔を上げたままコーヒーを飲み干した。テーブルにはチーズクロワッサンが乗っていた皿と、モダン・リビング十二月号と銘打たれた雑誌がある。リーチャーは茶色に白のストライプが入ったマグカップを外側に置き、若いウェイトレスが「おかわりは?」と声をかけてくるのを待った。

 ウェイトレスは、リーチャーともう一人の男が座るテーブルの前で止まって、「いかがですか?」ともう一人の男のほうへと声をかけた。今まさに、モダン・リビング十二月号の表紙をめくろうとしている男へと。男は、「ああ」とかるく微笑してコーヒーを飲み干す。ウェイトレスは男のめくる雑誌を、興味深そうに一瞥してコーヒーを注いでいく。美しい光景だった。天窓からそそぐ、まだ少し険を持った朝日。それを受ける彼の、シルバーグレイの肩。淡い光沢を放つスーツは一見して高価なものとわかるそれで、リーチャーは彼に、今は容易に見惚れる。ウェイトレスがリーチャーのマグカップにもコーヒーを注ぎだしたのを見て、ようやく我に返る。

「役に立ってるな」
「何がだ」
「十二月号だ」
「ああ……

 リーチャーは、少し前に、この男ヴィンセントにテレビを消されたことを思い出した。少し気がかりな事件があって、モーテルにつくなりテレビの電源をつけた。しかしつけた瞬間、リモコンを握ったヴィンセントに消された。「おい」と思って口にしたら、ヴィンセントは少し、彼にしては熱のこもった目で「テレビなんかつけるな」と言った。「外の音が聞こえなくなる」と。
 彼は、自分とリーチャーを守るために外で鳴る音に集中する。だから、なわばりの内側で雑音が鳴るのを嫌がる。ジャズバーやクラブはいいのかと思ったがいいのだろう。そこなら、自分も敵も、同じ条件だ。リーチャーは、ヴィンセントのそういう、一風変わった真面目さが嫌いではない。彼のこだわり。彼の処世術。彼の作法。彼の生態。
 雑誌を、見せられたのはその時だった。「暇ならそれでも読んでろ」と、雑に投げつけられたうっすぺっらい雑誌。暇でテレビをつけたのではなかったが、リーチャーはおとなしく、うすっぺらな雑誌をぺらりとめくった。思わず顔をしかめたくなるような、小難しい内容の不動産業界誌。そんなリーチャーを一瞥して彼は踵を返した。「シャワーを浴びてくる」と。

 リーチャーは彼がシャワーを浴びる間、仕方なくぱらぱらとページをめくったりしてみたりもした。しかしあまりに自分と縁遠い専門用語の羅列に、二、三ページで読む気をなくしてしまった。なるほどとリーチャーは納得する。堅気を装うためだけに買っている備品なのだろうが、うまいこと、誰の記憶にも残らないような雑誌を選んでいる。小難しく、写真の少ない業界誌の内容など、誰も好き好んで記憶に残さない。たまに、バス移動中に見ている雑誌はこれだったかとリーチャーは思った。軽く目次に目を通しておけば、とっさに、不動産関係の仕事をしている人間を装える。彼の頭の中に浮遊する、適当な不動産用語たちのことを思うと可笑しかった。
 彼の生き方というものが伺い知れて、リーチャーは嬉しかった。

 リーチャーはコーヒーを啜り、ごくたまに彼のうなじから香る、甘い、松の樹のような香りのことを思った。静かで、安全な、針葉樹の向こうに誘われるような。リーチャーの好きな匂いだ。本当に、ごくたまにしか香らない。覆いかぶさって、唇と歯でうなじを愛でているときしか。

 ところでヴィンセントは、ヴィンセントの前には、いつのまにかアイスクリームが届いていた。透明な、脚付きの皿に、まるい球体のアイスクリームが乗っている。
「さっき頼んだ」
 リーチャーは、向かいに座る男がそう言うのを、信じられない気持ちで聞いた。苦手だと、言っていなかったか。言っていたはずだ。それなのに。
 おかしなやつだ。リーチャーはゆっくりと笑って、ヴィンセントが小さな銀色のスプーンを取るのをじっと見た。じっと。金環を宿す彼の目と目が合うが、「見るな」、という拒絶はないので見つめ続ける。
 彼も自分のこの行動をよくわかっていないのかもしれない。愛しくてどうにかなりそうだった。
 彼の、中で、おもむろに生じる、あどけない好奇心のようなもの。

 それが、白くて冷たくて溶けやすい食べ物だということをヴィンセントはもう知っている。甘いばかりで、唇がべたつくことも。
 一年前と同じように、ヴィンセントはクリーム色の氷菓を傷をつけ、かるく掬うと口に運んだ。つがいの奇妙な行動を、リーチャーは頬杖をついて見守る。
 ヴィンセントは、リーチャーの視線を嫌がるように笑って、またもう一口、アイスを舐めた。誘われているなと思った。
 彼を愛おしいと思うと、瞼が下り、瞼が上がる。本当ならば手足を使って撫でたいのだけれど、それができないので、仕方なく瞼で撫でているのかもしれない。
 結局、ヴィンセントは半分ほど食べると、「もういい」と言ってスプーンを手放した。唇の端に、クリーム色がついている。
 リーチャーは器ごと引き寄せて、溶けかけのバニラアイスを直接唇に運んだ。盃をあおるように、砂糖の塊のようなそれを口の中へと流し込む。甘い。
 自分を見つめる、彼の目が笑っているのがわかった。
 美しい、リーチャーの銀の獣。

「ヴィニー」
 リーチャーはそう言って、ゆっくりとコーヒーを飲み干した。
 彼は立ち上がって、うすっぺらな雑誌を上着の裡ポケットへとねじこむ。
 今日はこれから銀行へ寄って、年金を下ろして、本屋に寄るのもいいかと思っていた。
 だけどーー。
 彼は五分後、リーチャーのことを「ジャック」と呼び、やはり、甘かったと、道すがらに不満するかもしれない。

 店を出てリーチャーは息を吐いた。
 ほっと、白くなる息を彼が見つめている。
 ほっと、彼も息を吐いた。
 彼が小さく唇を舐めるのを見て、リーチャーは笑い、進行方向を巣穴の方へと改めた。



(終)

 は~~~~ヴィンセントめっちゃかわいいんでコラテラルをよろしくお願いします!
 ヴィン受けの本が100冊ほしいです🥺






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