2025-03-12 15:12:35
2665文字
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独占欲

他パに目を付けられるシュとそれを阻止するラ、というのを書いてみたかったので。
多分n番煎じではあると思います……。ラが泣いてます。ライシュロ(未満)

 
 近頃あそこは羽振りが良さそうだ、と言われている事には気付いていた。
 他人と積極的に関わらない自分でも、何処からかそういう話は耳に入って来るものだ。実際の所はようやっと安定してきた、というくらいのもので、自由に稼ぎが使えるという訳ではない。迷宮探索の冒険者というのは不安定なもので、いくら魔物や珍しいものが好きな彼としては性に合ってはいても、労苦の割に手元に残るものは少ない。しかしそれでも、何とか日々を暮らせて仲間への報酬を出し、こうして外で酒の一杯も嗜むことが出来るのだから、彼は運が良かったと言うべきだろう。
 そういえばその幸運のひとつと、初めて出会ったのもここだった、と彼は思い出す。
「トーデン兄!」
 その時、馴れ馴れしく肩を叩いてきた男がいた。名前は忘れたが、ここいらでは良く見る顔だった。彼が曖昧に返事をして顔を上げると、男はそのまま遠慮らしきものもなく空いている隣の席に座った。思わず少し距離を開ける。
 そこにいるのが違う誰かだったら良いのに、と彼は早くも他所事を考えていた。
「最近調子が良さそうだな」
「あぁ……うん、前よりはね」
「新しく魔術師を入れたんだって?」
 特に誤魔化す意味もないが、会話を弾ませる気もない。適当に相槌を打ち、早く飽きて何処かへ行ってくれないものかと思いながら、彼は先刻と同じ顔を思い浮かべていた。あの人の前でなら、自分の好きな事だって幾らでも喋る気になる。何を訊いても答えてくれて、何時間だって一緒に居たいと思うのに。
……ところであの黒髪の兄ちゃん、名前なんて言ったっけな」
「え?」
「相当ここが立つって話だろう。幾らで雇ってるんだ?」
 自分の腕を叩く男を見て、彼はそこで初めてはっとした。
「シュロー?」
「そうそう、実はあれ、他所にも目をつけられてるぜ」
「えっ……
 目を見開いて、思わず男に向き直る。
「お前が出してる額がそうでもないってんなら、もっといい報酬を出すとさ」
「そ……れは……
 腕の立つ戦士はこの島においてもかなり貴重だ。戦いに慣れていて確実に他を守れる者は、他より高い金を出しても欲しいと思うパーティが幾らでもいる。実際彼も、その腕に助けられてきた。そんな話がある事は、不自然ではない。
 勿論あの人に今抜けられては困る。戦力としても勿論重要だが、今や彼にとっては大切な友だからだ。ひと目見た時からひどく惹かれた。初めはパーティに引き入れるとまでは考えていなかったが、あの佇まいや息遣い、どうしてももっと近付きたくて自分から声をかけた。向こうも彼を受け入れてくれたと思っている。それを、この島で初めて出来た友人という存在を知らない誰かに奪われるなんて、とても耐えられない。
「確かに、大したお金は渡してないけど……
「もし困るっていうなら、お前にも幾らか出すとかいう話も聞いた」
「いや……
 はした金で友人を売り渡せとでも言うのか。しかしここで激高してどうしてもやらないと言えば、この男はその何処の誰やらに、金額を吊り上げるか本人を直接口説き落とせと言うに違いない。金で靡くような性格には見えないが、もし接触してくるような事があれば答えの如何に関わらずそれも嫌だ。いずれ相手を道具としか見ていないような輩だろう。そういう連中とは、会わせたくもない。
「ううん……でも、彼は……その、少し扱い辛い所があるから、勧めはしないよ」
「へぇ。そういう風には見えないけどな」
「意外と……気位が高いっていうのかな、取っつきづらいし……俺も普通に話せるようになるまでかなり苦労した、から……
 これは嘘だ。あの人は頭が良くて柔軟で、彼の事ももう何度も守ってくれた。初めて会った時から真摯にこちらの話を聞いてくれて、異国の珍しいものや知らない景色の事も何だって教えてくれる。表情こそあまり変わらないものの、優しくて気のいい人だとは出会ってまだ日の浅い彼ですら解る。
「腕が確かなのを差し引いても……手間がかかるよ、本当に」
「ふぅん……
 彼は心の中でかの人に深く謝罪した。他人に奪われたくない一心で、根も葉もない事を言っている。こんなに好きなのに、叶うなら全世界に、あの人のいい所を喧伝して歩いてやりたいくらいだ。自慢の友人なのに、そう出来ないばかりか酷い悪口を言わなければならない事が、頭の血管が切れそうなくらい申し訳なくて歯痒かった。
 嘘を言うのは苦手だ。どうでもいい相手だろうが、他人を騙すのは向いていない。
「そうか、じゃあそう伝えとくよ。邪魔したな」
 男は何か当てが外れたような顔をして、さっさと何処かへ行ってしまった。彼はほっとして、長い長い溜息を吐いた。
 自分は悪い事をした。けれど仕方がない。どうしても、どうしても、奪われたくない。あの人は元より遠い所から来た人だ。島からも彼の故郷からも離れた別の国。いつか帰ってしまう日が来るかもしれない。その日までを、自分じゃない誰かと一緒に過ごすかもしれないなんて、考えただけで寂しくて恐ろしい。
 これで良かったんだという気持ちと、嫌な事をしたという気持ちがない交ぜになって、彼は酒の味も良く判らなかった。
……ライオス!」
 するとそこへ、件の本人が現れた。酒場の入り口近くにその姿を見た彼は驚いて、酔って幻覚でも見ているのかと思った。
「ここにいたのか。訊きたい事があって」
……シュロー……
「え……おい、何だ? どうした?」
 近寄ってきたその人の顔を間近で見た途端、涙が溢れて止まらなかった。
「シュロー……うう……
 ひと目も憚らず、その腰に抱き着いてずっと泣いている彼を見て、当たり前だが相手は困惑していた。汚れた床に大粒の涙が落ちる。
 ――俺はきみに酷い事を言ったんだ。嘘をついた。でもだって、仕方なかったんだよ。きみを誰にも取られたくなかったんだよ。大好きだよ。叶うならずっと、ずっと一緒にいて欲しいんだ。俺が見つけた、俺の友達。
 言いたかった事は全て涙に溶けて消えてしまい、何も口から出て来ない。
「酔っぱらってるのか? ……ファリンが心配するぞ。宿に戻った方がいい」
「違うけど……でも帰るよ、きみと一緒なら……
「何なんだ全く……
 お前がここまで酔うなんて珍しい、と呟く声が聞こえた。肩を担がれて宿に戻るまでの間、そこにある体温が心地良かった。やっぱり優しい人だと思いながら、彼は相手の深い溜息を耳元で聴いていた。