77nairo
2025-03-15 23:00:00
1731文字
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 「そういえば、いとこのシュンくん、結婚するんだって」
 へえ、と相づちをうちながら、今回の召集の目的はこれか、と内心ため息をついた。母が「いいお肉もらったから食べにきて」「りんごいっぱいもらっちゃって食べきれないから取りにきて」などと言い訳を用意して俺たち姉弟を呼び立てる時は、絶対に他の目的がある。
「へえ、結婚式の招待状きた?」
 俺の隣で黙々と肉を食っていた姉が、一瞬だけ箸を休めて訊ねた。姉は一度結婚したもののすぐに離婚したから、両親がこの手の話題で姉にどうこう言うことはない。もはや無敵のスター状態だ。
 つまり今回の召集のターゲットは、俺ひとり。
「それがね、もうお嫁さんのお腹に赤ちゃんがいるから、式は挙げないんだって」
 母の言葉に含まれる、順番が違うという非難と孫を得る叔母への羨望を感じとって、せっかくのすき焼きの味がわからなくなる。姉に子どもはいない。俺は高校も大学もバスケ漬けで、社会人になってからも浮いた話はないまま三十を越した。そりゃ、母としては気が気じゃないだろう。
 結局、俺は母の期待に沿うような話題は出せず、肉を食うだけ食ってすぐに退散することにした。デザートに用意していたというプリンを二つ持たされる。一緒にプリンをつつくような誰かがいるのではという期待が詰まっているぶん、保冷バッグがやけに重く感じた。
 真っ白い日差しが目に沁みて、足元ばかりを見て歩く。
「ねえ聡、ぶっちゃけ、あんた付き合ってる人いるの?」
 俺と同じタイミングで実家を後にした姉が、遠慮会釈なく切りだした。やはり無敵だ。
 俺は正直、たびたびこういう呼び出しを受けて摩耗している。だからもう、本当のことを言って実家の敷居を跨げなくなってもそれはそれで仕方ないかなと、捨て鉢な気分になっていた。かさつく唇を舐めてから、開く。
「付き合ってる人はいるけど、相手も男だから、母さんの孫は産んでやれない」
「へえ、そうなんだ」
 あっさりした返事にこちらが驚いた。思わず姉の顔をのぞき込む。あろうことか、姉の視線はひらひらと飛ぶちょうちょにくぎ付けだ。白いちょうちょは、住宅街の中にぽつんと取り残された畑に吸い込まれるように飛んでいく。
「いや……ほかになんか言うことないの?」
「なんか言ってほしいの?」
 ようやくこちらを振り向いた姉は、うららかな春の日差しのようにのんびりした顔をしていた。
「短大卒業後、就職氷河期にもかかわらず運良く正社員で就職。職場の先輩と三年間交際したのち二十五歳で結婚」
 姉がいきなり滔々と喋りだしたのは、姉自身の経歴だ。ぽかんとしている俺に、姉はニッと口角を上げてみせた。
……が、その三か月後に離婚。世間一般の基準で見たら順風満帆に見える人生でも、全然わかんないもんなのよ」
「はあ……?」
 わかったような、わからないような。とにかく、姉は俺が同性と付き合っていることを責める気はないらしい。すっきりしない顔をしている俺を見て、姉は今度は片眉を上げた。
「なに、怒ったり軽蔑したりされるとでも思ってたの? あんた、昔っから頭カタいもんねぇ」
 また一匹、白いちょうちょがひらひらと目の前を横切った。その行方を追ってみれば、畑にはとうの立った白菜が並んでいる。
「人間、子孫を残すためだけに生きてるわけじゃないでしょ。昆虫でもあるまいし」
……それはちょっと、昆虫に失礼だと思う」
 あはは、と大口を開けて笑った姉につられて、俺も笑った。途端に肩の力が抜ける。すっかり捨て鉢な気持ちになっていたつもりなのに、それでもやっぱり緊張していたらしい。
「お母さんの気持ちもわからなくはないけど、あんたが実家に呼び出されてあれこれ探られるのイヤなんだったら、別に毎回帰らなくたっていいんじゃない? 肉とかカニとか果物とかは私が食べてあげるからさ」
「自分が食いたいだけだろ」
「バレたか」
「バレバレ」
 顔を見合わせて、ゲラゲラ笑った。笑いすぎて涙がこぼれる。姉は「なんか食べ足りないから、駅前でお茶しよ」と俺の肩を抱いた。
 ちょうちょたちが子孫繁栄に励む畑を背にして、姉弟はうららかな日の差す道を歩いていく。