スサ
2025-03-11 23:59:21
3029文字
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ゲタ吉くんの話

最近ゲタ君について考えていたことを小話にしたもので、3/16新刊の話(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24173192 )のプロトタイプみたいな感じです。水は出てきませんが、ゲタ水の世界戦です。

 脅されて撮られた動画をネタにまた脅され、もうどうしようもなく、このまま飛び降りたらなんて橋の欄干に手を触れた時だった。
「早まっちゃいけませんよ」
 誰もいないと思っていたのに、不意に後ろから声がかけられ、大げさに振り向いてしまった。
 ポケットに両手を突っ込んだ猫背の、ひょろっと細長い男青年、少年、ではないような、とにかく若い男が立っていた。全体的に線が細く、ボブくらいの髪の毛が顔の半分を隠すように垂れていた。背こそ高いけれど、強そうには見えず、だから警戒を抱かなかった。
……だれ
「どうしてもってんなら止めませんけど、この川、お世辞にもきれいとはいえないし、ゴミにまみれた土左衛門になるってのはちょっと可哀想だ、え?ボクは、そうですね、通りすがりの」
 そこで彼はすこし考えたようだったが、ま、いいでしょ、この辺に下宿してるもんですよ、とさらりと濁した。
 下宿、なんて。今どき古い小説くらいでしか見かけなさそうな言葉だ。
お姉さん、ああ、いいです、言わなくって。そうですか、携帯でね
 先程まで飛び降りようてしていたのも忘れて、女は肩を震わせた。今は別の恐怖がこみあげてきていた。
「悪い奴らもいたもんだナ。まあ、そんな奴らのために若い命を散らすもんじゃないですよ」
 ニコッと笑った顔には愛嬌のようなものがあったが、それを上回るほどの不気味さもあった。

 本当は近づくのも嫌だったが、大丈夫大丈夫、と言うと声になぜか従ってしまった。どうしてかはわからないが、そうするのが良いように思えて。
「ちょっと待っててくださいね」
 嫌な奴らがたむろするガレージにひょろりとした青年が入っていく。強そうには見えないのに大丈夫なのか心配になった。正直にいえば、自分がもっと酷い目に遭うことを。
 ところが。
 最初に中から聞こえてきたのは、誰だと尋ねる声、バカにしきった笑い声、だったのだけれど。すぐにガタガタと大きな音がして、例えば家具が倒れるような、その後は悲鳴と、許してくれという叫び声に変わった。助けを求める声は、ボブカットの青年のそれではなかった。彼の声は一切聞こえない。中で何が起こっているのか、動くこともできずにうずくまっていた彼女の前、ギィ、とゆっくりガレージのドアが開いた。
「悪いんですけど、全部消させるから、確認してもらえますか。見たくないと思いますけど、ボクに見られるのも嫌でしょ」
 言いながら、彼はバサリと黒い上着を脱いだ。その時初めて、彼女はそれが学ランであったことに気付いた。
「それ、かぶってていいですよ。顔合わせたくないでしょ」
 黄色と黒のボーダーシャツ姿になった青年は、すこし困ったような顔でそう言った。
 ガレージに足を踏み入れてみて、先程まで身投げしようとしいた女性はあまりのことに呆気に取られた。
 同じ大学の、良くないグループ。彼女を脅していた男女数人が、ある者は泡をふいてひっくり返り、ある者は壁にひっついて震えていて、臭いからして失禁している者もいるらしい。
「臭うなあ、換気しなくちゃ」
 ひょろりとした青年は鼻の頭にしわを寄せると、かったるそうに肩をすくめ、人さし指をピストル状にし、屋根を狙って振った。
 なに? と思う間もなく、天井をレーザーのような光が貫いた。ひいっとまた悲鳴が上がる。一応助けられた女性はといえば、ぽかんとして穴のあいた屋根を見つめた。
「え?」
「さて。キミたち、悪いことするねえ」
 青年はしゃがみ込み、へたりこで震える若い男女に笑いかけた。だがその目はちっとも笑っていなかったし、雰囲気があまりに妖しかった。
 人間ではないみたいに。
 奇しくも、被害者も加害者達も同じことを思った。誰もそれを口には出せなかったが。
「悪いことしちゃいけませんて教えてもらわなかった?」
 穏やかですらあるのに、逆らい難い。
「さ、携帯出して。それで動画全部消して」
 え、と誰かが思わず声をこぼした。ぎょろりとした片目がそちらを見る。ヒィッと悲鳴を上げ、髪を赤くした男が慌てて携帯を出す。だが、ボブカットの白髪の青年は─その時やっと、女性は彼の髪が線香の灰のような色をしていることに気付いた─ゆらりと立ち上がり、ひっくり返る男の耳のそばに足を踏み抜いた。
「ギャッ!」
 踏まれたわけではなかったが、踏まれるとは思ったのだろう。そしてまた、踏まれた床はビリビリとガレージ全体を揺らした。まるで重たい鉄でも落としたようだった。
「嘘はいけない。2台持ってるだろ」
 睥睨する瞳の色は赤い。
 恥も外聞もなく、迫られた方は慌ててもう1台を服の内側から引っ張り出した。
「他のいい子たちも、ボサッとしてないで」
 ぐるんと急に振り向いて他の男女にも命じる。気絶した女の服からは3台携帯が出てきた。

 動画を削除させた後、青年は全員分の携帯を集めさせると、片手をポケットに突っ込み、もう片手は胸に当てた。
 何を、と思う間に、バチバチと火花が散る。発生したプラズマ光は、胸から離された手の指す方へ──携帯の山に落ちた。
 ショート音も山になればかなりのもので、凄まじい音と共にそれらは一瞬でガラクタの山になった。
 その上で、青年はにっこりと笑う。
「ちょっと前はここまでで良かったんだけど」
 察したのか、加害者グループのひとり、ふたりが肩を揺らした。
「悪いインターネットに振りまかれたらたまらないからさ。ボクも対策させてもらってるから、そのつもりで」
 さて、と何事もなかったかのような顔で振り向き、黒い学ランを頭から被った女性に「手を出して」と言う。
 恐る恐る手を伸ばした女性の手には、マイクロSDカード。
 女性は目を瞠って息を飲んだ。
「証拠をどうするかはあなた次第。でも、ま、あんなドブ川選ぶよりマシな未来はあると思うよ」
 ひらりと手を振ると、青年は用事は済んだとばかり足を動かす。学ランを被った女性は慌てて追いかけたが、加害者達からは「ばけもの」とか「調子にのって」だとかの恨み節がこぼれる。
 白髪のボブカットが、ガレージ外の宵闇を背景にふわりと揺れた。
 ぐるん、また前触れなく青年が振り向く。口からは蛇のように長い舌が伸ばされていた。
「バカな子たちだなナァ。化け物相手に何をできるって?」
 ケケケ、と笑う不気味な顔に今度こそ悲鳴を上げて、加害者グループは震え上がった。
 震えあがりはしなかったが呆然とはしていた女性を、青年はちらりと流し見た。そして今度は恐ろしくはない顔で困ったように笑い、言った。
お父さんに感謝してください。帰ったらね」
…………
 女性は目を大きく見開き、口を薄くあけて結局言葉はでず、ただその目から涙がこぼれた。彼女の父は、彼女がまだ小さい時に亡くなっていて。彼がその知り合いだとは思えない、年齢が合わない。では、なぜ、と思ったけれど、どうしてか疑う気持ちにはならなかった。

 その後、動画アカウントとSNSアカウントも垢バンや凍結の憂き目にあっていること、新しく作り直してもすぐ停止されることに気づいて、1人などはとうとう精神的にまいってしまって入院した。
 が、そんなことは、現代を生きる妖怪、田中ゲタ吉──またの名をゲゲゲの鬼太郎にはあずかり知らぬことである。