何の変哲もない昼下がりに、呂望が訪ねて来た。長い冬が終わり、そろそろ桃のつぼみもふくみかけた早春に、まったく似つかわしくない深いしわを眉間に寄せ、口をへの字に結んでいる。そういえばこの時間、この子はなんらかの修行をしていなければならないはずだ。またこっそり抜けてきたんだろうか。
「まあ座りなよ。お茶でも出そう」
そう声をかけたけれど、黙って首を横に振る。警戒されるのは慣れているので、それならと、自分の分を淹れているときだった。
「最近、普賢がここに来たか」
雲中子は首を傾げた。
「普賢?いや?」
なぜ、と問うと、しばらく黙り込んだあと「なんか、変なので」とぼそりと言った。
「変?どういうふうに」
咳が止まらないとか食欲がないとか、どこか痛がっているとか、そういう症状があるなら、薬を処方できるけれど、それなら連れてくればいい。
呂望は「そういうんじゃなくて」と言葉をにごす。
「なんか……ずっと笑ってて」
「……それは、具合がいいんじゃないの」
「ちがうと思う」
「どうして。あの子、いつもわりとニコニコしてなかったっけ」
しばらく視線を泳がせてから「ちがう」とくり返した。
「いままではもっと人並みに、怒ったり拗ねたり、むくれたりしていた」
「普賢が?へえ」
「すくなくとも、わしの前では」
「ふーん」
「でも、隠し事をするときに笑う癖があって」
「隠し事」
「へらへら笑ってると思ったらすごい熱があったり、妖獣に咬まれてすごく血が出ているのに大丈夫って言ったり」
「そうなんだ。……ああ、だからここに?」
「どこか具合悪いのを隠してるんじゃないかと」
それなら普賢に直接聞けばいいんじゃなかろうか。「きみたち、同期で仲がいいんだろう?」と聞けば、呂望は「そんなに単純ではない」と睨んだ。
「隠し事をしている人に、隠し事をしているかと聞いてそうだと答えるものはおらんだろうし、仲がいいからといって、なにもかもを話せるわけじゃない」
なるほど。きっと呂望は、普賢が具合が悪いかどうかを心配しているというよりは、自分に黙ってなにかを我慢していることに耐えられないんじゃないだろうか。
もちろん、心配させたくないという普賢の態度は気遣いではあるけれど、呂望にすれば心配すら受け取らない一線を引かれたように感じているのかもしれない。
——案外めんどくさいな、この二人。
本心は隠したまま、わかった、と雲中子は頷いた。
「いまのところ来ていないけれど、もし来たら知らせてあげるよ」
呂望はちょっとホッとしたように頭を下げる。
小さな背を見送りながら、そういう肝心なところで人を安易に信用しないほうがいいんじゃないかなと雲中子は思った。
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