シノハラ
2025-03-11 20:30:22
1580文字
Public 銀博
 

ドクターもまんざらではないけどまだ付き合ってない銀博

2023年10月22日初出

 朝一番に出会った人にはハイタッチをするようにしている。古参のメンバーが以前ドクターはそうしていたなんて冗談めかして言っていたので踏襲してみたが、本当かどうか微妙なところだ。彼の性格を前提に考えると、彼が自分とハイタッチをしようとして適当な話をでっち上げた可能性の方がずっと高い。
 初めて自分のハイタッチの洗礼を受けた者の反応はまさに十人十色である。まるでそうするのが当然とばかりに手を合わせる者もいれば、自分が何を求められているのか分からず目を白黒させる者もいた。
 そういうのは好かないとばかりの目で見られることもあるが、まあ、大体の人はドクターの求めに応じてぺちんと音を鳴らしてくれる。嘘か本当か分からない慣習が残ったのは、反応の多彩さとなんだかんだで皆が応えてくれるからなのだろう。
 何度も会ってはいたものの、シルバーアッシュとする機会は全くなかった。何せ彼は多忙の身で、平和な時期のロドスに来るときは朝一番を過ぎてからやって来て、日を跨ぐ前に辞してしまう。そこそこ顔を合わせる機会はあるくせに、絶妙にタイミングを逃してしまうのだ。
 そんなシルバーアッシュが珍しく朝から艦内にいると聞いている。ロドス付近に外交先があるらしく、日程調整をかねてしばらく宿として使うつもりだと彼は言っていた。しばらく、とは言ってもきっと数日程度だろうが。
「シルバーアッシュ!」
 食堂で朝食を済ませた後、一度自室に戻ろうと廊下を歩いていると彼の姿を見つけた。せっかくいるのだからタイミングを合わせた方が良かったかとちらりと思ううちに彼が振り返る。明日の約束を取り付けるのも良いかもしれない。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
 足を止めてくれた彼に追いついて、すっと手を挙げて見せると一瞬こちらの意図を探る視線を向けられる。それからこちらが何をしたがっているのかは理解しているようで、こちらに合わせて手を軽く掲げてくれた。
――お、わ、え……?」
 ぱちん、と彼には初めてだけれどぱちんと軽く手を合わせてすぐに引こうとすると、シルバーアッシュの手が押し出されて手を離せなかった。彼の意図を把握する前にシルバーアッシュの指が折り曲げられて、自分の指の股を擦って手を捉えられる。
 突然の事に腕だけでは足りないと思い足を引いたが、当然シルバーアッシュも歩みを進める。方向をうまく誘導されたと気がついたのは、背中に軽い衝撃が走って壁に背がついてからだった。
 手の状態を確認すると、見事に恋人繋ぎとかいうものをさせられていた。勝手に名称で既成事実を作ろうとするな。
「少しだけ……休ませてくれ。どうやら疲れているようだ、悪いな」
……ここ、往来なんだけどなあ」
 本人よりも随分背が低い自分に合わせて背を丸めて、重たく感じる影を落として彼が囁く。疲れが取れていないのであれば、医療に頼る必要があるのかもしれないとか、休むなら休むなりの環境というものがあるとか。そもそも口実でしかないだろうにとかいくらでも言うべきことはあるはずなのだけど、とりあえず一番に伝えたい不平を漏らすことにする。
 幸いまだ被害者はいないが、朝一番からこんなものを見せられる通行人の気持ちになってほしい。
「往来でなければ許容するのか?」
 バイザー越しにシルバーアッシュを窺うと、彼はどこか楽しそうに目を細めている。どうかな、と答えながらも自身にも同じ問いかけをしてみて、許容範囲ではないかと返答を受けた。そっかあ、と返せば悪い気はしない癖にと追撃を食らった。そうだね。
 するりと上げた肘を撫でて分厚いコート越しの脇腹辺りを擦った太い尻尾を見ながら、自分も触ってみたいと思う。きっと触れれば最後、何もかも彼に明け渡さなければならないだろうからなかなかに思い切りがつかないのだけれど。