当たり前に温かく、儚く

MHRウ教×ハ♀。相思相愛/夫婦。
当たり前ではないけれど、当たり前が当たり前に続きますように。


今やすっかり、隣にいることが、一緒に生きることが『当たり前』の『日常』。傍らに最愛の人がいない景色など、考えられなくて。

「ねえ、俺さぁ」
「はい?」

夫婦となって、ひとつ屋根の下、畳の間で一緒に布団を敷き終えた頃。

ウツシが自分の布団に座りながら、隣の布団の上で枕を整えている里の英雄『猛き炎』こと最愛の妻である娘に、ぽつりと呼びかける。

「俺さ。キミをお嫁さんに迎えられて、夫婦になれて、こんな風にお布団並べてること。今も本当に、夢みたいだなって思うよ」
「ふふふ、私もですよ。あなたのお嫁さんになる夢が叶うとは思いませんでした」
「はは、そっちの『夢』かい?」
「そうですよ。……小さい頃からの」

仕上げのように、ぽすぽすと片手で枕を軽く叩きながら、照れたように「覚えてるでしょう?」と上目で呟く娘に、ウツシが愛おしそうに目を細める。

娘がまだ幼い頃、彼女からよく聞いていた言葉が、その時の笑顔が、昨日のことのように鮮明に脳裏を駆け巡っていた。


──おおきくなったら、ウツシにいにの、およめさんになりたい!


幼く、あどけない、感情の勢いと単純な『好き』に満ちた、純粋な約束。

時が経てば、時の流れの中に溶けていくのが常である、儚い約束。

「もちろん……覚えてる。忘れたことなんかないさ」

懐古と恋の蛍の光を瞳に宿して呟きながら、ウツシが改めて妻となってくれた娘を見やる。
夫婦の視線は優しく絡まり合い、同じ想いで共鳴し、心に温もりが満ちていく。


──約束が叶う日が、本当に来てくれたら……


狩猟という、命をし、強くあらねばという重圧の中で、約束が叶う日を夢見る心は、ウツシと娘の中で日に日に強さを増していった。


「俺、キミがどんどん強く、綺麗になっていくから……俺なんかじゃ釣り合わないなって思ってたよ」
「それは、私も。あなたが誰よりも強くて、優しいから……こんな、未熟な私じゃダメだろうなぁって」

互いに布団の上で視線を交わし合った刹那、夫婦が「ふふっ!」と息を漏らして笑い合う。

長い間──当たり前のように、今も、互いに同じ想い。

幼い頃の約束にいつまでも心を託していることを自嘲しながら、それでも何度、この約束が叶えばと、その想いに救われたか分からなかった。

ウツシがそっと手を伸ばし、妻の手に自身の手を重ねながら、真っ直ぐ彼女を見つめる。

……隣に、キミがいない人生なんて……この家で、ひとつだけお布団を敷いて、ひとりで生きるなんて。もう、考えられない」
「私もです。あなたの隣以外の場所で生きるなんて……考えられません」
「ふふふっ……嬉しいな。ありがとう……!」

いつの間にか、ウツシと娘は視線と共に、重ね合っていただけの手を絡め合っていた。

……この世界にキミがいて、キミと一緒にいられることは、夢どころか、奇跡に等しいことだよね……
「ふふ……どうしたんですか、突然」
……俺は、愚か者だから」

低く自嘲するように呟き、娘の手を握る手に、ほんの少しだけ、ウツシが力を込める。

自らの意思を示し、二度と離さないことを告げるような、強くも優しい力。

「ずっと一緒にいられると、それが当たり前で……キミがこの世界にいることも、キミと共に生きられることも、本当はそうじゃないってこと……忘れちゃいそうになるから」
……そんな風に考えられる人は、愚か者じゃありませんよ? それに私、嬉しいです」
「嬉しい?」
「変かもしれませんけど……当たり前なのが、すごく嬉しくて」

ウツシに負けじと想いを示すように、娘が彼に握られた手を、少し強めに握り返した。
驚いたように大きめのまばたきをした彼へ、娘は至福に満ち足りて、とろりと微笑む。

互いに、命を賭す生業なりわいに身を置く者。怪我も病もなく、共に無事でいられていることへの感謝を忘れたことはない。

けれど、それとも別で、自分たちは長く、幼い頃からずっと共に居る。

相手がいないことなど考えられないほどの長い時間を、共にしてきた。

互いに互いの人生に深く入り込み、もう、それが取り除かれることなど、『当たり前の日常』が変化することなど、想像すらしたくないほどで。

「私の大好きな旦那さまが、私以外の人と生きることを、私のいない世界を考えられないのは……とっても、嬉しいです。ふふ……私も……同じだから」

私と、同じ。娘のその言葉は、頬が真っ赤に熟れたウツシの胸を、心を、心臓を甘く締め付けて、激しく震わせて。

……ッ、あー……! もうっ! 本当に、キミは!」
「ひゃあっ!?」

娘の布団の上に、ぼすん、と音を立てて勢い良く夫婦が沈み込んだ。

娘は仰向けになり、彼女の顔の左右には、その上に覆い被さる姿勢のウツシの腕が柱のようにそびえていて。

……愛しい我が妻よ。……今、この瞬間も、俺と……考えや気持ちは同じ?」

上から降ってきた夫の艶やかな眼差しと甘やかな低声に、娘は心臓を歓喜で高鳴らせる。

……は、い」

しっかりと頷きながら、娘がゆっくりと両腕を上げ、夫の背に回していく。

とくん、とくん、と次第に激しくなっていく心音と共に、期待の炎で顔が火照ほてって、心臓から燃え広がるように、体の芯まで熱くなった。

……わ、たし……! この『当たり前』が、ずっと続いてほしいです……!」
「こうして……俺と、愛し合うことも……?」
「はい……! 特別な、ことですけど……これも、あなたと、私の……日常の中の一部として、変わらずに……これからも、ずっと……!」
「──ッ!」

どちらからともなく、目を閉じて。上気した表情のウツシが、娘に上から唇を押し付けるようにして口付ける。

嬉々としてそれを受け入れながら、娘は胸をきゅんと切なく高鳴らせた。

互いが愛するのは、互いだけ。胸がきつく、艶やかに締め付けられながら、貪りたいほど欲してしまうのも、互いだけ。情熱的に滲み揺れる瞳に映すのも、互いだけ。

それが『当たり前』の、愛し合える時間。

いつまでもそのままで、崩れてほしくない人生の一部、日常の中の一コマ。

「──愛してるよ。これからも、ずっと。キミじゃなきゃ嫌だ……キミがいないなんて嫌だ……! もう、そんなの、考えられない……!」
「私も……私も、愛しています。ずっと、ずっと、これからも、変わらずに……!」

ウツシにしがみつきながら、娘が、いつものように幸せそうに微笑む。

林檎のような彼女に、ウツシは「愛してる」と、また食らいつくように口付けた。

自分の人生を鮮やかに灯してくれるその笑顔が、これからも日常の中から消えることのないよう想いと願いを。
それを守り続ける覚悟と決意も、改めながら。

……愛弟子。明日は、お休みだよね?」

ウツシの問いに、その言葉の意味を理解した娘が照れたように、けれど幸せそうに「いつも通りです」と頷いて。

……あなたも、ですよね?」

そう尋ね返してきた妻に、ウツシもまた、彼女と同じように至福を宿して、柔らかに目を細めながら大きく頷いた。

「いつも通りに、ね」

笑顔で答えたウツシを見つめながら、娘は安堵したように息をつき、くすぐったそうに、ますます期待を深めて口元を綻ばせる。

明日はきっと、夫婦でお寝坊する日。それが、叶う日。特別だけれど『日常』の中、当たり前にできる至福のお寝坊。

いつ日常が崩れるとも分からない、そうなった時はそれさえ当たり前だと言われても納得できてしまうような、せざるを得ないような、狩場を、危険な任地を駆け抜ける日々。

どうかこれからも変わらず、安穏あんのんたる当たり前を、当たり前に繰り返せますように。

そんなことを考えながら、視線を絡ませ合った夫婦は微笑み合い、改めて、並んだ布団の上に嬉々として沈んでいった。


「愛してるよ……愛弟子」
「私もです……ウツシ教官」
「誰よりも、愛してる、俺の可愛い奥さん」
「私もです。私の、素敵な旦那さま」

当たり前に交わし合うのはいつもと同じ、いつまでも変わらない、愛の言葉。




@acadine