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望月 鏡翠
2025-03-10 23:22:22
922文字
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日課
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#1651 「氾濫」「コメディアン」「案山子」
#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺
全てを投げ出したとき、心の底から晴れやかな気持ちになった。将来への不安や、大人としての義務や周囲への義理。考えるべきことはいくらでもあった。あと先を考えるのであれば、次の仕事が決まっていない状態で仕事を辞めるべきではない。
そんなことはわかっている。
駄目だと言われていることをやるのは気分が良かった。人を笑わせることに齧り付いていた俺が、ようやく心の底から笑った。
戸惑う人もいたし、怒る人もいた。お前はどうせそうなると思っていたと訳知り顔で冷笑する人もいた。しかし、予想外のものは一つもなかった。想定の範囲内で踊らされていた。彼らの感情を、俺が動かしたのだ。俺がその反応を引き出したのだ。
そう思うと気分が良かった。無力になって底辺に落ちたのに、全知全能になったかのような錯覚すら覚えた。
俺はコメディアンだ。自分でいうのもなんだが、才能がないわけではなかったと思う。一時期はテレビにも出て、街を歩けば声をかけられた。その瞬間が俺の人生のトップだった。
仕事にしていけるくらいにはおもろかったと信じている。
だけど世の中には才能が溢れている。世はまさに大才能時代だ。才能の大洪水だ。
自尊心も才能もその氾濫に押し流されて消えてしまった。俺はこの業界で溺れてしまった。
洪水を凌ぐべき方舟を見つけられなかった。コメンテーター、MC、チャンネル開設、ゲーム実況、地方営業。どれも上手くいかなかった。
そしてふと気がつけばネタを考える以外のことに大部分の時間を割いていたことに気がついた。何も面白くなかった。楽しんでもいなかった。俺も楽しんでいないし、誰のことも楽しませていない。だからやめることにしたのだ。
コメディアン一本に絞って頑張っていくという選択肢はなかった。そこにもう俺の入る余地はなかった。もっと若手がいるし、もっと才能に溢れた人間がいる。
キッパリ業界から手を引いた俺は、一時的に注目を集めた。現役の頃に、この注目があればと思わずにはいられない。皮肉にもただの人になった俺は、いくら見られてもなんの意味もない。
俺はただの案山子だよ。
ここから再起する強さがあったら、夢を諦めたりしないんだ。
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