まきわ
2025-03-10 22:29:38
4493文字
Public クロリン
 

Devotion

Ⅳ軸のクロリンです
カレイジャスに乗ってからの話
深夜、眠れない教官

ごとん、と重い音をたてて昇降機が止まり扉が開く。
深夜に近いこの時間帯、カレイジャスの格納庫はしんと静まり返っていた。
相棒の方へ足を向けようとしたリィンは、その相棒の向かいに立つ蒼い機体の前に人影をみとめてふと頬を緩めた。
なんとなく眷属化してから彼がいる方角がわかるので、こちらにいるのは察していた。
歩き出すとその足音に人影クロウがこちらに顔を向け、何も言わずに複雑な色合いの困ったような笑みを浮かべた。
だからリィンも同じように少し苦笑混じりの笑みを返して自身の物言わぬ相棒に向き合った。
(ヴァリマール)
呼びかけても念話にしろ声にしろ返ってくる返事はない。
自分の未熟さと不徳が招いた結果だと思っているし、こうやって呼びかけても返事がないことを確認する度どうしようもない悲しみに心を引き裂かれそうになる。
だがきっと彼は気にしていないと言うだろうし、やはりこうして側に来るとどこか気持ちが落ち着く気がした。
どうしようもなく気が滅入って人前で取り繕う事すら億劫になってもヴァリマール相手であればそれは気にしなくてもいいと思えた。
それは別に彼が人ではないからというわけではない。
かといって他の仲間達を信頼していないというわけでもない。
こればかりはリィンの性分故としか言いようがなかった。
(あれ、でもそういえば似た感じが
そう思ってふと首だけで後ろを振り返る。
気配があるのでいるのはわかっていたが、クロウはまだそこに佇んでいた。
オルディーネはヴァリマールと違って話せないわけではないから、黙ってただ見上げているのは不思議な気がした。
「クロウもしかして話してるのを邪魔しちゃったか?」
「ん?」
クロウは体ごと振り返ると眉を下げて笑った。
「いや別に。なんなら念話で話しゃいいわけだし。昔からだらっとコイツんとこ来てぼーっとしてるなんてよくあることだからな。コイツも気にしてねぇってわけだ」
親指でオルディーネを差しながらそうクロウが言うとオルディーネは軽く頷く仕草を見せた。
「なるほど。でもわかるな。俺も誰とも話したくないけど、独りになるのが嫌だなって時はヴァリマールの所にいたから。クロウもそんな時があったんだな?」
クロウの隣に並んでオルディーネを見上げるとクロウも同じく見上げて苦笑した。
「オルディスにいた頃はな。住むとこはカイエンのおっさんが用意してくれたが当然っつーか監視されてたしなぁ。うざくなったらコイツの中に閉じこもってたってわけだ」
懐かしそうな顔をするクロウにリィンはやや眉を下げて微笑んだ。
きっとクロウもオルディーネ相手には取り繕う必要のない気楽さがあったのだろう。
当時のクロウの周囲には、どんな意味においても自分を取り繕う必要しかないような人間しかいなかったのだ。
要請を受け続ける間の苦しさを誰に零す事も憚られたリィンがそうだったように、この大きな相棒が心の支えだったのだと共感できた。
なんだかじんわりと微笑ましいような気持ちにもなって、しばしただ黙ってクロウの相棒を二人見上げる。
そんな静かな時間を過ごしていてふと気づく。
(そうか俺、クロウと居る時も
いつからなのかはわからないけれどクロウといると気負いなく、むしろ寄りかかるような気持ちで落ち着けるようになっていた。
対等でありたいとは思う。
けれど取り繕おうとはせずにありのままでいられる、そんな居心地の良さが彼といる時間にはあった。
こうしてただ黙って並んでいても「何か話さなくては」という気持ちにはならないし、口を開きたくなったら話せばいいという気でいられた。
沈んで無気力になりかけていた気持ちが凪いで、安らいでいく。
(とはいえ付き合わせるのも悪いよな)
そもそもクロウは一人になりたいからここに来たのだろう。
いつまでも後から来た自分が邪魔をするものではないと思ってリィンはクロウへ顔を向けた。
「クロウ、じゃあ俺は
「なぁリィン、せっかくだし甲板の方行かねぇか?」
「え」
言いかけた言葉を遮った提案にリィンは目を瞠った。
「なんだ、もう眠いってんなら無理にとは言わねぇぞ?」
「い、いや。正直あまり眠る気になれなくて。でもいいのか?一人になりたかったんだろう?」
「別にお前ならいいし。この時間なら甲板も誰もいねぇだろ」
ブリッジなど、要所には不寝番がついているものの、監視設備があるから甲板に特に見張りは立っていない。
確かに深夜に近いこの時間なら人気はないだろう。
それに「お前ならいい」という言葉が嬉しかった。
もしかしたらクロウも同じように感じてくれているのかもと思うと顔が緩んだ。
「それじゃ、行ってみようか」

甲板の上は月明かりがほのかに落ちる程度で隣にいるクロウの姿すらどこかぼんやりとしていた。
けれど流れていく風は柔らかく気持ちが良い。
「さすがに誰もいないな
「だなー。しっかし空の上だってのもあるんだろうがまだ夏だってのに肌寒いくらいだな。風邪ひくなよ?」
「さすがにひかないよ。確かに少し冷えるけど、風は気持ちいいな」
「まぁな。あーせっかくだし食堂でコーヒーくらいは淹れてくりゃよかったか」
確かに真っすぐここまで来てしまったが、ホットコーヒーでもあればもっと落ち着けそうな気はした。
リィンは少し考え込んでからクロウの袖を引いた。
やっぱりコーヒー淹れて来よう」
「マジか?食堂はさすがに誰かいると思うぜ?」
まだ起きているのか、と咎められる事を暗に示すクロウの言葉にリィンは意志を込めた眼差しを返した。
「やりたいなって思ったこと、ちゃんとしておきたいんだ。後悔しないようにできる時にちゃんと」
クロウは珍しく真剣な顔でしばしリィンの顔を見つめた後、ふっと笑って頷いた。
「わかった。んじゃ食堂行くか」

食堂には思った通り当番が詰めていたが、日中艦を降りて戦うことの多いⅦ組メンバーはさすがに寝入っているのか、いなかったのはやや幸いだっただろう。
もちろん無用な心配をかけないという意味で。
当番の生徒達は驚いた顔をしたものの、二人一緒だということで何も言わずにいてくれた。
ただしコーヒーは目が冴えるだけだろうと言われて湯気をたてる紅茶をそれぞれ淹れてもらって二人は甲板に戻ってきた。
カップを持ったのと逆の手には、どうせならとお茶請けに渡されたクッキーの皿もある。
甲板の手すりの下に腰を下ろすと、クッキーを二人の間に置いて紅茶のカップを掲げ合う。
「んじゃま、とりあえず乾杯」
「紅茶だけどな」
密やかに笑い合って一口カップを傾ける。
やり残しがあった方が窮地に陥った時に力が湧くって考え方もあるけど俺はそういうタイプじゃないなって思うんだ」
食堂に行く前の話の続きだと察してくれたのか、クロウはカップを口に当てたまま先を促す視線をリィンに向けた。
「あぁ、あれやりたかったなって思いながら少し寂しく感じて消えるって気がする。逆に全部やり切ってる方が全力を出せるっていうか
「わかるぜ。オレもやり残し思い出してなにくそって力出すタイプじゃねーしな。無理だったなーって諦めちまう気がする」
同意されるとなんだか腑に落ちて、リィンは小さく笑った。
「ユウナとクルトなんかはきっとそれで踏ん張れるタイプだって気がするな。アッシュとミュゼは俺達と同じかな。アルティナは意外とユウナと同じだと思うんだよななんだかんだでミリアムと似たところがあるっていう、気が
ミリアムの名前を出した瞬間、胸から腹の辺りにずんと重い物が落ちた気がした。
ヴァリマールと同じく、自分の未熟さ故に喪ってしまった少女。
気持ちが再び重たく沈んで、言葉が止まってしまう。
何か言えば、みっともなく泣き出してしまう気がした。
俯いてぐっと堪えていると少しだけクロウの肩がリィンに寄せられた。
同時に俯けた頭の上からふっと声が降ってきた。
「I swearどんな遠くにいても辿りゆけばきっと奏でられるから青い歌
(この
学院祭でアンコール曲としてクロウが選び、皆で演奏した曲。
オリヴァルトが音頭を取ってくれて客席皆で歌ってくれた、あの光景が頭に浮かんでふっと涙が頬を伝った。
囁くように途切れ途切れにクロウはあの歌を口ずさんでいた。
朗々と歌い上げるわけではないけれど、今の心情には逆にそのひそやかさが心地良かった。
「I'll be there歩み進む道は七色の輪ずっと忘れないようにまた青い空仰ぐ
クロウは泣き顔を見られたくないリィンの心を察したように空を見上げてただ歌い続けた。
寄せられた肩にそっと頭を寄りかけてみると、抑えていたものが自然と溢れるように涙がひたすら零れていった。
我慢しなくていい、泣いていいぞ、とあえて言わないところが彼らしいとなんとなく思った。
土台を作って柱をたてて寄りかかれるようにしてくれる、そんな感じがした。
ここに寄りかかっていいですよ、とおおっぴらに書くわけではないけれど自然とそうできるよう導いてくれている。
だから気楽なのだろうと思った。
リィンは何も言わずにクロウの肩に頭を擦り寄せて目を閉じた。
優しい風に乗ってひそやかに耳に届く歌声がゆっくりとリィンの意識を撫でてくれている気がした。

………
リィンの気配が変わったのを感じてクロウは歌を止めた。
すると風に混じってすぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてきて、安堵の息をつく。
(ほんとはオレに甘えさせるべきじゃねぇんだろうが)
全てが終わって上手く収まればもう自分に甘えることはできないのだ。
それに慣れさせるべきではないと思っているし、再び失う時の喪失感が強くなるだけだろうという危惧もあった。
それでもリィンが沈んでいると感じるとこうやって甘えさせずにはいられなくなる。
ぎりぎりのラインは保っていると思っているが、そういう問題じゃねぇと突っ込む自分も同時にいる。
(はーま、オレもそういう意味ではこいつに甘えてんのかもな。甘えさせたいっつー欲求を我慢しきれねぇって意味では
ため息混じりに苦笑する。
だがまぁいいかという気もした。
不死者として永らえさせてくれたのはジョルジュだが、それも相克までのはずだった。
それを引き留め、必要だと言って眷属という形で繋いだのはリィンだ。
その時最後まで自分をリィンの為に使うとはっきり決めた。
(さすがに関係を深めるわけにはいかねぇがこれもこいつの為の一環ってことで)
眷属となった今、リィンが消えれば自分も消えるし、恐らくリィンが手放さない限り自分が消えることはないだろう。
ならリィンが前に進めるように、自分の全てを賭けて支えるだけだ。
それを否定も邪魔も誰にもさせない。
何に対してか挑むように笑うと、クロウは自分の肩に寄りかかったリィンの頭にほんのわずか髪に触れるようにだけ口付けた。