mishiadd
2025-03-10 00:22:05
5250文字
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浅草幻想奇譚:宮本伊織は『ヤマトタケル』に呪われている

【現パロ】2年4組の宮本伊織にちょっかいを出すと祟られるらしい【剣陣営】

2年4組の宮本伊織にちょっかいを出すと祟られるらしい。







比較的新しく加わった七不思議のひとつだった。西階段の踊り場の鏡、三階の女子トイレ、理科室の人体模型。どれもこれもありきたりでありがちな中、ここ一年で唐突に増えた七番目の話だった。

「2年4組の宮本伊織に近づくと、祟られるらしいよ」

「なぁにぃそれ」と大声を上げて笑ったのに対して、話を持ち掛けてきた側の女子が「しっ」と声を潜めるよう指示する。改めてひそひそと顔を顔を突き合わせたあと、「宮本くんでしょ。知ってるよ。あの子が何?」と話しかけられた側の女子が尋ねた。

「剣道部の子だよね。ウチ教科書拾ってもらったことある。顔もかっこいいじゃん。あの子が何?」
「あんまりそういうこと言わない方がいいよ。聞かれてるかもしれないから」
「聞かれてる? 誰に」
「『ヤマトタケル』」

「なぁにぃそれぇ」とますます大声を張り上げたのに対して、「しいぃっ! ねえ! 死にたいの!」とヒステリックな声が響く。はた、と空気が凍り付く。

死ぬって、何が」
「あの子にちょっかい出すと怪我するんだよ

ひそ、と再び声を潜めて言った。

「3組のリッコが言ってた。今まで宮本くんに告白した子、皆怪我してるって」
……なにそれ」

まわりで話を漏れ聞いていた女子達も集まってくる。教室の隅で小さな輪を作って、ひそひそと耳打ちするように話す。

「一人目の子は、宮本くんを体育館裏に呼び出して告白したんだって。振られちゃったんだけど、その帰りに水溜まりで滑って転んで怪我したって」
「そんなの偶然でしょォ」
もう一週間も雨降ってなかったんだって。体育館裏のあたりって、水道もホースもないよ。水溜まりなんてある筈なかったのに」
……誰かがペットボトルの中身でも零したんじゃないの」
「二人目の子は、校舎の階段の踊り場で宮本くんに告白したんだって。やっぱり振られちゃったんだけど、そのあと階段から落ちたって」
「慌ててたんでしょ。それか振られたショックで足を踏み外したか」
「三人目の子は、電車のホームで」

プーーーーーーアアアア、と急ブレーキと共に電車が警笛を鳴らす幻聴が聞こえた気がして、女子たちが顔を見合わせる。それから、話し手の女子が言葉を継いだ。

――落ちなかったよ。線路には落ちなかった。……宮本くんが、手を引っ張って助けてくれたって」
「じゃあ宮本くんのせいじゃないじゃない」
「でも宮本くんに告白してから転んで、結局怪我してる」

沈黙が落ちる。――それから、「ってかさ」と聞き手の女子がおどけたように髪を背後に払って言った。

「宮本くんってやっぱモテるんだ。まあちょっとウチも狙ってたけどね」
「ねえ、だからそういうこと言わない方がいいって」
誰かに聞かれてるからって? ――ね、さっきなんて言ったっけ。『ヤマト』」
「『タケル』。そのくらい聞いたことあるでしょ。有名な神様だよ」

くすり、と笑って肩を竦め、「コックリさんとか言い出すかと思った」と混ぜっ返した。

「で、その『ヤマトタケル』が何? なんでウチらの話聞くの」
「宮本くん、『ヤマトタケル』に呪われてるんだよ」
――なぁにそれぇ」

声に滲んでいた笑いが消える。話し手の女子が言った。

「あの子憑かれてるんだって。――5組のヤマダが見たって」
「俺らもその話聞いた」

突然話に割って入ってきた数人の男子に、女子達が驚いた顔をする。「――ええ?」と聞き手の女子が訊き返した。
神妙な顔をした男子達が、うん、と頷いてみせた。

「俺らもヤマダから聞いた。他にも――こいつらも見たって」

そう言って、隣に立っている男子達を顎でしゃくる。にやにやと聞き手の女子が意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「なに、アンタらも宮本くんに告白したの?」
「違ェよ。――でも」

ん、と男子が足元を見る。上履きの爪先を蹴り、顔を上げて言った。

「『遊びに行こうぜ』――って声掛けたんだ。放課後に何人かで集まってファミレス行こうって話になったから、一緒に来ないかって」
「宮本、剣道部だろ。いつも忙しくて下校時間一緒になることないから、たまたま教室に残ってたから声掛けてみようぜって」
「教室の引き戸開けたんだよ。――そしたら」

ごくり、と生唾を呑み込む音がこちらまで聞こえるようだった。話し手の男子が乾く舌を湿して言った。

――『手』が、見えた」
……手?」
「宮本が、自分の席の机の前に立ってて、こっちに背中向けてて。教科書、こう、とんとん、って揃えてて。そこには宮本しかいなくて。――でも、肩に、、掛かってた」
「宮本の前に誰もいないのに、宮本の肩から背中にかけて、こう、手が」
「宮本の背中、撫でるみたいに。だらっと」

沈黙が落ちる。女子達と男子達が、それぞれに顔を見合わせる。長い長い沈黙ののち、聞き手の女子が言った。

……で、なんでそれが『ヤマトタケル』だってわかんの」
「宮本が自分で言ったんだ」

話を聞いていた女子達が一斉に男子を見る。まるで誰かに聞かれるのを警戒するかのように、より一層声を潜めて言った。

「俺達、思わず叫んじゃってさ。それで、宮本がこっち振り返って。そしたら、その手も消えちゃって。
何にも言えなくて黙ってたら、宮本が『何か見えたのか』って訊いてきて。……それで、なんて答えていいのかわかんなくて結局黙ってたら、宮本が言ったんだ、『せいばあは悪いものではないよ』って」
せいばあ?」

話を聞いていた女子達がぽかんとする。話し手の男子が頷いた。

「『それ何』って訊いたら、宮本がなんか――宙に向かってぼそぼそ話しかけててさ。俺達の目の前で、ひとりで小さな声でぽそぽそ話してて。まるで、『せいばあ』がそこに居るみたいに」
……それで」
「宮本が宙に向かってひとりで頷いて、俺達に言ったんだ、『シンメイを言ってもいいと言っている。――おまえ達が見たものの名は『ヤマトタケル』という。だから、むやみに恐れることはない。おまえ達に悪さをするものではない』って」
「でも、してるじゃない」

今までただ話を聞くだけだった別の女子が、指摘するように言った。

「皆、怪我させられてるじゃない」
「だからそれは偶然でしょ? 宮本くんが何かに憑かれてるとして――でも、宮本くんは『悪いものじゃない』って言ったんでしょ?」
「自分が憑かれてるものをわざわざ悪く言うやつなんているかよ。誰だってそう思いたがるだろ、『自分に憑いてるコイツは悪いモンなんかじゃない』って」
「怪我だってたまたまでしょ。宮本くんに憑いてるそれがやったなんて決まってない」
「いいや、あいつだよ。――ほら」

話し手の男子が学ランのズボンの裾をまくり上げる。その脛に、色濃い大きな痣がついているのを見て、女子達が悲鳴を上げた。

「宮本と『ヤマトタケル』の話をしたあと―― 一応、俺達誘ってみたんだ。ファミレス一緒に来ないかって。……正直、気味悪かったけど――でも、これで誘わないのも変だし。そしたら、結局断られて――その帰り」

「宮本を誘った場にいたやつ全員、ファミレスの帰りに怪我してる」、と告げた。

全員が俯いて黙りこくる。考え抜いたのちに、聞き手だった女子がぽつりと言った。

「でもきっと、宮本くんは悪くないと思う」
「アヤコ」
「その『ヤマトタケル』は宮本くんの知らないところで悪さしてるかもしれないけど――宮本くんはきっと何にも知らないんだと思う」
「ねえ、アヤコ、やめよ」
「『ヤマトタケル』が勝手に皆に祟ってるだけで、宮本くんはきっと」
「アヤコってば! 聞かれるから!!」

アヤコと呼ばれた少女がはっとして顔を上げる。周囲を見渡せば、男子達も女子達も一様に、ひどく怯えた様子で彼女を見ていた。

……ごめん。もう言わない。『ヤマトタケル』の話も――宮本くんの話もしない」

「アヤコ」と別の女子が肩を抱いて慰める。話が終わったのを感じた男子達も、ぞろぞろとその場から離れていく。



2年4組の宮本伊織にちょっかいを出すと祟られるらしい。



新しく加わった七不思議の七番目はあっという間に学校中に伝播し、『宮本伊織』に近づく者は誰もいなくなる。













うむ。




これでよい――と思う。













自室の扉をノックもせずにすり抜けて中に入る。勉強机に向かっていたイオリは、こちらを振り返ることもなく「戻ったのか、セイバー」と声を掛けてきた。

「うむ。……どこに行っていたのかは訊かぬのだな? 相変わらず」
「どこでもいいさ。いちいち俺が管理などしなくとも、おまえは妙なことをしたりしないだろう」

皮肉か本気かわからないことを皮肉か本気かわからない口調で言い、ようやくイオリがこちらを振り返る。今の今まで学業に勤しんでいたらしかったイオリがシャープペンシルを置いて、おもむろに立ち上がった。

「とはいえ、おまえが『聞いてほしい』というのなら別だが」
――いや」

フン、と軽く鼻を鳴らす。半透明の――サーヴァントとも異なり任意に実体化もできないような体で、物理的に干渉もできないベッドにかたちだけ腰かけるふりをする。

「恋仲でもあるまいし、いちいち今日は何をしたなどときみに話したい欲求はないよ」
「そうだったか。江戸でおまえがたまに別行動をとったときなどは、合流したおまえに小一時間拘束されて何を見聞きしてきたか逐一すべて報告されていた気がするが」
……そうだったかな」

適当に誤魔化す。――実際、今日一日私が外でやってきたことは、この男には言いたくなかった。
私の隣に腰かけたイオリが、単語帳をぱらぱらとめくり出す。裏表に単語の書かれた短冊を眺めながら、イオリが言った。

「怪我をした、と聞いた」
「うむ?」
「先日、俺を食事に誘ってくれた子供たちがいただろう。彼らが怪我をした、と聞いた」
……そうか」
「どうもこの頃、俺のまわりで怪我をする子供が多くてな」

同年代の人間を『子供』呼ばわりするイオリの横顔を見る。かすかに目を眇めてイオリが私を見た。

「不思議だな? セイバー」
――そうだな」

イオリの――底冷えのするような、凍てついた月夜のような瞳を真っ直ぐに見返して、とぼける。

「不運が続くな」
「水溜まりで転んだらしい。あるいは濡れた階段で足を滑らせた。あるいは、ある筈のないところにあった水を避けて怪我をした。……偶然が続くな? セイバー」
「ああ、本当に」

澄ました顔をしている私の顔をひとしきり眺めたあと、イオリが単語帳を閉じる。「とはいえ、」と言った。

「いずれも大怪我はしていないらしい。一、二週間もすれば完治するような怪我だとのことだ。――ただな」

ぐ、とイオリがこちらに身を乗り出してくる。私の表情の変化をひとつも見逃すまいとするように、鋭く光る双眸で半透明の私の顔を見透かすように覗き込んだ。

「おかげで、俺には親しい友人がひとりもできなくてな? セイバー。誰も、ろくに話しかけてきてもくれないよ」
「それは残念だ」
何をするというでもないのに。俺は彼らを取って食ったりはしない。ただ、親しくなって――理解したいと思っている」

ぐ、と顎に力が入りそうになるのを誤魔化す。平静を装い、イオリのすべてを捉えるような視線に堪える。

「いずれはよい試し斬りの相手にも――なれればいいが、そういう相手を探し出すにも、まずは知り合わなければなんとも」
――……
「まずは出逢って、理解して――選ぶのは、それから。頭の中で演算シミュレートするのはいい。誰も彼もを、頭の中では斬ればいい。だが、実行に移すのは――厳選しなければ。……そのためにも、セイバー」

イオリの年齢の割には大きな手が、私の透き通った手の上に重なる。――そのまま、触れ合うこともなく、私とイオリの手が、文字通り同じ座標の上で重なり合っている

「俺は、学校でたくさん友人ができるといいなと常々思っているのだが――どうも、うまくいかないな?」
……ばかだな、イオリ」

ふ、と口許を歪めて笑い、私はイオリを見た。

「きみには私がいるだろう。四百年来のきみの唯一無二の友である、この私が」
――それはそうだ」

同じように口許を歪めて笑い、イオリが身を引いた。「夕餉の準備をしようか」と、自室を出る。






――ふう、と肩でこの身には不要な深い溜息をつき――






明日もまた私は、イオリという『祟り』を防ぐため、子供達の会話に耳を澄まし続ける。









宮本伊織は『ヤマトタケル』に呪われている・了