冬人と水樹さん

雪の夜。

 迫る白刃を寸で防ぐと重たい音がして相手の剣が弾かれる。
 一瞬、無防備になった胴。
 横薙ぎに一閃、返す袈裟斬り。勢いに任せて一回転、下から斬り上げて浮いた体を蹴り飛ばす。衝撃に軌跡を描いて吹き飛んだ相手はぐたりと倒れ、見届けた冬人はほうっと息を吐き、重たく肩を落とす水樹を視界に入れながら小さく頷いた。
「俺の勝ちだね」
「強攻撃さえしなければ……!」
 悔しそうな声を上げる水樹がごとりと落とすのはコントローラー。並ぶふたりが見つめる画面に踊るのはKOの文字。ふたりは珍しくゲームに興じていた。最近発売された格闘ゲームの過去作が値下げして売られているのを見かけ、やってみようかという話になったのだ。ここのところあちこちへ出かけることが多かったのもあるかもしれない。久しぶりの屋内遊びは盛り上がっていた。
 勝利を収めた冬人は試合中に減っていたまばたきでしょぼつく目を押さえ、肩をぐるりと回す。ばき、と骨の鳴る音。水樹も項垂れていた首を回している。
「冬人さん、冬人さん。あなたはどうして直ガが得意なの……?」
……慣れかな」
 ロミオとジュリエットになぞらえたように問われ、冬人は無難な返事をする。
「え、僕がいない間にやりこんでいるんですか? ちょっとちょっと、それは先に言ってもらわないと」
「いや、学生時代に先輩……店長がはまって誘われてたから」
 格闘ゲームは236、623やその逆などの基礎コマンドを打てるようになり、キャラ毎のコンボさえ覚えればそれなりに動かすことができる。ゲームによって特徴や細かい仕様の違いはあるものの、その基本的な部分は変わらないので冬人は下駄を履いていたのだ。
「ううん……これは僕も修行が必要ですね。まあ、見ててくださいよ。達人になって帰ってきますからね」
 むん、と力こぶを作る水樹に笑い、冬人は「すぐに追いつかれそうだなあ」と呟く。
 それからゲームを始めてから時間はどれほど経ったかと窓を見れば薄曇りの空は随分と暗くなっており、時計を見れば夕方を過ぎようとしている。
 今夜は雪が降ると天気予報が言っていた。水樹を帰すのならばそろそろだろうとは思うのだが、のろのろと視線を水樹へ向けた冬人の口は重たい。
 今日は泊まるともなにも水樹から聞いていない。このままなにも言わなければ水樹は雪空の下を帰ることになるかもしれないし、そうさせたくないと思うのもほんとうだが、それ以上に冬人は帰したくないという本音があった。
 恋人とは叶う限り一緒にいたい。
「冬人さん、疲れた? ぼうっとしてるけど」
 気遣うような水樹の声にはっと我に返って彼を見れば、眉を下げた水樹が自身を見つめているのに気づいて慌ててぱたぱたと手を振った。
「なんでもないから大丈夫。あ、飲み物ないね。淹れてくるけどなにがいい?」
 言ってから、時間的にはそろそろ夕飯も視野に入れなければいけないと思い当たる。
 水樹を夕飯に誘うのであれば、いよいよ雪が降る時間になるだろう。どうしたものか。
「あのさ、冬人さん。なにか言いづらいことある?」
「え、なんで?」
「んー……なんか変じゃないかなって」
 中途半端に腰を浮かせて一瞬止まった冬人に、水樹が思慮深い顔で言う。咄嗟に誤魔化しはしたものの、機微に敏い彼を誤魔化すのは難しいだろう。
 そもそも、こんなにも悩むことだろうか。ただ訊いて是非を伺えばいいことを迷惑ではないかと悩む悪癖は、治そうとしているもののいまでも時折顔を出す。今回も悪癖が出てしまったと思い直した冬人は浮かせた腰を下ろして「あのさ」と切り出した。
「今日、泊まっていく? 雪が降るっていうからさ、遅くなるのは危ないと思って……
 少し言い訳っぽく伝えた冬人に水樹の目が晶晶と明るくなった。
「いいの? 言いそびれちゃったけど明日休みだから、お泊まり嬉しいです」
 片手を軽く上げながら朗らかに言う水樹にほっとした心地で笑って、冬人は「是非お願いします」と頷く。
「今日は夜更かししちゃおっか。格ゲーではぼこぼこにされた僕ですが、パーティーゲームならやれます。自分いけます」
 水樹は自信満々だ。運に左右されるゲームや、本人が言う通りパーティーゲームに水樹は強い。冬人は水樹どころかCPUにも負けることが珍しくなかった。
「いいよ……今度こそ負けないから」
「ふふ、なにか賭ける?」
……明日の朝食のおかずを」
「断然やる気が漲ってきました。シェフのとろとろスクランブルエッグが食べたいです」
「じゃあ、俺が勝ったら水樹くんに卵焼き作ってもらおうかな」
「お、任せてくださいよ。負ける気はないけどね!」
 今夜は白熱した戦いを繰り広げることになりそうだ。
 その前に腹ごなしをしなくてはとどちらともなく会話は夕飯に移る。冷蔵庫の中身を見て名前があるんだかないんだか分からない炒め物を作り、熱々のスープを煮込んだ頃になると窓の向こうにははらはらと白いもの。
「明日さ、積もってたら雪だるま作ろうね」
「うん、いいよ」
 きっと、冷え込む朝は遅くなるだろうけど。
 雪に閉じた朝は人肌から離れ難く、長い夜を過ごした恋人は手放し難い。
 それは色っぽい理由があれば一層のことだが、今夜はただ賑やかに過ごすことになりそうだ。
 ──ちらりと浮かぶのは惜しいなと思ってしまう本心。
(さっき、言えばよかったのかな……
 ゲームではないことをしたいなんて、思っても遅い。
 ゲームと違って足りない勘と経験に唸った冬人へ、水樹が「どうしたの?」と榛色の目をきょとんとさせる。
 いまが機会だ、言ってしまえ。236、623、ABAB。勇気のゲージを使い切れ。
……………………あのさ」
 重たく開いた口に、ぎこちなく回る舌。
 雪も溶けるような問いかけの行方は今夜、ベッドのなかに──