コタジ
2025-03-09 16:05:35
3269文字
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素直な向日葵

軍師後の土井半助と六年生その二。
小平太と土井先生。

「細かいことは気になさらず、稽古をつけてください土井先生!」
「これの何処が細かいことだ!絶ッ対ダメだからな!」
 天高く澄み渡った碧空を、赤蜻蛉が横切る。
 豊かに実った稲穂は綺麗に刈り取られ、稲架掛けが立ち並んでいる田畑を土井半助の「安静にしてくれ小平太ーっ!」という悲鳴が鳴り響いた。
 
 土井は今、態々持ち込んだ仕事を六年ろ組の七松小平太達の部屋でしている。
 一年は組の小試験の採点でもしているのだろう、時折呻いては腹を押さえている。
 試験の出来は芳しくないらしい。
 何故一年は組の教科担任である土井がここにいるのかといえば、小平太が動かないように見張りをする為であった。
 先日の騒動で、一番酷い目にあったのが善法寺伊作なら、一番の深手を負ったのは小平太だ。本人は平気だとあっけらかんとしているが、未だに傷からは血が滲む。
 平気だといつも通りに鍛錬しようとすると土井は眦を吊り上げ止めに入り、最終的にあの時は申し訳なかったと涙ぐむ。恩師が泣くのは小平太も嫌だったので大人しくまた横になるの繰り返しだった。
 個人の鍛錬ならばと大丈夫だろうと土井に手合わせを願ったのだが、同室の中在家長次と保健委員会委員長である伊作にこっ酷く説教を受けた。解せぬ。
(贖罪をしたい土井先生の憂いは晴れて、私は手合わせで鍛錬が出来て、全てが丸く収まる良い策だと思ったのだが)
 そうして暇を持て余し、小平太は自室で横になっていた。
 普段、呼吸をするように動き回る小平太にとって、これほど手持ち無沙汰なことはない。
 手を伸ばせば触れるような距離には姿勢よく座り、採点をしている土井がいる。それが不思議で少し新鮮だった。
 六年ともなると、一切悟らせずに答案を盗み見することが出来るようになるので、筆記試験は最早無駄だと行われない。
 なので小平太が土井の採点姿を見るのは久方ぶりだった。
 今日は休日なので、土井もざっくりと髪を一纏めにしただけで背に長い髪をそのままにしている。小平太と似ているようで異なる髪質は、ゴワゴワで固く、ひと目で手入れが悪いと分かる荒れ様だ。髪質に煩い斉藤タカ丸が見れば、思わず髪を毟り取るに違いない。
 物珍しそうにしげしげと背中を眺めていると、ふっと笑う気配がした。
「そんなに見ていると穴が空いてしまうよ」 
「流石ですね、土井先生。こちらを見ていなくてもわかるのですか」
「それだけじっと見られたら誰でもわかるさ」
 笑いを含んだ声音に、そんなに見ていただろうかと小平太は目を瞬いた。
「そんなつもりはなかったのですが、無意識だと思います」
「うん?」
「先生が此処におられることが、嬉しいのです」
 ぴたりと、淀みなく動いていた土井の筆が止まった。じわりと墨が染みる前に、筆が置かれる。
 小平太は知らなかった。
 何気ない日常が、崖が崩れるように無くなることを。
 一年であるきり丸は知っていた。
 あの小さな体躯に不安と悲しみと恐怖を引っ詰めて。泣きもしないのだ。
「じっと耐える後輩に、何も出来ずにいることが私には歯がゆかったのです」
 肩の傷など本当に何ともなかった。
 恩師と小さな後輩達を喪う恐ろしさに比べれば。
 強くならねばならない。
 土井を取り戻そうと奮闘し、縛られ斬られそうになりながらも諦めずにいたきり丸達を見て、小平太は改めて思った。
「一つも零さずにいることは不可能だと理解はしていても、納得は出来ないし私は最期まで足掻きます」
 嫌ならば、全てを掴むことが出来るような強さを身に付けることは必須。
「ですから私は強くならねばならぬのです!」
「うん、小平太。理由はわかるし無理をするなとは言わないが、無茶はするな」
 今は絶対安静だ。
 土井は立ち上がって拳を握った小平太の足をいとも簡単に払い、柔らかく受け止めるとまた寝床へ寝かせた。全く痛くもない鮮やかさ。
 こんなことをされると、益々手合わせを願いたくなるのだがと小平太はぶうたれた。
「では、土井先生に抱きつくならいいですか?」
「はぁ?」
 突然の話題の転換に、掻巻を小平太にかけようとしていた土井の手が止まる。
「先日も、嬉しそうなは組のよいこ達を見ていたら土井先生に抱きつきたくなったのに、皆が止めるから断念したのです」
「そ、そうか」
「止める者がいない今なら抱きつき放題だと思いまして!」
「ううん、改めて言われると何やら照れくさいが、別に構わないよ」
「本当ですか!では早速っ、」
「ただし、」
「のわっ!?」
 勢い良く起き上がる小平太の額を軽く押さえて簡単に元に戻し、土井が苦笑する。
「傷が治って全快したら、な?」
「~~待てません!」
「忍なら待つのも覚えろ。今はこれで我慢しなさい」
「!」
 不満気にじたばたとし始めた小平太の頭に、ぽすんと軽く重さがかかった。
 そのままわしわしと頭を撫ぜられる。
「私は犬ではないのですが」
「ははは、わかってるよ。でも昔から小平太の髪はふわふわでつい撫でたくなるんだ」
……
 乱雑に見えて優しい手つきが懐かしい。
 昔は良く撫でて貰った心地良さに、小平太は思わず眼を閉じる。
「では、全快したら、土井先生に抱きついてもいいですか?」 
「あぁ、いいぞ」
「その時は頭も沢山撫でていただきたいです」
「わかったわかった」
「では早く治して思いっきり飛びつきます!」
「ほ、程々に頼む」
 小平太の怪力を知っている土井が己の腰がやられそうな予感に顔を引き攣らせるが、小平太は楽しげに笑っただけだった。
「いえ!思いっきり!飛びつかせていただきます!」
 私は素直なので!と胸を張る小平太に、土井も観念したように笑った。
「よく、知ってるよ」





 


 続
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──余談──
 
 
 
 
 
 
 
 
「土井先生、土井先生は利吉さんのお兄ちゃんなんですか?」
「ぶば!」
 茶を吹き出した土井を、答案用紙が濡れてしまったが大丈夫だろうかと言う顔をして小平太が見ている。動くなと言われているから動かないのだろう。妙なところで小平太は素直だ。
「ま、まぁ、小さい頃に知り合ったからね」
 ご近所の歳が近い人間がいなかったからかな。慕ってくれたよと面映ゆいように土井は頬を掻く。その表情は懐かしそうだ。
「そうなんですか、それは大変羨ましいです」
「そうか?」
「なので私も一度お兄ちゃんと呼んでみてもいいですか?」
「ぶっ!」
 二回目は茶が器官に入ったのか、土井は長く咳き込んだ。少し恨めし気に小平太を見遣るが、期待して真っ直ぐにこちらを見てくる眼は変わらない。土井は諦めたように嘆息した。
(なんでまたこんなことをしたがるのか、)
 わからないが、わくわくした顔で待っている小平太は言うまで諦めなさそうだ。
「構わないが、今だけだぞ?」
「ありがとうございます!」
 ぱっ!と顔を明るくし、小平太は満面の笑みで早速とばかりに土井を呼んだ。
「半助にいちゃん!」
「~~~っ、なんだ、小平太?」
 名前付きで呼ばれるとは思っていなかったので、中々恥ずかしいなと思いながらも土井が返してやると、何が楽しいのか小平太は満足そうにしている。
「言っといてなんですが、やはり言い慣れてなくて中々しっくりきませんね。土井先生はやはり土井先生です」
「呼びたがったのはお前だろうに」
「土井先生は私の先生ですから!ずっと私の先生でいて欲しいです!」
 一年の時と全く変わらない小平太の向日葵のような笑顔に、土井はふはっと吹き出した。
「お前は可愛いなぁ小平太」
「私は可愛くありませんが、後輩や弟妹達は可愛いです」
「あの子達は元気か?」
「はい!先日も文を貰いまして、」
 楽しそうに話す様子を聴きながら、土井は眼を緩めた。
 
(あぁ、私も、ずっとお前達の先生でいたいな)