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↺4章


隣の探偵は、じっと考え込んでいる。
視線を辿れば地面に行き着くが、彼女の視界はそれを写していないだろう。

私たちは現在、自分たちがいるこの場所について出来る限りの情報を集められないかと画策している。
比較的元気そうな人々に声をかけたが、指定した時間に現れたのはそれほど多くはなかった。

そのうち、森木林くんはいつものように現れた七瀬くんから逃げる形で去っていったし、ここにいるのは江戸川くんと安藤くん、それに私だけだ。

今は一定以上宿舎などの建物から離れると、いつの間にか建物の近くに戻ってきている現象について調べているところである。

「やはり、何かしらの催眠効果によってこの現象が起こっている訳ではなさそうですね」
検証のために垂らしたロープを見つめ、江戸川くんは頷いている。催眠術にでもかかっていた方が、きっと事態は簡単だったのだろう。

この場所はあまりにも現実離れした法則を伴っている。
まるで夢か何かとしか思えぬようなそれに、探偵はため息をついた。

「一旦夢或いはそれに類似したものであると考えた方がいいかもしれません」
「自殺したら生き返ることといい摩訶不思議な現象が多いし……ほかの糸口を探した方が早いかもしれないな!」

「ほかの糸口……
江戸川くんは目を伏せて、それから私たちの方を見遣る。
「少し、気になっていたことがあるんです」

「どういった基準で私たちが……正確に言えば、貴方たちが集められたのかがわからないんです」

「それは、生き返らせたい人がいるからじゃないのか?」
安藤くんは首を傾げた。確かにモノゼルくんとモノデビルくんもそう言っていたはずだ。
生き返らせたい人がいて、双方が才能を持っていた。それ以外に理由はあるのだろうか。

けれど、確かに条件がそれだけであればもっと人がいてもおかしくなさそうなものである。世界は広い、条件に当てはまるのが9組だけとは思えない。
無作為に選ばれたものだと考えることもできるが……

「私は、それだけが理由だとは思えないんです」
「以前のことを覚えていますか?私たちだけでなく、ここにいる全員の鼓動が止まっていたことを。それに対してのモノデビルさんの返答を」

「そもそも、なぜコロシアイをする必要があるのでしょうか?生き返りの奇跡が限りあるものだとして、わざわざこの手段を選ぶ意味がわかりません」
「じゃんけんでもいいのに、どうしてこんな物騒で手のかかることを?」
……もしかして」

嗚呼、探偵の頭脳が遺憾なく発揮されている!散りばめられた点を繋いで、真実を描くその様をこんなに間近で目撃出来るだなんて!
この調子であれば、今私たちが巻き込まれている謎を紐解いて奇妙な状況を脱することもそう遠い未来ではないかもしれない。

推理力が一般人の域を出ない私にとっては、その軌跡を追うので精一杯だ。それは安藤くんも似たようなものであったらしく、どんどんと前に進んでいく江戸川くんに対して私たちは顔を見合わせて困惑するばかりである。

そんな時だった。ジリジリという機械音が鳴り、謎解きは中断される。
《今すぐ裁判場に集合しなさい。楽しいことをしているみたいだけれど、謎はまだまだ解けそうにないでしょう?》

こちらを監視しているような発言だった。事実そうなのだろう。
ともかく、ここは従うしかないだろう。私たちは重い足をなんとか動かし、裁判場へと向かった。

随分と人数も少なくなってしまったものだ。集まった面々を見、空席の多さに驚くのにももう慣れてしまいそうなほどだった。
意気消沈し、裁判場まで辿り着けるか自体心配な者もいたが……どうやらそれは杞憂であったようだ。

無用な処罰を下される者はいないだろう。尤も、これからモノデビルくんたちにされるだろう話によっては違うだろうが。

「さて、前回の事件が起こってから何日経ったかしらね?」
モノデビルくんはいつも通りの不敵な笑みを携えている。どうせ碌でもない話をするだろうことは容易に予想できた。
「まだことの重大さを理解していないのかしら?全く、これじゃいつ神の怒りが下されてもおかしくないわよ」

彼女は天を指さしている。神の怒りとは、きっとグングニルの槍のことを言っているのだろう。なんでも射抜いてしまうそれの脅威は記憶に新しい。
それからモノデビルくんはこう続けた。“5日以内に次の事件が起こらなければ、ここにいる全員をあれで貫きましょう”と。

…………
隣に立つ雨笠くんの瞳は、確かにモノデビルくんに向けられている。しかしながら、彼女の視界にはきっと何も映り込んでいない。
しかし完全に何も感じていないわけではないのだろう、雨笠くんの手は微かに震えていた。

全員の命を握り締め、逃げ道をなくしてまでどうしてそんなにコロシアイを遂行したいのだろうか。そもそも、このコロシアイというシステム自体私はどこか覚えがあるような気がしてならない。
体験はしたことがないはずだ。ならばどこかで見たことがあるのだろうか。

裁判場からまばらに人がいなくなっていく。気がつけば私が最後の一人になっていた。
ここには長居をしたくない雰囲気が漂っている。いつでも死の匂いがするかのような本能に訴えかける不快さを感じるのだ。

考えるべきことは沢山ある。けれど、時は待ってくれない。
神になれない私たちは、限られた時間を上手く使うしかないのだ。

―――

「しかし、全滅だってね。流石に困るかなあ……ね、小白?」
「是。彼らはやると言ったらやる人たちです……皆殺しも嘘ではないのでしょう」


王くんと白くんは顔を見合わせている。ああいった手合いの脅しには慣れていそうなものであると勝手に考えていたが、何事にも例外というものは存在するらしい。
動揺とも呼べないほどの揺らぎではあるが、間違いなく今回のものは響いたようだった。

どうにか犠牲者を出さずに済むことはできないのだろうか。考えることは探偵も同じであったらしく、以前よりも謎の解明を急いでいるような気がする。
得られる手がかりは少ない。積極的なヒントをくれとは言わずとも、この場所がどこにあるのかくらいは教えて欲しいものだとため息をついていた。

そんな江戸川くんはたった今食堂に入ってきて、周囲をぐるりと見回している。
殺人の動機が提示された今、疑心暗鬼になって部屋に閉じこもりきりになる人が出てもおかしくはないが……生活リズムは中々変えられるものではないのだろう、皆食事の時間はほとんど同じなのだ。

「すみません、皆さん少しよろしいでしょうか」
「いいよ♪なにかのお誘いかな、もしかしてデート?」
「いえ、違いますよ」

江戸川くんの呼びかけに、端の方にいたはずの森木林くんが躍り出る。なんと素早い身のこなしだろうか。江戸川くんは彼のことをいつも通り軽くあしらっている。
それを七瀬くんが歯軋りをしつつ見つめているのだが……なんてことはない、もはや通常運転だ。今の所、彼女は凶行に及ぶ様子はなさそうだし放っておいても害はないだろう。

「一つ確認したいことがあるんです」
食堂にいた大半の人間が集まると、探偵はそう切り出した。いつになく真剣なその表情に、少しだけ空気が重くなる。
「特に、“死んだ覚えがない方”にお聞きしたいのですが……ここにくる前、最後の記憶。その日付を大体で良いので教えていただきたいんです」

「えー、そんなの覚えてない!でも大体でいいんだよね?」
右舷くんはそう不満げに漏らした。確かに、ここにきてから随分と時間も経っているし、記憶はどんどんと薄れていっている。
ううん、と何事かを考えるそぶりを見せた後右舷くんはポツポツと呟き始めた。

「あったかい時期だったかな、でも暑くはなかったよ!ああ、あとね……海が荒れてた。それは覚えてる」

……それなら春先、かな?ぼ、僕も同じくらいの時期だったと思います。締切3日前で、でもあったかいから妙に眠くて…………

なんだか濃くなったような気がする目の下の隈を擦りつつ、霞澤くんは語る。
睡魔と戦って、気がついた時にはここにきていたのだと。そういえば以前も締切の近い原稿があったと嘆いていた覚えがある。

「えー……私は冬頃だったと思うんだけど」
七瀬くんは若干口を尖らせている。不機嫌さを隠すつもりは一切ないようだ。
あまり多くを語る気はないらしく、それどころか“季節なんて場所によって違うじゃん”と文句まで言っている。

「確かに多少の差異は出るでしょうが、同じ国にいたのであれば大きな違いは出ないかと思います」
ここにくる前の記憶を手繰り寄せる。確かどこかに向かっていたはずだ。
気温はどうだっただろうか。寒くはなかったはずだ。恐らくは春か秋だっただろうと告げれば、探偵はまた考え込んだ。

安藤くんは夏、王くんは多分秋だと話していた。見事なまでにバラバラである。記憶にズレがある、ということは何を示しているのだろうか。

何か見落としているような気がしてならない。
大きな謎に立ち向かうばかりに、その前にある違和を逃しているような。そんな。

――――

「事件、起こらないね♪もう今日が最終日なんだっけ?」
森木林くんは少しだけ嫌そうな表情を浮かべている。しかし、それもすぐに見慣れた笑みに戻った。

提示された期限は5日間、彼の言う通り今日が運命の分かれ道である。
振り返れば色んなことがあった……わけでもなく、特筆するべき事項のない普遍的な日々であった。

探偵の謎解きは恐らく後一歩のところまで進んでいる。けれどその一歩があまりにも遠い。
決め手に欠ける、いくつか真相の候補はあるがどれもまだ推測の域を出ないのだと彼女はぼやいていた。

「もうおやつ時になるね!このままだと全員あの槍に貫かれることになっちゃうけど」
「それは困ったなあ♪なんとか出来ないものかな?」
「さあ?案外走って逃げたら生き延びれるかもね!」

右舷くんと森木林くんは冗談を言い合うような軽さを纏っている。
彼は間違いなく虚勢を張っているのだろう。しかし、彼女の腹の中はなかなか読みづらい。ここにくる前から死が身近に存在していただろうから、あまり動揺はないのだろうか。

残り時間は短い。死か罪か、ここまでくると静観をすることすら許されていないかのように思えてきてしまう。
3択目が存在しないだろうか、そんな醜い足掻きを嘲笑うようにアナウンスが鳴り響いた。

≪死体が発見されました、至急宿舎2階までお集まりください。繰り返します―――――

緊張が走る。そういえば今日はあの人の姿を見なかった気がする、とか、普段考えないようにしていることが脳裏を掠めた。
私も疲れてきているのかもしれない。そんな風に自嘲して、知らされた場所まで歩を進めた。

開いた扉の前には、雨笠くんがぬらりと立っている。彼女が見つめる先を辿るようにその部屋の中へと目を向けると、そこには。

血溜まりの中に浸かっている、安藤くんがいた。


その傍には、王くんと白くんが。彼らが遺体を見つけたのだろうか。
まさしく惨状だ。なんだか久方ぶりなそれを目の前にして、私は言葉を紡ぐことができなかった。

「全員集まったな?いつも通りだ、一定の時間が経ったら裁判を行うから忘れないように」
モノゼルくんはそれだけ言うと、アイスを咥えながらさっさとどこかへと消えてしまった。彼はいつでも通常運転である。

それにしてもこの遺体の状況は奇妙である。首に絞められた痕があり、その上で刺突もされている。確実に殺せるように、異常と形容できてしまえるほどに殺意が込められている。

ぱっと遺体から顔を上げると、王くんと目が合った。話を聞くに、やはり彼と白くんが発見者で間違いないらしい。
彼ら二人は右舷くんの様子を見に2階へと訪れていた。そこで雨笠くんが安藤くんの部屋の前に佇んでいるのを不思議に思い、声をかけることにしたのだ、とも。

「なんだか叫び声がした、と言っていたな。……彼女が声を発しているところを見たのは久しぶりだった」
「そうだね、驚いたよ。……ドアをノックしてみたけど、当然反応は返ってこなくてさ。もしかしたら出かけてるのかとも思ったんだけど」

そんな折、モノデビルくんがタイミングよく現れたのだという。十中八九部屋の前を監視していたのだろう。
警戒する3人をよそに、モノデビルくんは“部屋の鍵”を渡してきた。嫌な予感がしつつ開けてみると、この有様であったらしい。

「それにしても、惨いよね。刺したり首を絞めたりしてるんだからさ」
……順番としては、首を絞めてから刺したように思えますね」
「うん。まあ、犯人の手がかりにはあんまりならなそうだけど」

「白昼道々、とは恐れ入りましたね」
探偵がいることを忘れているのか、とでも言いたげな表情を浮かべ江戸川くんは遺体を見つめている。
「それに……これは密室殺人だったようですけれど」

密室殺人。状況だけ見てしまえばそうであるが、ここの部屋の扉はさほど頑丈ではない。上下に僅かな隙間さえ存在するため、密室という状況だけ作ることは容易だろう。

探偵もそれは分かっているはずだ。というより、推理小説好きであればきっとすぐこの結論にたどり着くだろう。
となると……今回のクロは、ある程度そういったものに精通しているような人物なのだろうか?

江戸川くんは少し気になることがある、と言って遺体の観察を続けている。部屋の中にはまだ他に数人が残っており、少し手狭になっている。
ならば別の場所を見に行こう、と私は歩き出した。

凶器から犯人は絞れないだろうか、と私はふと考える。
今回使われたのは紐状のものと刃物だろう。

倉庫に向かうと、そこには雨笠くんがいた。
そういえば彼女が死体発見のきっかけになったのだったか、と思い当時の状況を教えてくれないかと尋ねた。

…………その」
彼女は躊躇いがちに、慎重に言葉を発している。
「女の子の叫び声が聞こえたの」

彼女の隣の部屋は安藤くんだ。だから異常事態が発生していると考えて向かったものの、よく考えれば危ないことに気がつきノックすら躊躇してしまったのだとか。

雨笠くんは小さく「ごめんなさい」と呟いた。自分がもっと早く戸を叩いていれば、もしかしたら安藤くんは助けられたのかもしれないとも。
しかし現場の血はほとんど乾きかけだった。そう思い詰める必要は無いのではないかと伝えると、彼女は俯いた。

倉庫には、紐類が置かれていた。だがここには誰でも入ることができるし、もし犯人が用意周到な人物で数日前から凶器を調達していたら目撃証言などに期待するのは難しいのかもしれない。

刃物の方はどうだろうか?私は雨笠くんに別れを告げ、厨房へと向かうことにした。

厨房には七瀬くんと霞澤くんがいた。と言っても二人で一緒に行動しているわけでは全くないらしく、特に霞澤くんの方は過剰に七瀬くんを避けている。
しかしながら厨房から出ていく選択肢はないらしい、随分と怖がっているようだし気が動転してしてしまっているのだろうか。

私に気がつくと、霞澤くんはあからさまに安堵の表情を浮かべた。
何を見ていたのかと問いかけると彼は包丁類が収納されているあたりを指さした。

「一本、足りないんです。……どこかに置きっぱなしになってるのか、とか思ったんですけど」
そこで霞澤くんは七瀬くんの方を見遣る。もしかして、彼女がいるから厨房内を見回れなかったのだろうか。

「厨房の中にはなかったよ、クロの人が持ってるんじゃないの……それより、66がどこにいるか知らない?」

確かに厨房の方に逃げたと思ったのにいないんだよね、と七瀬くんはこともなげに話す。霞澤くんが固まっていることなどお構いなしだ。
悪いが森木林くんの行方は知らない、と伝えると彼女は厨房を去っていった。霞澤くんの肩の力が抜ける。

「ご、ごめんなさい……ちょっと、緊張しちゃってて」
「彼女を警戒する気持ちは分かりますよ、以前のこともありますからね」

霞澤くんは小さく頷いた。それきり言葉を発するつもりはないようだ。
彼も以前に増して口数が少なくなったものだな、と思う。その原因は分かりきっている、先の事件で彼の親友が犠牲になったからであろう。

今の霞澤くんはどこか惰性で生きているかのような、そんな雰囲気を醸し出している。少し危うげにも思えるが果たして本当に大丈夫だろうか。

……私も、彼女がいなくなってしまったらどうなってしまうのだろうか。二度目のそれに耐えられるのか。
このコロシアイを乗り切る気力は残るのだろうか、なんだか想像ができなくて。そのことが少し恐ろしい。

≪時間になりましたので、裁判場までお集まりください。繰り返します―――――

アナウンスが鳴った。もうすぐ裁判が始まる。
また一人、人が減るのだ。そのことを憂鬱に思いながら、私たちは裁判場へと向かった。

ー裁判開始ー

「さて、いつも通り死因と凶器の確認からですね」

「扼痕があることからも絞殺されたと考えて良いでしょう。それから、死後に三度……胸元を2回、腹部を1回刺されていますね」

江戸川くんは淡々と述べている。絞殺した後に刺突。改めて見ても異常な殺意を感じるような気がする。
なんらかのメッセージ性をはらんでいるのだろうか。

「ねえ、結局凶器って見つかったの?さっき探してたでしょ」
「え……み、見つからなかったです、ね…………

七瀬くんが霞澤くんにそう問いかける。彼は縮こまりながらも答えていた。
霞澤くんの返答を聞き、七瀬くんは一気に興味を失ったかのように元の方向に視線を戻す。正確に言えば森木林くんのことを見つめているのだ。

「現場は密室になっていたようだけれど、その点についてはどう説明するの?」
いつも通りの笑みを浮かべ、王くんは皆の顔を見る。
彼も密室の作り方についてはわかっていそうなものだが、と思いつつも私は口を開いた。

「恐らく、定番の手法を取ったのだと思います。糸と粘着力があまり強くないテープのようなものを使えば、密室自体は容易に作り出せるでしょう」
「錠前はそれほど力を入れなくても回るし、知識さえあれば誰でも細工はできるだろうね」

王くんは続けて、白くんの方に視線を向けた。そういえば何か見たって言ってなかった?と問いかけられ、白くんはこくりと頷いた。

「昼間ぐらいだろうか、そこの探偵が安藤の部屋に入って行ったのを見た」

【証言】江戸川イヴが安藤救の部屋に入って行ったところを目撃した

「見間違いではないでしょうか、私と安藤さんの部屋は隣り合っていますし」
「確かにそうかもしれないな。距離があったし、記憶違いの可能性もある」

白くんも江戸川くんも、泰然としているものだ。双方動揺などはなく、何を考えているかは読み取れそうにない。

「あのさ、ちょっといいかな♪俺気がついたことがあるんだよね」
少しだけひりついた空気に臆することもなく、森木林くんが小さく手を挙げる。

「死体の傷……特に刺し傷の方なんだけど、イヴくんが死んじゃった時と場所が似通ってると思わない?」

ね、どう思う?と森木林くんは江戸川くんと私の方を交互に見た。
言われてみれば確かにそうかもしれない。彼女の場合は刃物ではなく銃によるものであったが、傷つけられている箇所は大体同じである。

森木林くんは江戸川くんの死の間際についての話を知っていたのか、と少しだけ驚いた。本人の口から聞いたのだろうか、それともニュースか何かで知っていたのを覚えていたのだろうか。

彼は「江戸川イヴの死因を知っている人物が怪しい」と言いたいらしい。
森木林くん自身と江戸川くん、それに私。その3人のうちの誰かが今回のクロであるのではないかと。

「でも、それは……決定的な証拠にはならないかと」

「証拠?役に立つかはわかんないけど一つあるよ!」

はーい、と元気よく挙手したのは右舷くんだ。彼女は自身の指の爪を指している。
「あのね、あのお兄さんの爪の間に何か詰まってたんだ。多分皮膚片?誰かのこと引っ掻いたんだと思うなー」

まあ自分のこと引っ掻いたのかもしれないけど、と右舷くんは付け足した。
犯人に抵抗した時のものかもしれない、そう考えると小柄な江戸川くんには犯行は難しそうである。

とりあえず、と私と森木林くんは引っ掻き傷がないか精査されることになった。だがしかし、私たち二人ともにそんな傷は存在しなかった。

「一応、その女も調べてみたらいいんじゃないの?容疑者には変わりないでしょ」
「そ、それはそうかもしれませんけど……

七瀬くんは刺々しく言い放つ。そうして止める暇もなく江戸川くんに近づいて、腕を掴んだ。
静止の声も気に留めず、何故だか探偵も嫌そうな顔ひとつしない。捲られあらわになった腕には、誰かに強く掴まれたような痣と傷があった。

【証拠】江戸川イヴの腕の傷

「これで決まりね……なんとか言ったらどうなの、探偵さん」

江戸川くんは答えない。謎は自分で解けと言わんばかりに、こちらを見るだけだ。

「結論は出たようだな、それでは投票に移るとしよう」

↺安藤救を殺したクロは?
→江戸川イヴ

信じたくなかった。信じることを体が拒否していた。
探偵は犯人となるべからず。かつてのどこかの誰かが唱えた十戒には、そう記されていた。

探偵は、静かに笑みを携えている。


……なるほど、難しいものですね。“最終的には真犯人に辿り着く”ように反抗を逆算し殺人を行う、というのは。勉強になりました」
「こんな複雑なことを考えて本を書いているのですから、推理小説かというのは存外探偵の上位互換なのかもしれませんね。尊敬に値します」

目の前のこれは、本当に“江戸川イヴ“なのだろうか。
理想と重ねあわせて見ていた、かつての彼女は今どこに?謎を解く立場にあるはずの探偵は、謎を生み出す殺人犯に成り果てた。

「君は探偵だろう。事件を解決するはずの存在が犯人になる“邪道”は誰も望まない!」
「そうですね。わかっていますよ」

まるでわかっていないくせに、どうしてわかっていると言うのだろうか。
苛立ちにも似た感情が爆発しかかっている。しかし、私がそうなるよりも先に彼女に声をかけたものがもう一人。

「ねえ……どうしてこんなことしたの……?」


…………森木林くんだ。
彼の問いに、江戸川くんはフフフと笑った。今まで犯行を暴いてきた探偵が、自らの考える完璧な犯行を行うのはおかしいことだろうか、と。安藤くんはまるきり被害者であるのだと。

「あの…………それは、違うんじゃないかな」
蚊の鳴くような声で雨笠くんは呟いた。その表情からは迷いが読み取れるが、発言を止めるつもりはないらしい。
「あの時の叫び声、イヴちゃんだよね?事件が起こったこと、誰かに知らせるためにやったんだよね?」

確かにあのまま安藤くんの遺体が発見されなかったら、事態はもっと複雑になっていたはずだ。それに、安藤くんであれば江戸川くんを引き剥がすことなど容易だろう。

妙に露悪的な態度を取っていたと思えば、そうか。彼女も人間なのだなあと改めて実感する。探偵はまだまだ死んでいないらしい。

……同意の上での殺人だったんですね」
……素晴らしい推理ですね、本職の前でそんなに見事な推理をされてしまったら困ります」

小説家にでもなったらいかがですか?と江戸川くんは困ったような、負けを認めたような顔をしている。
そんな風に褒められても全く嬉しくない。探偵が敗北宣言をするところなど見たくなかった。

「イヴくん」
「なんですか?」
「行かないでよ……

森木林くんの懇願に、彼女はなおのこと困った顔をした。
しかし返事はしなかった。それが答えだった。

最後に、と江戸川くんはひとつこちらに向かって。



裁判終了

探偵が消えた。生涯のうちに二度もこんなことを経験するとは思っていなかった。
喪失感は一度目のそれより大きい。大きな空洞が開いてしまっている。

ただ、きっと私はこれからも生きていくのだろう。空洞を別の何かで埋めて、そうして傷を癒していってしまえる。
物侘しさはあるものの、それだけに囚われることはきっとない。薄情なのかもしれないが、乱咲歩は元来そういう人物なのだ。

それに、今は探偵が最後に遺した謎に向き合うべきなのだ。

“████████を覚えていますか?“

いよいよ、この生活に終止符を打つ時が来たのかもしれない。

―――――

命の期限は差し迫ってきている。
安藤救は時計に視線を向けた。

一人になると、何も取り繕わずに済むから楽だ。己を鼓舞して、皆を安心させようと振る舞わなくてもいい。
もっとも、ここに救に何かを強要するような人物はいない。だから自己満足な振る舞いではあったのだけれど。

「お願いがあるんです」

記憶の中の江戸川イヴは、意思のこもった強い瞳をしていた。
自分はどうだっただろうか。彼女にしっかりと応えられるのだろうか。

死ぬのが怖い。きっと殴られるよりも、蹴られるよりも痛い。
自分は決して立派な人間ではない。そう他人に思われようと、虚勢をベタベタと塗りたくっているだけなのだ。

安藤救は百鬼司のようにはなれない。人のために命を使えてしまえる度胸はない。
けれど、何よりも大切だった彼はもうどこにもいないのだ。

彼の死を二度も見た。二度とは見たくないと思っていたのに。
神様がいるとしたらどうしてこんな残酷な仕打ちをするんだと聞きたいくらいだった。

これから先、真っ直ぐ生きていける自信がない。かといって、死ぬ勇気も自分にはない。
だから江戸川イヴの誘いに乗った。どうせなら、最後に皆の救けとなるような存在になりたい。

自分を殺してもらうための道具は用意した。あと必要なのは、きっと勇気だけ。

こんこん、とドアがノックされる。
江戸川イヴがこちらに呼びかけている。

ドアを開いたら、もう後戻りはできないのだ。

――――――

首に紐を掛けた。人生において初めての経験だった。
当たり前のことだ、と思う。江戸川イヴは、今まで罪を暴く立場にしかなかったのだから。

しかしながら、ここにきて全滅という脅しをかけられるとは思わなかった。
このコロシアイの黒幕がなんだか怒っているような気がするな、というのは推理でもなんでもなく、ただの感想であった。

江戸川イヴに生き返るつもりはさらさらなかった。その願いは彼女のものではなく、乱咲歩のものでしかなかったのだから。
命を使うのであれば今だと思った。それに付き合ってもらう相手に安藤救を選んだのは、最低な打算からだった。

首を絞める。思いっきり、万が一にも仕留め損ねないようにと。
安藤救はもがいている。暴れ出さないようにと耐えてはいたようだが、死を前にしてしまえば覚悟など霧散する。

「すみません、苦しい思いをさせて……

探偵の、江戸川イヴの手によって命が潰えていく。

探偵は犯人になるべきではない。
それは間違いのないことだ。

だからせめて、犯人を間違えないように。上手く立ち回って、残された彼らを次のステージへと押し進めなくてはならない。

「もうすぐで終わりますから……もう少しだけ、あともう少しだけ頑張ってください」

がしりと腕を掴まれる。強く大きい手だった。
ぎゅうと握られたことによる痛みで眉間に皺が寄るが、ここで諦めるわけにはいかないのだ。

江戸川イヴは、探偵である。どうしたって存在するだけで謎を解明してしまうのだ。

知られてはいけない秘密がある。自らが生き返ることで判明してしまう「解き明かされてはならない」秘密が。

ここでの時間は楽しかった、と思う。けれど、二度と生き返るのはごめんなのだ。
そのことを少しだけ、本当に少しだけ。残念だと思いたかった。