whityyokko_hkg
2025-03-09 07:52:34
4795文字
Public
 

lovers in the morning(後朝のmrgr)

村正が気になるグリム(正確にはキャスター)にお熱な村正

事を済ませた翌朝のクー・フーリン・キャスターは村正に顔を見せない。さかった次の日などは特に、枕に顔を埋めて爆睡を装うのが常だ。
うまい具合に顔を隠し二度寝を決めこむキャスターを様子見していた村正は、いつからか自分をじっと観察している視線に気づいた。本日ただ今のように。

同衾していたベッドからそっと降りる。密やかに温い空間から去りがたい気持ちを抱える村正を嘲笑うかのように、ひやりと硬いフローリングが裸足の足裏を支え、踵を落とした瞬間ぴりっとした痛みが背を走り抜けた。あっという間に落ち着いたせいで声ひとつ出さずにすんだのは幸いだった。
隣の男の寝たふりは継続中で、椅子にかけた上衣を次々と羽織る様子を、枕の隙間から窺っている。背中あたりをやたらと見ているのは、おおかた彼奴が昨晩つけた引っ掻き傷の具合が気になるのだろう。

あれは、正面から抱き合い深く入り込んだ衝撃を耐えようとして、村正の背に回った指爪が背中の皮を削ったものだ。赤い線を背に描いた男は熱い重量を腹の奥で咥えるのに精一杯だったと思っていたが、村正が痛みに呻いたのを覚えていたと見える。
村正の方も、凄艶にのたくる肢体へ楔を穿ち抜くのに必死で、キャスターは忘我の境にいたと信じ込んでいた。まさかあの最中にこちらを推し量っていたとは、なかなかどうして大した御仁だ。彼の観察対象たりえる我が身を誇らしくさえ思う。

怪我とも言えぬかすり傷は、霊基を編み直せば一瞬で消えるが、村正はグリムがつけた愛咬を一度として消したことがない。男の甲斐性をうそぶくほど痴情に耽ったつもりはないが、夜の戯れ傷にそこまでする意義を見出だせなかったのもあるし、なによりキャスター程の男が己に溺れた証拠を跡形なく消滅させるなんて、どうにも勿体ない気がしたのだ。

彼自身は、つまらねぇ痕は早く消しちまえと煩かったが、村正はその度に、誰にも見せなきゃいいんだろうと一蹴した。
代わりに、明けの朝は専ら第二再臨の装いを纏う。人目に肌を晒さず、さりとて戦装束から離れぬ姿は村正なりの譲歩と示威だった。対象は当然キャスターその人も入っているが、物見高い野次馬が主な相手である。

村正なりの牽制の効果か、目端の効く輩は礼装の変化に夜毎の交りを察しつつ、今のところ知らぬふりを決め込んでいる。下手に口を挟もうものなら、君子危うきに近寄るどころか、村正の手によって業を飛び超えマスターとの絆さえ委細構わず断ち切られかねないからだ。くわばらくわばら、と剣鬼どもが囁いているのを幸運にも彼らは知らずにすんでいる。

第三再臨の白髪に胡桃色の肌であればさほど目立たなかったが、茶赤の髪に日焼け痕も薄い様では、肩甲骨の間と側腹部後方に各々走る4筋の赤く乾いた線がよく目立つ。
絡むでなく爪痕の上から突き刺しにかかる視線を感じながら、村正は着着と身なりを整えた。

黒い内着に前夜の荒淫が隠されてゆくのを、キャスターがどんな顔して眺めているのか知りたくない訳ではない。しかし、ぴたと張りついた布の上からでも感じる圧の源を脳裏に浮かべるだけで、股座から煮え滾る熱が再燃する。直接触れられずとも愛撫を受けてるも同然の心地がした。
昨晩泣かせに啼かせた朝焼け色の眼が着替え中片時も離れないのを、村正はキャスターからは見えない角度で悦喜していた。眼差しがきざす彼の幻想の指先が暫しの別れを惜しんでいる。離れがたいのは村正も同じだ。

黒い佩楯(はいだて)に緋の飾り紐をかけ縄帯を締める。グリムの瞳のような赤が映えるのにひとり気をよくしながら、手甲の上から白で誂えた丈の短い羽織を腕に通し、村正の身繕いは完成した。
交情の名残は重ね着に覆われ、外からは寸毫も見当たらない。

後は寝所の男に一声かけ、返事がないのを確認したら人目につかないうちに部屋を出る。自室に戻り、庵を見回り、鍛治場を調えてからやっと朝の食堂に顔を出す。赤い弓兵と顔を会わせないように気をつけながら、運良くマスターとマシュに会えたら挨拶して紅閻魔の朝餉を摂る。こうして自分達の後朝は明ける。
しかし、そんな朝のお決まりも今日で終いにしてよい頃合いだと村正は判じた。
腹積もりが定まれば、後は行動に移せばよい。

グリムが布間に潜るまでの隙をつき、村正は待望した顔を顎ごと掴んだ。喜悦の涙で爛れさせた目尻はいまだ赤みが差している。呆けた表情を枕に隠されるより早く瞼に触れた。反射的に瞑って隠れた瞳の疲れを労い、指で目の際をそろりとなぞる。震える睫毛に欲より温かいものを感じるようになったのは、果たしていつからだったか。月日も回数も互いに不要と切って捨てた男の秘か事を分かち合いたい気持ちに偽りはない。

厚い瞼から覗かせた眼差しは予想に反し、力強さが色気を遥かに凌駕していた。閨疲れすらグリムの容貌を彩る飾りにしかならないが、婀娜の名残りを引きずらせない意思が表情に露骨に出ている。
こんな顔して朝の支度を見送っていたのか。
賢人を謳い自らを導き手と定める男の手強さに村正の心が痺れた。

「古今東西、後朝の別れは辛いものと来ちゃいるが」
青い睫毛が鼻梁に影を落とし、趣きに拍車をかけていても、夜半に見せた艶かしさとは別の煌めきが村正の目を居抜く。
「あんたもそう思ってくれてるんだろ?」
「何のことだか知らねぇな」
この期に及んで顔を背けようと抗うグリムの口先を唇で味わいたい思いが湧く。
天の邪鬼な男の憎まれ口にしては、切っ先が甘すぎたせいだ。

「あんたの恋う目に射られて動けねぇ。責任とってくれ」
「貴様の目が腐っているのは勝手だが、朝っぱらからオレ相手につまらん冗談は止めとけ、無駄だ」
「なんでさ」
近づく顔を首を背けてかわすグリムの手を己の首に掛けさせる。
「おい」
「ほら、しっかと触って確かめな。あんたのもんって証拠はここだ」
諦めたように回された腕が羽織の下を撫で確かめる。傷の上を温かい指が這いずり、背骨に沿って辿る。昨晩の再演は変わらぬ温度を保ちながら、ひどく柔らかに確実に村正の体表を探った。
「全然わかんねぇ」
「心配なら直に確認してもいいんだぜ?」
「それこそ冗談だろ」
グリムは嫌そうに眉を潜める。背をなぞる手はそのままだ。
魔術を操り、敵を屠り、主と仲間を守る戦士の魂を隠さぬ男の、交合いよりも優しい手つきを、今は村正ひとりが独占していた。

「こんだけ触って痛くねぇってあんたの回復力が恐ろしいわ。それとも単に鈍感なだけかね」
腹へと抱きついたグリムが背と言わず脇や腹まで触れてくる。グリムからしたら締め上げたつもりかもしれないが、急な接近に村正の心がざわついた。臍辺りに息がかかり、思わず腹を凹ませる。
「オレにしてはだいぶかきむしってやったんだがな」
あの乱れ様で意図的だったと白を切る男の口を吸って塞いでやりたくなったとしても、今なら村正は悪くない。

「朝からかわいいことしてくれるな。もう一度抱きたくなっちまうだろ」
「お前さんどこでそのスイッチ入った?」
「身体が若いってのはいいもんだな。お望みとあらばいくらでも相手できるのが特にいい」
「爺さんの風上にも置けねぇ好色ぶりを晒すな!」
「誉め言葉と受け取っておくぜ」
目元で遊んでいた指がこめかみをを擽り、ほつれ落ちる髪を耳がらにかけて下りる。
ルーン石の耳飾りが下がった耳朶を擦り、その上の耳穴に爪先を差し込まれたキャスターは首を竦めた。ぞくぞくとした感覚が背筋を走り抜け、がくんと腰が跳ねる。まずいやばいと危険信号が点滅している。

「ここらで遊びは終いにしようや」
やっとの事で吐いた台詞が普段どおりに聞こえているようにキャスターは祈った。
「戯れも過ぎれば毒だぜ、朝っぱらからはなしだ」
「ほぉん、ま、あんたがそう言うんなら今日はこのくらいにしといてやるさ」
納得しないパターンをどうするべきか思案していたキャスターの意表を突き、村正はおとなしく体を離した。なかなか物騒なことを言い置いている気もするが、いいように受け取るのも嗜みというものだ。

文字通り一糸乱れぬ身繕いそのままに、村正は一声かけて部屋を出る。
「そんじゃ食堂で待ってるぜ」
「行けたらな」
「先に食ってたら悪い」
「別にいいんじゃねぇ?」
「隣の椅子くれぇは空けといてやるよ」
ご自由に」

後ろ姿に適当に返したキャスターは、村正が見えなくなるとベッドに倒れこんだ。
流石に本来のルーチンである狸寝入りも二度寝もする気にならなかった。
好き勝手に眺めるだけでよかった朝は、多分もう二度と来ない。

村正のあの様子では、食堂に寄らなかった暁には握り飯持参で部屋に突撃も辞さないだろう。知らぬ存ぜぬを貫いてくれる一部の良心達の善意を躊躇せずなぎ払うのが目に見える。

何が村正を本気にしたのか、キャスターは皆目見当がつかなかった。
あれでお互い肉体関係だけの気安い繋がりを楽しんでいたのではなかったか。少なくとも自分はそのつもりでいた。

他人は兎も角、愛だの恋だのをサーヴァント同士に介在させるつもりはクー・フーリンにはない。
人類の存在する未来と何よりこの世でひとりきりの道を進むマスターのため、サーヴァントという名の死人達は生きた人間のような振りをして、戦いに繰り出す道化なのだ。
第二の生と称して現界を楽しむ者達に理解は示せても、元は死後でさえ持ち得る力全てを注ぎ込んで死合うを望むような戦闘狂の猛犬が、依代ありきの幻霊と恋い恋われるなど、本来あってはならない現象である。
乳繰り合いの真似事を続けるのではなかった。

キャスターはそう思おうとする自分がすでに失敗しているのを自覚している。
散々体を寄せあい、互いに人には見せぬ深みへと侵入しあっておきながら、惚れた腫れたはないなどどの口がほざいているのか。

癪に触るが、村正の言うとおり、抱き合った後の朝の訪れをキャスターは確かに惜しんでいた。そのくせ、村正には決して知られたくなかった。ただの都合のいい相手同士でいたかったのだ。

はじめはどちらもそのつもりでいたのは間違いない。
なのに、村正は老獪な鍛治師の魂の赴くままか、はたまた依代の坊主の傍迷惑な一本気に馴染んだのか、ひょっとしたらその両方かも知れないが、本来のクー・フーリンではない霊基で現界する己と生さぬ仲を繋ぎたがり、キャスターもまたそのよすがに応じた。
キャスターも村正も、これに関しては共犯者以外の何者でもない。

だから、どちらか一方に責任を求めるには値しないのだ。揃って落ちて揃って溺れている同士である。
何度も自嘲し、浅はかな抗いを性懲りもなく続けてみたが全て無駄な抵抗でしかなかった。
先に村正が動いたことを除けば、当然の帰結である。
ただ、村正の遣り口は己と違い、逃げ道をひとつ残らず塞ぐので、自由気儘なクー・フーリンが耐えられるかだけ心配ではあるが。

キャスターは己の体に残された昨夜の痕を指腹でなぞった。ぼやけた痛みや腫れは触れると存在を主張してくる。全身に散らばった痕からは、絶えず村正の名残りが漂っている気がした。
霊基を編み直す。ついでに第一再臨のフードを目深に被った姿を取った。ローブの内を覗くような野暮天は朝の食堂にはいないだろうが、念には念を入れたくなるのが魔術師の性分って奴だ。

瞬時に消えた鬱血痕や歯形手形は、どうせ今晩にでもつけ直される。
上書きさせないくらいの計らいはありではないか。
口咬の重ねづけを喜ぶ変わり者の老爺とキャスターは違うのだから。
惜しむ間もなく奪い与える方が性分にあっている。

彼の予想が現実化する迄半日足らずなのを知る者はまだいない。