yuugetu
2025-03-09 06:11:17
15653文字
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ワイルドアームズ3本編終了後短編2本

WA3 23周年記念の短編2本。ジェットのための短編となります。

パイクの手帳


パイクは馬を町の外から厩舎へ戻しながら、手配書のビラを配る彼らを横目に見ていた。
 およそ荒野で生きるには不似合いな、独特のローブと帽子を揃って身に纏った彼らは、運命の箱船 ディスティニーアーク教団という。
 これまで度々この町に来訪していた教団員達の印象は、理由はよくわからないが無償の奉仕活動をする、礼儀を欠かない穏やかな集団というだけだった。しかし、今回の彼らは一様に暗い表情で物騒なビラを手に必死で情報を集めている。
 パイクが今手綱を握る馬……【渡り鳥】の友人から預かった「馬」が苛立ち、小さくいななく。友人は愛馬に名前を付けていないが、この子自身は主人によく懐いていたし、主人はよく世話と手入れをしていた様子で、預かった際にも身綺麗で不調もほとんど見られなかった。一緒に預かった他の三頭も同じ。何でも屋でならず者の多い【渡り鳥】には珍しいマメさである。
 よそ者にも比較的寛容なクレイボーンだが、今の教団員達は住民に不穏な印象を抱かせ、家畜……特に繊細な馬達に余計なストレスを与える厄介者になりかけている。
 パイク自身は害がなければどうでも良いと思っている……いや、思っていた。
 その手配書に見知った渡り鳥チームの姿を見るまでは。

 クレイボーンは牧畜が主産業ののどかな町だ。主に馬の売買と酪農で日々の糧を得ている。
 この砂の星ファルガイアでは馬は欠かせない移動手段であり、貴重な財産だった。比較的緑の残るクレイボーンで産出される質の良い馬は、どこへ行っても高額で取引される。
 パイクは故郷からの出稼ぎ労働者で、馬農場で商売するデシンセイを親方と仰ぎ、住み込みで日々馬と商売について学んでいた。
 デシンセイは、教団員をあまり良く思っていない。穏やかに見えて名うての商人であるデシンセイは宗教に興味が無く、無償の奉仕活動よりも契約に則った経済活動に重きを置いている。しかも彼らの行動が金払いの良い渡り鳥チームとの関係にヒビを入れかねないとなれば、商売の邪魔以外のなにものでもなかった。
 とはいえ、これまでは穏やかで献身的だった教団員達に好意的な住人も多い。これにはひとところに定住せず荒野を往く【渡り鳥】への信用ならなさも一役買ってしまっている。
 【渡り鳥】と一言で言うがその性質は十人十色だ。礼儀正しく真面目な仕事人もいれば、居住地で罪を犯し荒野に向かうしかなかった者や、他者を踏みにじってでも金を稼ごうとする外道もいる。
 【渡り鳥】の評価などこのファルガイアでは鳥の羽根ほどの重さしかない。今日は義賊と呼ばれた渡り鳥が、明日には重犯罪者と罵られていても何もおかしくない。つまりはただただ水物なのだ。
 パイク自身は友人を犯人と決めつける彼らへの苛立ちを溜め込んではいるが、教祖を殺された悔しさが全く想像できないわけでもなかった。
 このファルガイアには全土をカバーする保安機構はない。良くて町ごとに保安官がいるか、町の名主が治安維持を担うのが関の山。賞金を掛けられた者達が無実である可能性は捨てきれないが、本当に大切なモノを奪われたならこんな方法でしか捕まえられないのが実情だった。
 自分にとっての〈想い出〉と同じく、彼らにとっては譲れない大切なことなのだろう。……少々違うかもしれないが。
 目についた壁に例のビラが貼ってある。勝手なことをしないで欲しいと思いつつ、器用に剥がし破り捨てようとして……なかなか良く描かれた似顔絵をふと眺める。これもいつかは笑い話くらいにはなるかもしれないと、丁寧に折りたたんで懐にいそいそと仕舞い込むのだった。


 数日後、教団員がクレイボーンを去ってすぐのことだった。
 宵の口、刻一刻と暗くなっていく空を見上げ、慌てて町の外へと厩舎のゴミを捨てに出たパイクは、暗がりで何かが動くのに気がついた。
 根がのんびり屋のパイクもさすがに警戒感を抱き、身構えて目を凝らす。薄闇の中に鈍い銀色と赤い布地が揺れた。
 消え行く太陽光の残滓が、少々ガラの悪い少年の姿を浮かび上がらせる。
……よう」
「ジェット!」
 久々に姿を見せた友人に、パイクは嬉しさを隠さず駆け寄った。
 鈍い銀の短髪に赤と白のマフラー、柔軟で細身の体格。パイクより二つ三つ年下に見える少年が、相変わらずの仏頂面で現れた。
「大丈夫だった?怪我とかない?びっくりしたんだよ、教団の手配書!あれ、何の間違い?」
 声をひそめて捲し立てるパイクに面食らいつつも、彼は静かにしろと身振りで示しながら口を開いた。
……何だ、その反応は。犯罪者扱いされるかと思ったぜ」
 心外だと言いたげに眉根を寄せるパイクに、後頭部を掻きつつジェットは手短に説明した。
 ジェットのチームが運命の箱船 ディスティニーアーク教団の教主殺害現場に居合わせたために、教団から犯人と誤解され指名手配されていること。無実を立証するのは難しい状況であること。ほとぼりが冷めるまでは足の付きやすい鉄道を極力使いたくないため、馬を引き取りに来たこと。
 そして決まり悪げに続けた。
「あと、何というか……親しい相手に無事を知らせて来いってよ。うちのリーダーがうるさいんだよ」
 リーダー。ジェットのチームの若い女渡り鳥のことだろう。彼らが親方から馬を購入した時と、しばらく前に馬を預けて行った際にパイクも顔を合わせている。いつだったか遠目に見掛けた時はジェットが彼女の元気の良さに振り回されていて、少々意外に感じたものだった。今もリーダーの話をするジェットは年相応の表情で、それが微笑ましく、少しだけ可笑しかった。
 聞きたいことは山ほどあったが、長話は避けたほうが良い。
 デシンセイなら馬を引き渡す可能性が高いと考え、ある程度は二人で算段を整えておく。ジェットがチームリーダーから預かっていた親方宛ての手紙を託され、パイクは急いで厩舎へと戻った。

 パイクは厩舎を通って母屋へ入ると、デシンセイを呼び手短に事情を話した。
 商いのこととなると厳しい親方にどこまで友人達を信じてもらえるかはわからない。親方が何も言わずに手紙を読み始めた傍らで、できるだけ冷静に、不安を見せないように立っていた。
 デシンセイは手紙を読み終えると、謝礼の金額、馬の引き渡し時間、注意点を確認する。
「大切なお得意様だからな。いざとなったら誤魔化せるように、私は今回は手を出さない。お前ひとりで上手くやってみな」
 パイクを叱ることもなくそれだけ言った親方は、安堵する弟子を置いて部屋を出ていった。
 パイクはランプを灯して窓際に置く。どこかで見ているであろうジェット達への合図だ。
 予定の時間までに馬を引き渡す準備を済ませなければならない。パイクは急いで厩舎に向かった。

 夜の始め頃、パイクは小さな包みを片手に、馬具を装着した四頭をできるだけ静かに厩舎から連れ出した。馴染みの世話役の常とは違う様子に、馬達も落ち着き無く蹄を鳴らす。
「皆、ご主人達が迎えに来てるからね。静かに頼むよ」
 もし町の住人に知られたとしても、ジェット達が逃げ切れれば後の事はどうとでもなる。今は少しでも早く四頭を彼らの主人に再会させたかった。
 町の外には既に渡り鳥がランプを手に四人で待っていた。久々の再会に馬達は尾を上げ、軽やかな足取りで自分の主人に駆け寄っていく。
 観察していると、ジェットの愛馬も控えめに少年に頭をすり寄せている。普段は無愛想なジェットもまんざらでもなさそうで、愛馬の首を軽く叩いたり撫でたりしていた。
 愛馬と再会の挨拶を済ませたチームリーダーがパイクに歩み寄る。その手には麻袋。茶髪の女渡り鳥が白い手袋に乗せたそれを持ち上げると、中身のぶつかり合うじゃらりという音がした。
「こちらお約束の謝礼です。ご確認を」
 礼儀正しい彼女に合わせ、パイクも丁寧に受け取り中身をあらためる。
「はい、確かに」
「無理なお願いを聞いてくださってありがとうございました。親方にはくれぐれもよろしくお伝えください」
 確かヴァージニアという名だったはずだ。渡り鳥らしからぬ謙虚さと渡り鳥らしい胆力、そしてチームリーダーとしての落ち着きを感じさせる。
 パイクは頷いて、片手に持った包みを差し出した。中身は保存のきく特産のチーズとドライフルーツ、そして他の町ではなかなか手に入らない新鮮なミルク。
「もし良かったら、これもどうぞ。親方からです」
 謝礼金に相場よりもかなり色を付けてくれた上客にデシンセイが用意した餞別は、今後ともご贔屓にという意思表示だった。ついでに謝礼金に口止め料が含まれているのを承知している、という意味でもある。
 ヴァージニアは少しの間躊躇していたが、結局受け取ることにしたようだ。
「ありがとうございます、何から何まで。ただ、私達が今日ここに来たことはくれぐれも内密にお願いします。教団や賞金稼ぎに知れたら、皆さんにご迷惑がかかりますから」
 念押しして、包みを受け取る。
「それにしても……
 ヴァージニアはちらりとジェットに目をやる。
「ジェットはともかく、どうして私達を信じてくださったんですか?」
 パイクは一瞬返答に困った。ジェットがこちらの話を黙って聞いている。
「うちの親方が優良顧客を逃すはずないじゃないですか」
 へらり、と笑って答える。
 その答えにあまり納得していない様子のヴァージニアとジェットに、パイクは少し俯いて続けた。
「実を言うと、僕も親方がどこまで皆さんを信用しているかはわかりません。ただ僕は、馬を大事にしてくれる人達なら信じても良いと思ったんです」
 ヴァージニアとジェットの背後に、他の二名——ロングコートにライフルを担いだ眼鏡の男と、バスカーの民だという褐色の肌に派手な装いの偉丈夫が近づいてきた。クライヴとギャロウズという名の二人。ここに居る四人の【渡り鳥】には常人にはない独特の雰囲気はあるものの、理由も無く殺人を犯すような人物達には見えなかった。
「それにね」
 身一つで荒野を往くのは並大抵のことではない。まともに生計を立てられる渡り鳥は多くなく、礼儀を忘れない渡り鳥は珍しく、人も生き物も思いやる余裕を持つ者はさらに少ない。……というのがデシンセイの言葉だ。そんな【渡り鳥】が今まさに目の前にいる。
 しかしそれよりも明確なことは。
「皆さんといる時のジェットは、いつも楽しそうだから」
 またもへらりと答えたパイクの言葉で、チームの最年少に全員の視線が集中した。あまりに意外な言葉だったのか、ジェット本人は目を見開いて硬直している。
 ギャロウズが気を良くしたらしく、
「ほ~、そりゃ嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!」
とジェットの背中を大きな手でばしっと叩いた。その力の強さに咳き込むジェットを、ヴァージニアとクライヴも笑顔で見ている。
「一緒にいるの楽しいんだ、ちょっと嬉しい」
「良いご友人ですね、ジェット」
「お前なあ……!」
 パイクに恨めしげな視線を寄越すジェットには、最初の頃の荒んだ印象はもうない。
「また君の〈想い出〉を聞かせに来てよ。君と話すのは、僕にとっても大事な〈想い出〉になるんだから」
……つくづくブレねえな、お前は」
 呆れたような表情で、脱力気味にジェットがぼやいた。


 月明かりの中を、四人の渡り鳥が馬に揺られて去って行く。久しぶりに主人を乗せて常歩 なみあしで荒野を往く馬達は、パイクの目にはどことなく楽しげに映った。
 母屋に戻りデシンセイに一連の出来事を改めて報告すると、彼は小さな仕事を頼んだ時のように「ご苦労さん」とだけ言った。
「親方はどうしてあの人達を信じる気になったんですか?」
 そう食い下がったのはパイクのほうだった。
「前に話しただろう?金回りが良くて信用できる渡り鳥は少ない。むしろ、期待を裏切らないようにこっちが気を付けるべきだ」
 理由は通っている。だが。
「それだけ……じゃないように感じました」
そう言ったパイクをデシンセイは見つめる。馬の扱いや商売を教える時の表情だった。
「あの手紙には事情説明と依頼内容だけじゃなく、お前が心配だとも書かれてたんだ。依頼を受けるかはこちらに委ねるが、お前はチームメンバーの友達だから、トラブルに巻き込まれないように気をつけてやってくれと。そんなことを言える渡り鳥は一握りの上澄みさ」
 パイクは驚いて師匠を見つめた。
「それに、お前も今のうちに人を見る目を養っておくと良いと思ってな。良い経験だっただろう?」
 冤罪で賞金を掛けられ逃避行の最中にも関わらず、ジェットを囲んで笑い合っていた彼らを思い出す。
 あの手紙はヴァージニアからだとジェットは話した。自分とさして年の変わらない女の子がリーダーを務めるからには、相応の器量を持っているのだろう。
「だが、荒野は簡単に人を変えてしまう。再会した時には改めて相手を見定めるんだぞ」
 釘を刺す師の言葉にパイクは少しだけ疑問を抱いた。彼らに限ってそんなことはないのではないかと。
 しかし、デシンセイの言うことは全て商人としての知恵と知識、長年の経験に裏打ちされている。親方なりに何かしら理由はあるのだろう。
 そして、今の自分はその答えを導き出す段階にない。今夜浮かんだ疑問は、しばらくは胸の内に仕舞っておくしかない。
 【渡り鳥】相手の商売の難しさを、わずかながら体験した夜となった。


 パイクはベッドに潜り込みながら、手元に数冊の手帳を引き寄せ、今日の出来事を書き留めた。先日のビラも糊で張り付けてある。
 それらはジェットに聞いた旅の話を纏めたものだった。
ジェットがクレイボーンに立ち寄る度にうんざりした様子で話してくれる物語は、既に手帳数冊にわたって続いていた。

 〈想い出〉は、体験と感情が強く結び付いたものだとパイクは考えていた。パイク自身、子供の頃のおもちゃを自身のよすがとして大切にしている。
 緑の少ないこの星では紙は貴重で、質の良い手帳ともなればなかなか高価な品である。それでも、友人の大事な〈想い出〉は、長く残る丈夫な手帳に書き残しておきたかった。
故郷の遺跡で初めて出会った時、パイクはジェットに理由のわからない危うさを感じた。荒んだ雰囲気にも関わらず初対面の自分を守る律儀さを知って、どうしてか、見ず知らずの少年が少し心配になってしまった。
 〈想い出〉というものがわからないという彼に何かしてやれることはないか。そう思い、クレイボーンで再会したジェットに彼の旅を記録に残すことを提案したのだ。それがパイクにとっての古いおもちゃのように、ジェットの心のよすがになると信じて。
 持ち前の頑固さで強引に始めたことだが、思えばジェットにとっては無意味だったかも知れない。既に今の仲間に出会っていた彼には、パイクの助けは不要になっていたのだから。
 それなのに、クレイボーンを訪れる度にパイク律儀に付き合って旅の話を聞かせてくれる。
 会う度にジェットの纏う荒んだ空気が薄れていくのが、パイクは嬉しかった。ジェットの旅が〈想い出〉になっていく様を目の当たりにするのは、パイクにとっても貴重な経験だった。
 地に足の着いた生き方が性に合う自分は、子供の頃、荒野に憧れる人々の気持ちが全くわからなかった。しかしジェットと出会い、その仲間達を知って、今なら荒野に旅立つ【渡り鳥】の気持ちも少しは理解できるように思う。

 荒野は良くも悪くも人を変える。
 【渡り鳥】達は変化を求めているのだ。それが自分自身の歴史に——〈想い出〉になると本能的に察知して。

 それでもパイクにとっては、ここで馬を育てながら友人を待つのが一番の楽しみであることに間違いはなかった。
 いつかジェットが自身の〈想い出〉を辿りたいと思った時に、この手帳と自分の存在が少しでも役に立てば良い。
 荒野に在らずとも、〈想い出〉を残すことはできるのだ。それが自分のものであれ、他人のものであれ。
 そう思ったのを最後に、パイクは深い眠りに落ちた。
                              


父というもの



「ヴァージニア?」
 夜営の準備を進めるジェットの耳に、ギャロウズの怪訝そうな声が届いた。
 見るとヴァージニアがぼんやりと焚き火に見入っている。いつも元気な彼女には珍しい姿に、ジェット、ギャロウズ、クライヴの三人は顔を見合わせた。
 既に日は落ち、ファルガイアの空には星が瞬き始めている。
 荒野の夜は冷え込みが厳しく、魔獣や野生動物に襲われないとも限らない。そのため、野宿の際には焚き火を絶やさないようにしながら交替で眠る。夜闇に包まれる前に設営を済ませ、日の出と共に出発するのが常だった。
 もう夕食は済んでいるが、その時からヴァージニアの様子が普段とは違うことに三人とも気がついていた。
 見ればひとり考え事をしており、話しかければ集中力を欠き、喋ればどことなく無理をしている印象がある。単純に疲れているだけではないように思われた。
「ヴァージニア、大丈夫ですか?」
 クライヴにも声を掛けられて、ヴァージニアはやっと顔を上げた。
「大丈夫だよ。体調が悪いとかじゃないから」
「疲れてんのか?お前さん、今夜は見張り番じゃないんだし、早く休んでも良いんだぜ」
 ギャロウズの言葉にヴァージニアは少し思案していたが、
「そうね。お言葉に甘えさせてもらおうかな」
そう言って眠る準備を始める。
 ジェットは無言で、寝床を作る手を早めた。


 焚き火に薪を足す。熾火が爆ぜる。
 退屈だが、退屈に越したことはない。
 ジェットは寝息を立てる三人と、四頭の馬の気配を感じながら荒野の夜空を見上げる。
 今夜一人目の見張り番はジェットだ。
 教主が亡くなった運命の箱船 ディスティニーアークを逃亡してから、一行の道程は慌ただしい。
 足取りを消しやすいティティーツイスターで一旦態勢を立て直し、まずはハンフリースピークへ。そこでクライヴの家族に無事を知らせた後、賞金稼ぎを返り討ちにしつつ移動。昨日クレイボーンで預けていた馬を引き取ってきたところだ。

 荒野での野宿には皆慣れているが、全く疲弊しないわけではない。恵まれた育ちのわりにヴァージニアが普段あまり疲れを見せないのは、持って生まれたバイタリティのおかげだろうか。
 それでも、今夜の様子は少し心配だった。
 賞金稼ぎが多数追ってくるのは最初のうちだけだろうというのが【渡り鳥】となって長いクライヴの見方だ。
 野営ばかりの旅を長く続けることは難しい。早いうちにどこかの町に落ち着けると良いのだが。

 ジェット自身、慌ただしい旅はあまり好きではない。
 思えばウェルナーと二人で旅をしていた頃が一番静かだったかも知れない。
 一人で荒野を渡るようになってからは、ジェットは常に神経を尖らせていたし、ヴァージニア達とチームを組んでからは何かと騒々しかった。それに、四人の旅の目的が交わるにつれ目の前に問題が山積し、退屈など感じる暇もなかった。今は賞金首として他の【渡り鳥】と教団に追われ、なおのこと落ち着かないが、そうでなかったとしても四人の旅は退屈とは無縁だっただろう。
 今のジェットは自身の旅の目的が決まったことで毎日が充実している。慌ただしさにもずいぶん慣れた。チームの中の誰よりも危険と緊張に慣れているという自覚もある。
 しかし、ジェットには今でもひとつだけ心残りがあった。

 小さな寝息を立てるヴァージニアを見やる。
 ジェットの育ての父であるウェルナーの、実の娘。外見はあまり似ていないが、お節介な所はそっくりな父娘だった。
幼い頃のヴァージニアとウェルナーはどんな風に過ごしたのだろう?少なくとも、荒野で生きる術をジェットに教えた時のような張りつめた雰囲気ではなかったのだろうが。
そんなことを取り留めなく考えていた時。
 ふいにヴァージニアが身じろぎし、穏やかだった呼吸が乱れた。
悪い夢でも見ているのだろうか。
 すぐに収まるならわざわざ起こすことはない。ジェットはそう思ったが、彼女の呼吸は次第に不規則になっていく。それが小さな呻き声に変わると、さすがに放っておけなくなった。
 傍にしゃがみこみ、名前を小さく呼びながら遠慮がちに揺さぶる。だがヴァージニアはなかなか目を覚まさない。
 ふいに、脳裏に夢魔の姿が過った。ファルガイアを手中に収めようとした魔族ベアトリーチェの、人を見下す視線と底知れない嘲笑の声が。
 そんなことはあり得ないと知りながらも、ヴァージニアがうなされ始めると肩にかけた手にさらに力が入った。
……っ、うあっ」
「おい、起きろヴァージニア」
 ヴァージニアは冷や汗をかいてさえいたが、なかなか目を覚まさない。悪いと思いながらも毛布を剥ぎ取り、あえて冷たい空気にさらす。
まっ、て……おとう、さん!」
……!っ、ヴァージニア!!」
 その悲痛な声に、ジェットは一瞬冷静さを失った。クライヴとギャロウズが近くで眠っているのも忘れて叫ぶ。
 その声に、ヴァージニアはやっと目を覚ました。
ジェット?」
 うっすら開いた瞳がゆっくりと目の前のジェットに焦点を合わせた。目尻に涙を浮かべた彼女と目が合う。
……うなされてたぞ」
 気だるげに上体を起こすヴァージニアの肩に毛布をかけ直してやると、控えめな「ありがとう」という声が聞こえた。先ほどのうわごとで、夢の内容は聞かずとも想像がついてしまった。彼女の様子がおかしかった本当の理由も。
 こんな時に何と言ってやれば良いのか、人生経験の少ないジェットにはわからなかった。
 ヴァージニアが父ウェルナーと二度目の別離を経験してから、それほど時間は経っていない。四人を取り巻く状況が目まぐるしく変わる中、悲しみを噛み締める余裕も無かったのだろう。
 ジェットは必死に考えを巡らせ——静かに立ち上がり、小鍋とマグカップ、クレイボーンで貰ったミルクの瓶を荷物から取り出すと、焚き火の前に座り込んだ。
 ジェットが無言でミルクを温める間、ヴァージニアは毛布にくるまり、ぼんやりと炎を眺めていた。普段三つ編みにしている茶色の長い髪は、今はほどいて背中に流している。それだけのことで、見知った少女が幼く無防備に見えた。
 温かいミルクを注いだマグカップを無言で手渡す。ヴァージニアは「いただきます」とだけ言うと、ジェットに少し笑いかけた。
「それ飲んだら休め。まだ夜中だ」
 少しは落ち着いたらしいヴァージニアを見て、内心胸を撫で下ろす。ジェット自身、眠れない夜にはウェルナーに温かい飲み物を淹れてもらったことを思い出しながら。
ねえ、ジェット。気を悪くしないでね」
「なんだ」
 彼女には珍しい歯切れの悪さに、ジェットはなぜか落ち着かなくなる。
 一呼吸置いて、ヴァージニアは意を決したように言った。
……あの時お父さんとお別れしなくて、良かった?」
 何と答えて良いかわからず、ジェットは思わず顔をしかめた。
 ジェットにとっての唯一の心残り。
 それがウェルナーに感謝を伝えられなかったことだったからだ。
「お前の親父さんだろ。二人で話せて良かったじゃないか」
 意図せずぶっきらぼうな言葉が飛び出す。
 ヴァージニアが俯いて、手の中のマグカップを見つめる。
……ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ。——礼のひとつも伝えるべきだったとは、今でも思ってるけどな」
 ジェットはこういったデリケートな会話が苦手だった。普段のヴァージニアならジェットに合わせてくれるし、四人でいる時には誰かが自然とフォローしてくれる。助かると思うことも少なくない。
「お父さんと旅をしてたとき、どんなことを話していたの?」
 なんとも答えにくい質問だ。しかし、今の彼女を冷たくあしらう気にはとてもなれなかった。
「口数の少ない人だったからな。個人的なことはあまり。一度、誰かにARMの使い方を教えたことがあるんじゃないかと、訊いてみたことがある。答えちゃくれなかったけどな」
……そっか」
 ヴァージニアはそれ以上何も言わなかった。
 ミルクを飲みきると、ジェットにもう一度礼を言って寝床に戻る。表情は晴れないままに。
「ヴァージニア」
 眠ろうとする彼女を、思わず呼び止める。怪訝そうな表情のヴァージニアに向かって、言うか言うまいか迷いながら決まり悪く口を開いた。
 四人の旅は賑やかで慌ただしく、二人きりで話す機会は多くない。今を逃せば、いつ切り出せるかわからなかった。
「お前の親父さんがいなければ、俺は荒野で野垂れ死んでただろう」
 それどころか、このファルガイアに両の足で立つことすら無かったはずだ。
 ジェットの出生は極めて特殊だった。砂漠化の進むファルガイア再生のために、研究者達に実験体として作り出された生命。その研究が頓挫したとき、ジェットが人として生きられるよう尽力したのが、ヴァージニアの父ウェルナーだ。
 何者であろうと、この星に生きるひとつの命。
 ウェルナーが言ったその言葉の意味と願いが、今ならわかる。
「それに、お前達に出会わなければ……俺は」
 口ごもるジェットの言葉を、ヴァージニアは辛抱強く待っていた。
 ジェットは観念した。いつも身に着けているマフラーに口元をうずめるようにしながら、
——俺は、ジェイナスのようになっていたかも知れない」
 絞り出すように、その名を口にした。

 かつて、ヴァージニアの理想と意志を踏みにじることに執念を燃やした男。
 本当は彼女の耳にその名を二度と入れたくはなかった。

 ウェルナーと別れて一人きりで荒野を渡るようになってから、ジェットの心は少しずつ痩せ細っていった。荒野の大岩が砂嵐に削り取られ、わずかずつ形を変えるように。
 そのことにすら、ヴァージニア達と打ち解けてやっと気がついたほどだ。
 懺悔ではない。今だって、生き延びるためなら多少悪どい真似をしても胸が痛むことはない。
 しかしなし崩しに組んだチームは、間違いなくジェットを変えたのだ。
 孤独を孤独と感じなくなっていたあの頃のジェットの価値観は、むしろジェイナスに近かった。
 あのまま孤独であったなら。
 〈想い出〉の意味を知らぬままだったら。
 〈想い出〉を持つ人達に妬みを抱いてしまったら。
 あの男のようにならないとは限らなかった。

「ジェット、そんなこと——
「なかったと言いきれるか?あの頃の俺がどんなだったか、お前だって知ってるだろう」
 ヴァージニアが否定しようとすると意図せず語気が荒くなった。
 気圧されたヴァージニアの表情が曇ったのを見て、ジェットは焦って言い直す。
「だから、俺が言いたいのは」
 遠すぎる理想を追うヴァージニアと、目の前の現実しか見えないジェット。
 出会った頃の二人は、水と油も良いところだった。
 荒野を渡るにはあまりにも現実が見えていなかったヴァージニアだが、クライヴやギャロウズとジェットが関わり続けられたのはひとえに彼女のおかげだ。そしてヴァージニアがリーダーを続けられたのは、チームの全員が彼女を助け、支えたからだ。
 仲間と様々なものを与え合える環境にジェットを巻き込んだのは、他ならぬヴァージニアなのだ。

「感謝してるってことだ。お前の親父さんにも——お前にも」
 きょとんとしたヴァージニアの表情がぱっと明るく輝いた。
 急に気恥ずかしくなったジェットは、重ねて何か言いかけた彼女から顔を逸らす。
「もう寝ろ!」
 頼むから寝てくれと、首を引っ込めてマフラーに表情を隠す。
 しかしヴァージニアは毛布を羽織ったまま再び寝床を抜け出し、隣で焚き火に当たり始めた。
「寝る気がないなら、見張りを交替しろ。俺が寝る」
「寝るわよ。でもその前に、私も話しておきたいことがあるの」
 改まった口調で、ヴァージニアが居ずまいを正す。こういう時、彼女の所作には育ちの良さが滲み出る。
「あの時、聞いてみたの。どうしてお父さんは私にARMの扱いを教えたの?って」
 あの時。——ミーミルズウェルでヴァージニアとウェルナーが二人になった時だと、ジェットは察した。
 戻って来たのは、ヴァージニア一人だけ。
その空間でどんな言葉が交わされ、どんな別れがあったのか。知っているのはヴァージニア本人だけだった。
「私に、人を傷つける力を持つ意味を考えてほしかったって。——そうして、自分の決めた正しさを貫ける強さを持ってほしかったって」
 その言葉で腑に落ちた気がした。
 ジェットがこれまでに見てきたヴァージニアの気質。お嬢様育ちでお人好しでありながら、芯は強く、時には豪胆ですらある。
ヴァージニアの瞳はどこまでもまっすぐにジェットを捉えている。辛い記憶を語るのに、微塵も悲しみを見せない強さが彼女にはある。
「ジェットにもお父さんは同じことを教えたと思うの。だからあなたがジェイナスのようになるなんて、きっとなかったよ」
 そう言ったヴァージニアは、いつもの朗らかな笑顔を見せた。

 一瞬驚いたジェットが、少し目を細める。安心したのだろう。
 ジェットは感情表現が苦手に見えて、実際には表情豊かだ。一緒に旅をするようになってから、ジェットの気持ちを読み取れるようになるまでにそれほど時間はかからなかった。ひどく現実主義のこの少年は行動原理もシンプルだ。
 そして、その考え方と行動にヴァージニアは何度も助けられてきた。
 危険な状況で命を救われてきただけではない。ジェットが荒野で身に付けたシビアな考え方には、反発したくなることもあったが、学ぶことも多かったと今では思う。
 運命の箱船 ディスティニーアーク教団と事を構えると決めた時に彼が言ってくれた、付き合うよという言葉が心底嬉しかった。リーダーとして信頼してくれているだけではない。チームの中で唯一帰る家を持たないジェットが、不穏な道行きになるのをわかっていながら、ヴァージニアと同じ道を往くと言ってくれたのだから。
 そしてまっさらだったジェットを育てたのも、二人を繋いだのも、今は亡き父ウェルナーだ。
「私もお父さんとジェットにたくさん助けてもらったよ。だから私も二人にはすごく感謝しているの」
 命を終えたにも関わらず、ウェルナーは——父の〈想い出〉 たましいは、十年もの間二人を助け導いてくれた。肉体は無くとも、彼は正真正銘ウェルナーだった。
「ありがとう、ジェット」
 ヴァージニアが話すうちに、ジェットは腕組みしてすっかり目をそらしている。
……わかったから、もう寝ろ」
「はあい」
 頬が赤く見えるのは、焚き火に照らされているせいということにしておこう。
 寝床に戻り毛布を被ると、焚き火に薪を放り込むジェットの背中が見えた。急にいたずら心が頭をもたげてくる。
……お姉ちゃんって呼んでくれても良いよ?」
「なんでそうなるんだ……
 心底うんざりした表情で、鈍い銀色の頭が振り返る。
「絶ッ対に呼ばねえ。シェーンやアルフレッドみたいな態度を取れとでも言うのか」
 ジェットがこちらを睨み付けて言った。ギャロウズの弟と顔見知りの女渡り鳥の弟の名が飛び出してくるのは予想していなかった。奔放な兄や姉に振り回されながらも尊敬している彼らは、よほどジェットの印象に残っているのだろう。
「きょうだいって所は否定しないんだ?」
「いい加減に寝ろッ」
 耐えかねて小さく叫ぶジェット。表情がくるくる変わるのが面白い。
 もう少しだけジェットをからかうのもいいかも知れない。そう思った時。
……夜中にうるせえ」
 横から聞き馴染んだ声がした。驚いて目をやると、ギャロウズが長い髪を眠たげにかき上げながら毛布から身を起こすのが目に入った。その傍ではクライヴまで目を覚ましてしまっている。
「元気なのは良いですが、見張りもちゃんとしてくれていますよね?」
 まだ覚醒しきらない様子であるにもかかわらず、クライヴの声がわずかに尖っていた。さすがにヴァージニアも申し訳なくなる。
「ごめんなさい。私が眠れなくて、ジェットをつきあわせちゃったの」
 焚火の方を見ると、ジェットが慌てて弱まった炎に薪を足していた。
「ジェット?見張りは貴方の仕事でしょう」
 クライヴの咎めるような言葉にジェットが一瞬硬直する。度々感じるのだが、どうもジェットはクライヴを怒らせたくないらしい。
「ああもう、悪かったよ!」
 反射的に謝るジェットとヴァージニアを順に見つめ、クライヴが小さくため息をついた。
「ヴァージニア……夕食の時から顔色が優れませんでしたね。体調が悪いのではないですか?」
「ううん。嫌な夢を見ただけ。ジェットと話したらすっきりしちゃった」
 心配そうにこちらに目線を合わせるクライヴに、いつも通りに笑いかける。
 本当にもうなんともなかった。亡くなった人のことを懐かしく語り合うことが、こんなにも気持ちを軽くしてくれるとは。
 クライヴはそれ以上詳しくは聞かず、「くれぐれも無理だけはしないでください」と言い含めるとジェットの方に歩いて行く。二人で並んで何やら話しているのが見えたが、内容まではわからなかった。
 ギャロウズも気を遣って毛布を一枚余分にヴァージニアの寝床に敷いてくれた。おかげでそこかしこに散らばった小石に悩まされずに休めそうだ。
「リーダーに倒れられちゃ困るぜ。まだしばらくは一ヶ所に落ち着けそうにねえしな」
「ありがとう。気を付けるね」
 羽織った毛布の上から大きな掌で肩をぽんぽんと叩いてくれる。派手な服装といかつい体格からは想像しにくいが、歳の離れた弟がいるだけあってギャロウズは面倒見が良い。
「まったく……。僕は時々、手の掛かる弟や妹や子供と一緒に旅をしてる気分になりますよ」
 汚れた小鍋とマグカップを手にしたクライヴが、体格の良いギャロウズと焚き火の横をすり抜けながらぼやいた。ヴァージニアとジェットの会話を聞いていたのだろうか。
 クライヴの手にあるものに気がついて、明日自分で洗うから、と言おうとしたが「まったくだぜ」というギャロウズの声に遮られてしまった。
「貴方が一番手が掛かるんですよ」
「はあ?一回チーム抜けたオトーサンに言われたくねえ」
「もうっ!あの時のことは言いっこなしだよ」
 ギャロウズに痛い所を突かれて言葉に詰まるクライヴに、ヴァージニアは笑って助け船を出した。チームの最年長は「いやぁ、面目ない」と苦笑している。
「皆ありがとう。明日に備えてもう寝なくちゃね」
 それぞれに声を掛け合いながら、ジェット以外は寝床へ戻っていく。
 焚き火の音が心地よく耳に届き、急激に眠気が襲ってきた。火の世話をするジェットの背中を見ながら、ヴァージニアはゆっくりと目を閉じる。
 その夜、もう夢は見なかった。


 焚き火に薪を足す。熾火が爆ぜる。
 ジェットは全員が寝静まった頃にヴァージニアにちらりと目を向けた。
 焚き火に背を向けて横たわった肩が規則正しく上下している。今度こそぐっすり眠っているようだ。
 周囲が静かになり、薪が燃える音だけが響く退屈な時間が戻ってくると、先刻のクライヴとの会話が自然と思い出された。

「ヴァージニアは大丈夫そうですか?」
「あの様子なら心配ねえよ」
 クライヴに目もくれず焚き火に薪をくべるジェットに、クライヴが小声で尋ねる。
……ヴァージニアが調子を崩したのは、もしかしてお父上のことですか?」
……盗み聞きでもしてたのかよ」
 ジェットがクライヴに向き直る。その声はわずかに怒気をはらんでいた。
「まさか。目が覚めたら姉とか弟とか聞こえたので、なんとなくそう思っただけですよ」
 肩をすくめて困ったように笑うクライヴを見て、ジェットは肩の力を抜いた。
……少し想い出話をしただけだ」
「そうでしたか」
 ジェットは会話を切り上げたつもりだったが、クライヴはまだ何か言いたいことがあるらしく、静かにこちらを見つめている。
 なぜか神妙な面持ちのクライヴが気になって仕方ない。
——僕がウェルナーさんの立場なら、貴方がヴァージニアの傍にいてくれて良かったと思うでしょうね」
 なんなんだ、やぶからぼうに。ジェットはそう言おうとしたが、クライヴの目を見た瞬間、既視感に口を閉ざした。
 穏やかだがどこか寂しそうな瞳。ウェルナーを前にした時のようだった。
「僕にも妻と娘がいるでしょう?【渡り鳥】はいつ命を落としてもおかしくない稼業ですから。最悪の事態をついつい考えてしまうものなんですよ」
 それが我が子を心配する父親の顔であることに気がついて、ジェットは何も言えずに俯いた。
「ありがとう、ジェット」
 クライヴの手がジェットの背中を軽くなでる。分厚い革のジャケットの上からでも、不思議と優しく頼もしく感じられた。
……あんたが礼を言うことじゃないだろ」
「そうでもないと思いますよ。大切な仲間のことですから」
 クライヴの声音はどこまでも穏やかだ。
 心の中を見透かされたばつの悪さと、理解者が傍にいてくれる安心感が胸中に渦を巻く。
「貴方も。困った時には僕達を頼ってください」
……子供じゃねえんだから」
 温かい言葉に対する感謝よりも先に、意固地な言葉が飛び出す。なんという憎まれ口だろうか。
 しかしクライヴは気にも留めず、
「上手に他人を頼れてこそ、本当の大人なんですよ」
飄々とした態度でその場を去っていく。いつの間に拾ったのか、ジェットとヴァージニアが使った小鍋とマグカップを手に持って。

 やはりあの男には敵わない。
 クライヴだけではない。ヴァージニアにもギャロウズにも、ジェットでは敵わない何かがある。そして彼らよりジェットの方が優れているものも、確かにある。
 彼らから得るものと、彼らに与えるもの。それらはいずれジェットの〈想い出〉に深く刻まれるだろう。
 だからこそ、このチームの縁は長く続いていく。
 ジェットは焚き火を見つめながら、そんな予感を抱いた。