2話 【ほしくずきゅらそー】

2人目の少女は呼吸に触れた

透かす雨戸は夢夢に忘れる事なかれ

あの星月夜が歌う唄はいつかの

レミ=ド=ロマネスクのあやしご



「あらカスミさん、昨夜熱が出たって聞いていたのだけれど学校に来て大丈夫なの?」

驚きを孕んだ女性の声が教室内の弛んだ空気を引き締める。

朝の会が始まるまで残り5分とないささやかな時間にも教科書を机の中にしまう子供や時間一杯まで話し込もうと息巻いていた生徒らが彼女の声を聞いて各々の席に着く午前の始まり。大きな曇り空を引っ提げているからか、窓の外は少し暗くて、教室の天井からは日光に負けない人工電灯が途切れ途切れに輪郭を際立たせる。

視線を移すと発された驚きの声に違わずに、心配した表情の女性がカスミを見つめていた。着慣れたカジュアルスーツの下には縞々模様のワイシャツがチラリと覗いていて、一つ結びにまとめられた髪の毛が首筋で折れた布地をなでてはくすぐったそうに皺を寄せている。

「はい、もうすっかり元気です!ご心配おかけしました」

「そう、体調が戻ったなら良かったわ」
 
何十、何百日と顔を合わせている担任教師の唇は一瞬緩やかな弧を描いて笑みを作る。言葉に違わぬ元気満タンなカスミの様子を確認し、教壇に立つと小脇に抱えていたファイルを開くと「出席をとります」と声をあげて1人1人の名前を読み上げ始めた。

今日の欠席者はヤヨヅカさん1人ね、クラスに一つだけぽかんと空いた空洞を見て呟きながら名簿の欄に欠席を記録するばってん印を書き記した。

殆どの生徒が出席をしらせるチェックマークを横一列に並べ、それを休止符のように区切るばつ印がつく中で、《ホウマツ ヤヨズカ》と印刷された列だけが1日目から今日に至るまで二つの重なり合った直線で不在を告げていた。続けざまに連絡事項をとプリントを手に取り、呼び出された生徒は席を立ち担任の前まで向かう。カスミの順番が回ってくるのはいつだって終盤だ。ヤ行の名字の次にマ行が付くものだから同じヤ行のヤエ君にだって先を越されてしまう。
 
「そういえば……カスミさんはヤヨヅカさんと連絡を取り合っているのよね、元気そうだった?」

……………………」 

「実は……最近はホゥマツさんと予定が合わなくて話せていないんです、でもきっと大丈夫ですよ!」
 
 
飄々とした態度を崩さない一言。それだけですか?と有無を言わずに問いかけられて、もう大丈夫と返さざるおえなかった。残りのプリントと配りおえて、終わりの号令をかけた瞬間にはしゃぎ出す子供達を眺める。

「あの子……以前は私の前でも『ヤヨヅカちゃん』って呼んでいた気がするのだけど…………

伊達に毎日顔を合わせているわけでは無いのだと、少女の言い淀む姿を見てぼそっと呟きを宙に浮かべた。今日の彼女は、何か……突っかかりを覚える場面が多い。喋る際の雰囲気も…………親御さんから体調不良で休みの連絡を受け取ってから一時間も経たないうちに教室で再開した件に関しても驚きを隠せなかったが、まぁ、彼女も彼女で幼いながらに色々と抱えているのだろう。

ヤヨズカさんと、何かあっていつもの調子が出せないのかもしれない。実際に2人の間に何があったかは分からずとも、疎遠になったり少しのもつれで距離が空いてしまうこともあるか……とカスミの態度に感じた違和感を仲違いだと結論づけて。

相談されるまでは下手に介入することも出来ないし、たとえ子供たちが喧嘩をしていても一日経てばたちまち元通りに復縁しているのが当たり前だからあまり注意しておく必要はないわね、と脳内で話をまとめつつ、四年生のクラスの扉を開けた次の教科を受け持つ先生に業務連絡を伝えて入れ替わるようにして担任教師は廊下へ足を進めた。

 •
 
天にうっすらと紺色のヴェールが瞬き始めてそれを区切りに警備の魔法少女達も集合場所である像の跡地へ集まりつつあった。

「マミちゃんは遅刻してくるってさ〜」「また!?前も1時間遅れてきたじゃない」「みてみて、こっそりお菓子持ってきちゃった、後で食べよぉ」
 
姦しい魔法少女の群を通り過ぎて一直線に向かった先で1人佇んでいた少女は、私が名前を呼ぶとキョロキョロ視線を左右に動かして、見つけた暁には長い裾を振って駆け寄る私を真正面から受け入れた。
 
「今晩は!同じ日に警備入るのは久し振りね」

「ハディちゃん、確かに久しぶりですねユララも嬉しいです。」
 
2人で始めた朝のラジオ体操をきっかけに進展したハディラとユララの間柄は恋人、と形容するに相応しい。例え天の魔法少女と地の魔法少女で役目が異なっても少しでも隣に居る時間が増える事はお互い嬉しく、警備前にも関わらず気が緩んでしまいそうだ。

「一緒に巡回に行きましょう、もし先約が無ければだけど

!はい、ユララも到着したばかりでどうしようか決めあぐねていたので、ハディちゃんと一緒だったら百人力ですね」
 

「お?お?ユララはっけ〜〜んwユーカちゃんがぁ〜〜〜きたぞ〜!!」頭の上から声がしたかと思いきや仲睦まじく話し合っていた2人の中間に割り込む形で逆さまに振ってきたというよりも落ちてきたと言った方が正しいだろうか。彼女はいつだって唐突に訪れる。

「んぇ、おとり込み中?このユーカちゃんをさしおいて?」

「びっくりしました……

勢いよく降り注いだ来訪者にユララの表情筋は揺らがず、かわりに心境を表すようにして燃える炎は威嚇したネコを想像させるくらいに逆立って心拍を急加速させた。

ユウカの後頭部から顔を覗かしたハディラも「心臓が止まるかと思ったわ」と落ち着いた様子は変わらず、されど予想外の出来事に目を丸くしていた。
 
「今晩は、ユウカさん、よね?同じ学年の」

「ユウカさんも良かったら、今日の警備一緒にいかない?お家に貴方を守っているお兄さんがいるって聞いて、お姫様みたいで素敵だなと思っていたの」
 
物怖じせずに、調子を立て直したハディラは素直に好奇心に満ちた眼差しを向けた。

「えwおひめ様とか、まぁそのとーりなんですけどwwユーカちゃんはさいきょーだから人とつるむきないんで〜w」

ユララを振り回そうとして意気揚々とやってきたつもりのユウカだったが思わぬ褒め言葉に気分を良くしてか陽気な鼻歌を歌いながら飛び去ってしまった

「なんだか嵐みたいな子ね」

「変身する前は静かな方なのですけど

嵐の襲来に遭っている間に周囲を見渡せば各自グループを組んだ魔法少女達はこの場を離れつつあった。少しぐったりした背中を摩りながら、彼女らの後を追って国中の巡回に飛び立った。

「あったわ、黒い破片間違いなく像の欠片ね」

筋肉を凝縮した瞬間、二股の爪に力を込めて地面を強く蹴り出し跳躍する。外周の高層マンションやビルに比べ、内周は一軒家の民家であったりアパートが多く並び、ハディラの跳躍を駆使すれば容易に屋根を飛び越えて街中を見下ろせた。

瓦の屋根に壊さぬよう優しく飛び移ったら先程捕縛した敵に針を刺して脳を侵食する。本当はチョウのように小さく可憐でひらひらと飛んで行ける敵であれば何より都合が良かったけれどあいにくキャベツ畑のそばではイモムシ型の敵ばかりが主張して羽ばたく4枚羽根は見当たらなかった。

自身の降り立った屋根の上空へ降りてきたユララは身動きが取れないハディラの安全を確保するために手持ちの蛍光灯を駆使しながら敵が近付きにくい舞台を作り上げた

「さぁ、お行きなさい」

舞台の下は最も暗がりが強くなる。ゆっくりとした調子ではあるが活発に動き始めた敵を欠片に向かわせる。操られているとは気付かないイモムシ型の敵は変わらぬ様子で葉を蝕んでいた。時間はかかったがひとまず安全に欠片を手に収めたハディラはユララへ合図を送り、眼前に残る敵を対峙する為に武器を研いだ。

……日も明るくなってきましたしそろそろ警備も終わりですね、お疲れ様でした」

敵を倒し終わった頃には既に薄明の時迎えて天球の周りだけが白く濁って太陽の訪れをしらせている。今日の成果は小さな欠片をパラパラと集めた程度だったけれど確実に一歩づつ、像の復建に前進している。


「天の魔法少女になれますように」


何度願ったかは忘れてしまったけれど念を押すように自身の願い事を欠片に込めておき漆黒のかけらを女神像へと捧げる。早めに帰って寝ないと寝坊で学校をサボっちゃうわね、なんて軽口を叩きながら帰路につこうとした時、覚悟を決めてユララが口を開いた。

……あのですね、ハディちゃん」

「今度、デートに行きませんか?流れ星が綺麗に見える日があるんです」

「ハディちゃんと見れたら……きっともっと綺麗に見えるんだろうなと、警備中もずっと考えていて……

なんて可愛らしいお願いなのだろう……!!ユララからのデートのお誘いも嬉しかったが、何よりも私の事をずっと思ってくれていた事が嬉しくて舞い上がってしまいそうだ。口には出さなかったとはいえユウカが襲来した一件でほんの少しだけ『距離が近すぎない?』とか……やきもちを焼いてもやもやする感情を抱えていた身としては、思ってもみない僥倖に負の感情なんて溶けて消えてしまった。
 
「ええ、えぇ!行きましょう!!今すぐにでも」

「ふふふ、急ぎすぎですよハディちゃん、流れ星が見える日は4日後ですから。身支度が終わったらまた此処で集まりましょうね」

裾から小指をだしてお互いの指を絡める。


ゆびきりげんまん
うそついたらはりせんぼんのーます
ゆびきった!!


定番の曲で約束を交わして、忘れてしまわぬように脳内のメモ帳に書き記した。準備期間はたったの4日しかないけれどデートはいつだって1番綺麗な私で迎えたい。早速計画を立てつつ帰路についたのであった。

・ ・

 時の流れは無常なほどに早く進む、特に楽しみにしている遠足の前日だとか、少し遅く起きてしまって遅刻してしまいそうな朝だとか。
ファッションの知識に関しては、おしゃれなハディちゃんだったりヒメちゃん先輩ら中学生と比較してしまうとやはりどうしても遅れをとってしまうから。

うんうんと悩んだ末に下手に着飾っていくよりも一周回っていつも通りの服装で出かけや方が間違いないのではと気づきを得て普段着の中から一等おしゃれ(なはず)の組み合わせを吟味し纏っていく。

「ユララ、もうすぐ時間だよ」

タイムキーパーを務めてくれるユヅに感謝の意を返して急いで身支度を整える、最後に星空を浮かべたストールを肩にかけたらゆづにはカバンに収まってもらい「行ってきます」と母親の笑顔が写る写真に一言。外に踏み出せば、待ちに待ったデートに足早にかけだした。

「こっちよ、ユララちゃん」

前回の警備時と立ち位置を入れ替え、今度はハディラがユララを迎え入れた。ユララが白いブラウスにショートパンツをとデニール数高めのタイツを履いた服装であるのに対しハディラは随所にチョウが忍ばされたトップスにふわりとAラインのスカートのシルエットが柔らかく広がる。髪も巻いているのだろう、ウェーブした髪の先を辿っていけば
彼女を象徴するように青い羽根を開いた髪飾りが目をひく。

「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

「いいえ、私が早く来すぎただけよ。まだ集合時間には10分も余裕があるわ」

「ふふっお互いに浮かれているのかもしれませんね」

「デートプランもしっかりと考えてきてあるんです」4日間たっぷりと使って練り上げられたスケジュールを作り始めた当初は彼女とやりたいことや行きたい場所が沢山書かれていたが、限られた時間の中で全てを回るのは流石に困難だろうと選び抜いた場所だけが小さなノート紙の上に書かれていた。

「今日は私がエスコートします、お願いしますね」

「こちらこそ、お手柔らかにお願いするわ」

巡回列車に乗り込んで水族館を巡ったり、1人では中々入りづらいカフェに挑戦してみてはコーヒーの苦さに耐えきれず途中からミルクで中和してなんとか飲み切ったり、クタクタになるまで遊び回った少女達は道端に置かれたベンチに座って休憩していた。

「もうすっかり暗くなっちゃったわね」

「はい……もう少し休んだら行きたい場所があるんです、星が良く見える所だから流れ星もきっと綺麗に見えるはずです」

「ユララちゃんがそこまで言うのなら、きっと今までみた星の中でも1番綺麗に見えるのでしょうね」

だって恋人の隣で見る景色はどんなに見慣れた光景でも特別なものに見えるから、なんて言ったら困ってしまうかしら

・ ・ ・
 
「わっ私、こわいわ、落ちちゃいそうで」

 咄嗟に伸ばした手を幽霊少女はしっかりと離さないように掴んだ。体温は感じられなくても強く強く握り返されている事は布越しから間接的にでも伝わった。

「前にも満月を2人でみたけれど、今は私が星の一部になっているみたい。しかも、こんなに」

「こんなにお母様が近い……」見上げた先には地上からでは到底考えられないくらいに大きな月が輝いていた。

魔法少女に変身した姿で流星旅行に旅立つ。幽霊ごっこで透明になった2人はそれこそ魔法生物のユヅが止めない限り何処までも、飛んでいける

「今日の私達はオリヒメとヒコボシですね」

「七夕の?それだったら私達、7月7日にしか会えないわ」

「いいえ、星の中にはそう呼ばれている星があるんです」

「天の川を挟んで輝くから、オリヒメ星とヒコボシ星、とっても明るく輝いている星なんですよ」

「つまり、私達はそれくらい輝いているってこと?」

……ユララはそうだったら、良いなと思ってます」

「っふ、うふふ!!それってとっても素敵ね」

「もうっ、笑いすぎですよハディちゃん。あ、見てください、流れ星も降り始めたみたいです」

 キラキラと浮かぶ星の隙間を縫って燃え尽きていく、雨のが光の反射する様を切り取って眺めているような閃光。あれは命が潰える瞬間なのだとユララちゃんが教えてくれた。

 「……ありがとう、私にこの風景を共有してくれて」

「天の魔法少女になる夢が叶ったら……今度は私がエスコートするわ」

「その時には黒聖の国一周、ですね」

「ええ、楽しみにしていて。必ず私は天の魔法少女になってみせるから」

 スターダストが降り注ぐ中、2つの星はこの瞬間を精一杯に生きるかの如く輝いていた。