しちろ
2025-03-08 22:37:11
3832文字
Public LOM・連載主人公の短編
 

残照

ワンライ。主人公とルーイ。この主人公、名無しですが、想定は一応うちの男主君です。

「オツカレサン、オ客人。大シタモテナシハ、デキナイケド、一服シテイクトイイヨ」
 ここは通称『ゴミ山』。アーティファクト・クリーチャーたちの墓場。
 人間に恨みを抱くモノたちとの一件を終えた後、ゴミ山の管理人ルーイは事を収めた来客を自分の向かいに座らせた。若い来訪者は物珍しさを覚えつつ、腰を下ろす。やけに低い円卓も直接床に座る作法も、少年には馴染みがない。
「粗茶デスガ……オット、茶柱」
「ちゃばしら?」
「コノ、湯呑の中ニ立ッテルヤツ。縁起ガイイラシイヨ。リユウ? ワタシモ、シラナイケドネ」
 ルーイに勧められるまま、ぽってりとした持ち手のないカップ──『湯呑』と呼ぶらしい──を手に取る。中には見慣れない緑色の茶が注がれており、中央に小さな茎が一本、垂直に浮かんで立っていた。不思議な気持ちでそれらを見つめていると、ルーイは遠イ国ノオ茶ダヨだと言った。
「アルイハ、今ハナイ、昔ムカシノ国ノモノカモネ。オチツクンダヨネ」
 やや渋みの感じられる熱い茶を飲んで、ようやく人心地ついた。そうしてはじめて、自分で思う以上に疲れていたことに気づかされる。
 この場所にあるのは、悲しみや嘆きや憎悪や諦観や……人間に向けられた負の感情ばかり。中には、見慣れぬ訪問者に好奇心を抱く者もいたが、その根底にはやはり、人間や戦争に与えられた傷があった。無理もない。人の争いがなければ彼らが生まれてくることはなく、この墓場も存在しなかったはずなのだから。
「ドウシタノ。難シイ顔シチャッテ」
「ここは、俺の知る他のどこよりも騒がしくて、他のどこよりも、時が止まっているように思えるなと」
「アーティファクト使イニハ、聞コエルンダネェ。ヤッパリ」 
 ルーイはふうと息をつき、自分の湯呑を茶托の上に置いた。
「ソウダヨ、アーティファクト使イ。人間ノ世界デハ、戦争ハトックニ終ワッテルヨネ。アナタハトテモ若イカラ、タブン、見タコトサエナイデショウ。デモ、ココデハ終ワッテイナイノ。ニンゲンタチニハ『遠イ過去』デモ、ゴミチャンタチニハ、ズット『今』。ココノミンナ、イツマデモ戦イノ中ニイルノ」
 戦で傷つき、壊れた玩具の兵隊たち。使い捨てられて野晒しになり、時と共に身体を朽ちさせながら、人間への憎しみを募らせている。
 少年が手元に視線を落とすと、半分ほどになった茶の中の、茶柱はまだ浮かんでいた。
……ルーイ。君も、戦争に?」
「イイエ。ルーイハ、イチバン古イ、アーティファクト・クリーチャー。戦争ノタメニ創ラレタンジャ、ナカッタノ」
 最古のアーティファクト。少年には、それを創った者の名に心当たりがあった。
「君はもしかして……傀儡師アニュエラの作品?」
「ソノトオリ。アーティファクト使イノ始祖アニュエラ。彼女ガ、ルーイノ創造主。アナタ、ヨク知ッテルネ」
 伝説に残る傀儡師アニュエラ。アーティファクトの技法を生み出した人物であり、人々を導くマナの七賢人の一人でもあったという。いずれも世界事典から得た知識だ。
「創造主ハネ、マズ初メニ、ルーイヲ含メテ三体ノ人形ヲ作ッタノ。彼女ハ、ルーイタチノコト『トモダチ』ダッテ言ッテタ。賑ヤカデ楽シカッタヨ。コンナ風ニ、一緒ニオ茶ヲ飲ダリモシタネ。茶柱教エテクレタノモ、創造主。……デモ、ルーイト一緒ニ創ラレタ他ノ『トモダチ』、戦争ニ巻キコマレテ、ミンナ死ンジャッタ。アナタガ会ッタ『マグノリア』モ、同ジ工房ノ生マレナンダケド……マァ、アノ子モイロイロ、アッタカラネ」
 いったん言葉を切り、ルーイは茶を一口、口に運ぶ。いかなる仕組みか、ちゃんと飲みめてはいるらしい。
「ココノ、ゴミチャンタチハネ、誰カノ『トモダチ』トシテ、造ラレタンジャナイノ。戦ウタメダケニ、造ラレタノ。ゴミチャンタチ、ニンゲンガソウ造ッタカラ、ソウ決メタカラ、ソノ生キ方シカ、知ラナイノ」
 木馬、ぬいぐるみ、マリオネット、びっくり箱。戦争の道具という役割を与えられ、その通りに生きて戦った戦士たち。それが、人間たちに不要になった途端、無価値なモノとなって、ここに捨てられた。そして、彼らの名前は一様に変わった。『ゴミ』に。
 時が経ち、人々から忘れ去られても、ゴミになってしまっても、彼らは自分たちに与えられた生き方を全うすることが自らの救いになると信じるしかなかった。
……ルーイ。君は、戦争には行かなかったと言ったね。なら、アニュエラが亡くなった後、どうしてここへ?」
「ウ~ン、ナンデダロウネエ。ナントナク、流レツイタダケ。モシカシタラ、役目ヲ終エテ、ルーイモ『ゴミ』ニナリカケテイタノカモシレナイネ。デモネ。他ノゴミチャンタチ、見テタラ、コノ子タチノ『トモダチ』ニナッテヤラナキャッテ」
「それで、自分からゴミ山の管理人に?」
 ソウダヨ、とルーイは当たり前のように肯定した。
 その言葉に、少年は少し、驚かされる。
「すると君は、アニュエラ亡きあと、自分の意志で自分の生き方を決めたのか。主人に……人に決められた生き方ではなくて、自分で何をしたいか、どうしていきたいかを」
 その言葉に、ルーイのほうこそ驚いたようだった。元から丸い目が、飴玉のようにまんまるになる。
「ソウイウコトニ、ナルノカモネ……ナルン、ダロウネ。ワァ、ナンテコトダロウ。アナタニ言ワレルマデ、ワタシ、気ガツカナカッタヨ」
 感動をあらわにするルーイの、黄金色の目は輝き、無機質じみた声のトーンは上がり、血液が通わないはずの頬は紅潮しているようにさえ見えた。
「創造主ガ、ルーイニ、教エテクレタンダヨ。大事ナノハ『ハートニラヴ』。創造主ハ、イナクナッタケレド、ルーイニ、タクサンノラヴヲ残シテクレタ」
 ルーイの話を聞くうち、少年には理解できた気がした。ゴミ山に来たルーイが、ゴミにはならなかった理由。他のアーティファクト・クリーチャーたちが得られなかったモノ。きっと、ルーイの創造主が彼に与えたものが、今もルーイの内に宿り、彼の行き先を照らしているのだろう。
 またしても黙りこくってしまった少年に、ルーイが話しかけてくる。
「アナタ、無口ダヨネ。今度ハ、ドウシタノ?」
……大したことじゃないよ」
「言ッタライイヨ。今ハ、ワタシシカ、聞イテナイ」
 少年は普段あまり、自分の考えを口にしない。言うと大概、妙な顔をされるからだ。変わったやつだとか、お前には関係ないだろうとか、お人好しだとか。
 再度促されてなお逡巡し、少年はやっと、脳裏によぎった考えを口にした。
……ルーイ。君がここでの役割を得たように、ゴミと呼ばれている彼らの名前を変えてやることは、できるだろうかと」
 ルーイは笑わなかった。瞳の光が心なしか柔らかくなる。
「アナタニハ『ラヴ』ガ、アルヨネ」
「そう、かな」
「ウン。アルヨ。キットネ」
 ルーイはゴミ山をぐるりと見渡すようにその場で一回転し、改めて少年の正面に着座する。
「今ノ、アナタノ質問ノコトネ。ヒトツハ、アナタガサッキ、シテクレタコト。ゴミチャンタチ、ゴミジャナクテ、『戦士』トシテ死ヌコトガデキタ。モウ、ヒトツハ……ニンゲンガ、新シイ名前ト役割ヲ、ゴミチャンタチニ、与エテアゲルコト。デモ……
 言いかけて、ルーイはゴミの山に目をやった。途方もない数、深すぎる傷、経ちすぎた時間。
「ネェ、アーティファクト使イ。タマニ……気ガ向イタ時デイイカラ、ゴミチャンタチノ話ヲ聞キニキテヤッテ。ココニハ、人間ヲ恨ンデイル子、マダ役ニ立チタイ子、寂ガッテル子、イロイロイルケド、ミンナ同ジナノハ、ニンゲンノコト、チットモ忘レラレナイノ。ソレニ、話ヲ聞イテモラウウチニ、モシカシタラ、ゴミジャナクナルゴミチャンモ、イルカモシレナイカラ」
 大事なもの、ハートにラヴ。
 ゴミになってしまったゴミたちに届くことはあるのだろうか。
「ソレトネ、アーティファクト使イ。マッサキニ、アナタニデキルコトガアルヨ。ソレハネ、ココノゴミチャン、増ヤサナイコト」
「増やさない?」
「ソウ。アナタノ家ニアル? オモチャ」
 ルーイに言われて思い出した。居間と書斎を結ぶドアの上。誰が置いたのか、物心ついた頃にはすでにあった気がする。
「ある。遊んだ記憶はないけれど、ジンのぬいぐるみとか……だったかな」
「タマニハ遊ンデヤリナヨ。時々カブッタ埃ヲ払ッテアゲルダケデモイイ。持チ主ノアナタガ、ソノ子ニ生キル意味ヲ、与エテアゲナクチャ」
 モノは、人間が捨てた瞬間、ゴミになる。人間が忘れた瞬間、存在意義を無くしてしまう。
 愛された記憶があれば、たとえ持ち主がいなくなり、人の手から離れても、物に記憶は、想いは残される。ルーイのように、心に愛が刻まれる。
「ルーイ。君を創った人が、君をどんなふうに大切にしていたか、少しわかった気がする」
「アナタナラ、キットデキルヨ。創造主ト同ジ力ヲ持ツニンゲン」
 最古のアーティファクト使いに創られたルーイは、もっとも新しいアーティファクト使いに言う。
「アーティファクト使イ。アナタガ、ココノゴミチャン作ッタワケジャナイ。アナタ一人デ背負ウ必要ハナインダヨ。デモネ、『ニンゲンタチ』。イツカ、ココノゴミチャンタチニ、『ゴミ』デハナイ、新シイ名前ヲ、ツケテヤッテ。ソレマデハ、ルーイガ、ココヲ守ッテイルカラ」