紫輝
2025-03-08 09:52:46
5959文字
Public リとヌと御仔の話
 

ラグマット・ピクニック

リとヌと御仔と寒い日の朝の話。リ殿の水龍達、寒い日は二人して懐に入りにいってたらそれはめちゃくちゃ可愛いなという話です。この後お部屋があったまったことにより外見変容を解いたヌ様におはようのちゅーのやり直しをせがまれるのかもしれない。可愛いね…

※軽率に縮むヌ様がいます

 フォンテーヌは一年を通して極端な寒暖差の少ない穏やかな気候とはいえ寒い日は寒い。伴侶の好みを反映して稲妻式に、宅内では履き物の類を使っていないこの家でも、この時期だけはスリッパないしはルームシューズが活躍していた。伴侶と息子は寒さに弱いので。
 今日も今日とてキンと冷えた朝。ゆっくりと開いた視界で時計を確認して、ベッドの中でぐっと身体を伸ばす。気温も相まってすぐに冴えてきた頭で傍らを見やればいとしい家族は肌が外気に触れるのを厭うように寝具にうずまって寝息を立てていて、その愛らしい様に小さく笑う。
 起きてくる二人のために部屋を暖めて、飲み物でも用意しよう――考えてそっと身を起こすと、レヴィがもぞりと身じろぎうすらとアイオライトを覗かせた。
……ぱぱ」
「寒かったか? ごめんな」
 隙間から冷気が入ってしまったのだろう。そこを埋めようと毛布へかけた手をロープのように伝って、小さな身体がのそのそと懐へ入ってくる。
「おそとしゃむいよ」
 だからここにいようと愛らしく誘惑されて一瞬三人揃っての二度寝を検討したが、今日は懇意にしている店の新作の茶葉が店頭に並ぶ日だ。それに合わせて三人で出かけようと昨夜家族で決めて、レヴィもそれを楽しみにしていた。リオセスリとしては予定が後ろ倒しになっても問題はないが、他でもないレヴィが「おでかけ」の時間が減る事をよしとしないだろう。
 うん、やっぱり起きよう。決断して、懐で丸まるレヴィの背をぽんぽんと撫でる。
「そうだな。パパはお外をあっためにいくから、レヴィはもう少しとうさまとここにいるといい」
「やだぼくもいく
「寒いぞ」
「しゃむいのやだ
 むむうと唸るレヴィに吹き出してしまった。複雑な子ども心を抱えているようだ。
「やれやれ、困った王子様だ」
 肩を揺らして、毛布の上に被さっていたガウンを羽織る。三人分の体温でほんのりと温かいそれで包むようにしながらレヴィを片腕に収めてやると、もぞもぞと居心地の良い場所を探していたレヴィはリオセスリの胸元に頬を寄せてふすんと鼻を鳴らした。
「あったかい」
「そりゃよかった」
 きゅ、とパジャマを握る小さな手に愛おしさを感じつつ傍らの傍らへ目をやれば、じと、という擬態語がつきそうな暁の瞳がこちらを見ていて。
流石にこれはしてやれないぞ?」
 しばらく前から二人のやり取りを見ていたヌヴィレットへ苦笑と共に告げれば、先に見た息子とそっくりの――息子“が”そっくりなのだけれども――むくれたような表情で彼は眉を寄せ。
「おおきさ
 ぽそりと囁きが落ちた、と思った時にはその姿はもやに隠されて、晴れた先には息子と同じくらいの大きさの伴侶がいた。
「これで良いだろうか」
 いいだろうかじゃないんだよなぁ。
 考えつつ、伸ばされる短い両腕に応えて腕を差し出してしまうのだから自分は大概家族に甘い。自覚はあるが、困ってはいないので対策はしていない。
充分だよ。おはよう、ヌヴィレットさん」
 空いていた片腕にヌヴィレットを収め頬にキスを贈ると、満足げだった伴侶は少しだけ不満そうな顔をした。
「場所が違う」
「俺は子どもに手を出す最低な男にはなりたくないんでね」
……尚早だった」
 口惜しげに呟きながら律儀におはようと返してくるのがおかしくて喉を揺らしていると、レヴィが襟を引いてくる。
「パパ、ぼくおはようまだだよ」
 そわそわと見上げられて破顔した。伴侶と息子は今日も可愛い。
「そうだったな。おはよう、レヴィ」
「んふふ、おはよう、パパ」
 しろい額に挨拶キスを落とすと、息子からは言葉が返る。
「とうさまも、おはよう」
ああ。おはよう、レヴィ」
 無事いつものように二人から朝一番の祝福を受けたレヴィの達成感に満ちた笑顔につられるようにヌヴィレットが笑んだところで、当初の目的を果たすべくリオセスリは下半身の筋肉を駆使してベッドを降りるのだった。



さて、おちびさんたち。今俺の両手は大切な君たちで埋まっているので朝の紅茶が淹れられない」
 小さな水龍達にドアを開けてもらい、暖房器具のスイッチを入れてもらい、キッチンにたどり着いたリオセスリは口を開く。流石にこの不自由な体勢で紅茶を淹れるのは難しい、と。
 ふむ、と呟いたヌヴィレットは、問題ないとばかりに胸を張る。
では白湯にしよう。璃月の軽策荘のものが良いだろう。あの土地の水は穏やかで、朝飲むのに適している」
「降りるって選択肢は」
「や」
「ない」
 差し出した選択肢は二人がかりでぺいと放られ、リオセスリは今度こそ苦笑した。水龍達はくっついているのが好きなのだ。ついでに暖も取れる上、予定にも追われていない休日となれば確かに彼らがここを降りる理由がないのだった。
「じゃあヌヴィレットさんのおすすめ通り白湯にするか。準備は手伝ってくれるのかい?」
「勿論だ」
「ぼくお水のばしょわかるよ!」
 あっち、と示してくれるレヴィの声に従って水専用の棚の前に立つと、うんしょと扉を引き開けたレヴィが一本の瓶を腕に抱える。
「とうさま、」
「正解だ。よくわかったな、レヴィ」
「えへへ」
 ラベルを見て瞳を細め、うなずいたヌヴィレットに頭を撫でられて嬉しそうに笑うレヴィに水を託し、次に向かったのはシンクだ。ひっくり返されているケトルをヌヴィレットがしっかりと抱えるのを確認してからいよいよコンロの前に立つ。
「レヴィ、瓶を」
「あい」
 コンロへ落ち着いたケトルを前にヌヴィレットがレヴィから渡された瓶の蓋を開けると、中の水がするするとケトルへ流れ込んだ。
「おお」
「おおー」
そういうところ、君たちはそっくりだな」
 同時に上げた感嘆に、ヌヴィレットが染み入るように笑う。
「とうさまうれしそう?」
「うん? うん、そうだな。おまえとパパの同じところを見るととうさまは嬉しくなるのだ」
 親子は似るという言葉は真実なのだな――細まる暁の瞳に、今だけ腕がもう一本欲しいな、などと馬鹿みたいなことを考えてしまった。こんなにいとおしい伴侶の頬に触れるための腕が足りないのが歯痒い。
 そっか、とうなずいたレヴィがへにゃりと笑って言った。「ぼくもねぇ、とうさまとパパににてるっていわれるとうれしいよ」、と。
「おっきくなったらとうさまとパパみたいにかっこよくなれるかな?」
「なれるとも。私とパパの仔なのだから」
 訂正しよう。一対足りない。何故自分は人間なんだろうか。ライラックの瞳を期待に輝かせる息子の頭を撫でるのはヌヴィレットに任せて、両腕に力を込める。それが唯一、リオセスリが今できる最大限だった。この胸の内の思いを昇華するにはとても足りないけれども。
 無警戒に二段構えのプネウマの矢殺し文句を食らってぎゅうと痛む胸を自己修復している間にヌヴィレットがコンロに火を灯す。少しだけ悩んで方向転換したリオセスリに、レヴィが不思議そうな声を上げた。
「パパ、そっちじゃないよ」
「今日はこっちでいいんだ」
 足を向けたのは普段使いのカップの並ぶ棚とは別の棚だった。そこにはバスケットや水筒、レジャーシートなどが収まっている。リオセスリは元より、レヴィもすっかりお気に入りとなったピクニックの相棒たちの待機場所だ。
「レヴィ、カップをとってくれるかい?」
「あい」
 首を傾げつつも素直にうなずいてレヴィが伸ばした小さな手はギリギリのところで空を切り、息子はむうと眉を寄せる。
「パパ、たかいたかいして」
「少し届かなかったか。これでどうだい?」
 救援要請に応えて片腕を上げた。レヴィが目当てのものを抱きかかえたのを確認してから腕を下ろす。その腕に収まっているのはメロピデ要塞の技術力を遺憾なく発揮して製作した三個組のマグカップだ。耐久性に優れた金属製、平均的なマグカップより大きさは控えめに、薄さと軽さに拘り、ぴったりと重ねられるので収納時には場所を取らない。通常の『商品』と方向性は異なるが、メロピデクオリティの自信作である。
「とった!」
「ありがとうな」
「水筒は私が取ろう。重いから、レヴィが怪我をしては大変だ」
 リオセスリの意図を解していたらしいヌヴィレットが隣に鎮座している水筒へ手を伸ばす。この家の水筒は一般に流通している金属製のそれではなく耐熱ガラスを使った特別製だった。伴侶と息子の繊細な舌は水に移った金属の味を感じ取ってしまうからだ。水筒が利用される時と場面の高揚感は水に移った金属のにおいへの違和感を和らげてくれてはいるようだったけれども、叶うならば大切な家族にはストレスなく目一杯楽しいことを楽しいと感じて欲しい――リオセスリの願いと試行錯誤、自身の人脈の有効活用によってこの水筒は完成した。『水筒』としてはそれなりの重量があるため携行に向くかと問われれば否ではあるがリオセスリとヌヴィレットにとってこの程度の重さは気にするほどのものではなく、これを携えて出かけたピクニックでレヴィの見せた笑顔と「お水おいしい」の一言でそれに勝る価値が確立されたためお目見えしてからピクニックのお供はずっとこの水筒である。
 自身の腕の上で腰を上げようとするヌヴィレットをやんわりと制してレヴィにしたように片腕を上げエスコートする。水筒を腕に収めたヌヴィレットは、自身を乗せた腕が下がる前にリオセスリのこめかみに唇を寄せてきた。
「ありがとう、リオセスリ殿」
……ドウイタシマシテ……
 くふんと笑う、今は愛らしさの勝つ美貌。常々急に来ないで欲しいと思ってはいるが今のところそれが叶ったことはない、どころか息子と共鳴でもしているのか最近のヌヴィレットは情緒が急成長したかのようだ。まるで雨上がりの植物たちのように。以前の彼であれば考えられなかった行動に出るので拍動と血圧が忙しい。家族の前では格好いい“パパ”でありたいが、早晩その鎧も砕かれるかもしれないと思っている。何せコロしにくる相手が家に二人もいるので。幸せなので問題は何もないのだけれども。
「パパ、とうさま、シュンシュン!」
 レヴィがコンロを指差す。湯が沸いたらしい。ケトルの側に置かれた水筒の中へ先と同じように湯が移動していくのを(温度調整だろうか、水筒に入る前にくるくると円を描いていた)これまた先と同じようにレヴィとの感嘆のユニゾンで見守れば、ヌヴィレットは飽きもせずくすぐったそうに笑った。
 水筒を抱えたヌヴィレットとマグカップを抱えたレヴィを抱いて向かう先はリビングルームだ。この時期敷かれている毛足の長いラグの上にできた陽だまりへ胡座をかいて腰を下ろす。ガウンの中でいそいそと片方ずつ膝を分け合った小さな水龍たちにまだ離れる気はないらしい。穏やかな朝の陽射しを浴びながら、自由になった腕で家族で用意した白湯をサーブしたカップを傾けてため息をひとつ。
「ぬくい
「起き抜けの白湯は身体を温める効果がある。内臓を温めることによりそこからの不調も予防できるので健康増進に効果的だ」
「あんたから『健康増進』なんて言葉が出るとはなぁ」
 軽率に食事を抜き、睡眠時間を削り、休暇を返上する不摂生の権化のようなひとから出るに相応しくなさすぎる単語に思わずくつりと笑えば、ヌヴィレットはばつの悪そうな顔で口を噤み、目線をカップへ落としてぽそぽそと弁明を紡ぐ。
最近は見違えるほど『健康的』な生活をしていると思っているのだが。君とレヴィのおかげで」
「ヌヴィレットさんの健康増進への俺の貢献度はともかく、レヴィのおかげってのは同感だ」
 息子を授かってからの二人の生活は可愛い我が仔を中心に回っているため、特にヌヴィレットは三食しっかりとるようになったし、夜はきちんと休んでいるし、休日も返上していない。確かに見違えるほどの生活改善が果たされていると言っていいだろう。
「なあに?」
 名前が出たのを呼ばれたと判断したらしいレヴィが首を傾げるのに、小さな頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「おまえのおかげでとうさまが前より元気になったって話だ」
 前はお昼ご飯をよく食べ忘れてたんだぞ、と笑み混じりに悪しき生活習慣の一部を暴露すると、レヴィは驚いた声を上げてから眉を寄せた。
「とうさま、おなかすいちゃうよ。ごはんはたべなきゃだめだよ」
 すりすりと自身の腹を撫でるレヴィに「ね?」と駄目押されたヌヴィレットが、「今はおまえと食べるようになったから絶対に忘れなくなった」と答えつつこんな所は似ぬでいいのにと唸り呟いたのが聞こえて吹き出してしまった。ヌヴィレットが自分のこれ・・に弱いのは気づいていたが息子でも有効だったらしい。
 腹を摩っていた手を止めたレヴィがぽつりと呟く。「おなかすいた」。その声になんだかんだ起床してからそこそこの時間が経過していることに気づいて、両膝の上のちいさな二つの頭を撫でた。
「朝ご飯の準備をしてくるよ。そろそろ降りてもらえるかい、おちびさんたち」
「え〜〜〜」
「まだ充分温まったとは言い難いと思うのだが」
 途端に返る遠回しな拒否に苦笑した。レヴィはともかく、今日はヌヴィレットも甘えたい気分のようだ。
「大急ぎで用意するよ。実はパパもお腹が空いてきててな。このままだと動けなくなっちまうかもしれない」
 困るなぁ、と眉を下げてみせると、やさしい息子はむむぅと眉を寄せた。パパが動けなくなっちゃうのはダメだね、と。
「はやくもどってきてね」
 やくそく、とアイオライトに見上げられてうなずいた。これで二対一だ。形勢逆転に成功したが、さて。ちらりと伴侶を見やれば、残念だ、と書いてある美貌が目に入った。負けを悟ったのだろう。小さな手にガウンを引かれる。
「置いていってくれ」
「喜んで」
 寒くないと言えば嘘になるが、愛しい伴侶の『お願い』だ。拒否の選択肢などリオセスリにあるはずもない。小さな水龍達をラグの上に下ろし、ガウンを脱いで二人を覆うように掛けてやると、二人はもぞもぞと身を寄せ合ってそれにくるまった。
「パパのにおいがする」
「そうだな。温かいな」
 離れ難い光景に後ろ髪を思いきり引かれつつキッチンに立ちながら背後で為されるそんな会話に『凛流の監視者』を飛ばしていれば、息子がそれに気づいたらしい。出来立てのサンドイッチを片手に家族の元へ戻ったところで「パパもはいって!」と叱られて、膝の上を再び占領されつつ監視者と見つめ合うことになった。