くこ
2025-03-08 01:02:15
3514文字
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模倣犯(王最)

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王最ワンライを勝手にやっていこう企画
1時間だとぜんぜん終わらないね



猫のように笑う彼の、弧を描いた瞳が、焼き付いて頭から離れない。
青白い肌は人の熱を感じさせず、まるで石膏像のようにも思えるが、長袖から覗く手首は骨張っていて、確かに生きている人間なのだと最原へ知らせる。その手は、最原の手首を掴んでいる。まるで、犯人逮捕の現場みたいだ。

そんなに力を込められているようには見えないのに、少しも動かせない。最原とは、皮の中身が異なるのではないか。体格は己のほうが勝っているはずなのに、歴然とした力の差に、最原は顔をしかめる。
最原を捕まえた彼は、しかし、何も言わない。ただ、目の前で、とても面白そうに目を細めているだけだ。それが、とても不気味だ。まして、いつもであれば、マシンガントークで口を閉ざすことの方が少ない人間だ。
うかつに刺激しないほうがいいのか、それとも、さっさと煙に巻いて逃げたほうがいいのか。その選択すら、最原には、許されるのか。

ちらりと上目遣いに彼の顔を見れば、目が合う。にぃ、と、また、彼は笑みを深くした。

「なかなかおもしろいことしてるね、最原ちゃん」

口を開くことをためらったのを、悟られたのか、王馬の方から声を出した。
褒められているのか何なのか、まったくわからないが、最原は、笑えない。早く、この拘束を解いて、目の前の男から逃げ出したい。最原の左足が地面をこすって、その気配に、王馬が手首を掴む指に力を込める。逃す気は、微塵もなさそうだ。




「ふぁ」

朝食を摂るには少し遅い時間、最原は、あくびをしながら食堂にいた。
食堂には、東条が作り置きしてくれているごはんが、常にいくつかストックされている。呼べば出来立てを作ってくれもするが、さすがに、自身の娯楽で夜ふかしをしたツケを、東条に払わせるのは気が引ける。適当に冷蔵庫から見繕い、電子レンジへ突っ込んだ。どれくらい温めればよいのかも、あまり考えていない。まあ、かちかちでなければ良いだろう。
ぶぅん、と、機械的な音を鳴らしながら稼働する電子レンジを、ぼんやりと見つめる。マイクロ波がラップに包まれた皿の中身を振動させ、加熱させる。

いつのまにか横にいた人物に、最原はびくりと肩を震わせた。

……いつからそこにいたの、王馬くん」
「最原ちゃんがぼーっとしてるときから、ずっといたよ! ひどいよねー、オレのこと、ぜんぜん気づいてくれないんだもん」

嘘だとわかる。常に人の視線を集めるべくあの手この手を弄する彼が、その程度で済ませるわけがない。
王馬の指が電子レンジのボタンに伸び、振動が止まる。

「やりすぎ。熱くて皿持てないんじゃない?」
「えー……自動あたためにしたのに……

機械を信じただけだと頬をふくらませる最原に、王馬が苦笑する。

「ずいぶん遅くまで起きてたみたいだね。最近ずっとじゃない?」
「ん……うーん……そうだね。ちょっと……

あち、と言いながら、最原が手を引く。レンジから取り出そうとした皿の熱さは、王馬の言う通り、素手で持つには少しつらい。
魔法のように、布巾が差し出される。小さくお礼を言いながら、袖口を伸ばし、布巾に包んだ皿をようやく持つことが出来た。テーブルに置く。

「ていうか、それだけ?」
「え? なにが?」
「ごはん。それだけなの?」
「え、うん。朝だし……

なんなら、朝に食事らしい食事を摂ること自体、めずらしい。王馬は今度こそ、呆れた顔を隠さなかった。

「ま、最原ちゃんがヒョロいのは、オレにはどうでもいいことなんだけど……
「そんなヒョロくない」

む、と反論すれば、あははと笑われる。服の中身すっかすかのくせして、何言ってんの。笑い飛ばされた。何がわかるんだよ、と、さらに食い下がると、にぃぃ、と、チェシャ猫が笑った。
ずぼ、と、服の袖に指を突っ込まれる。そのまま上下に揺らされた。

「がばがば」
……

獄原の肢体を思い出し、最原が沈黙する。しかし、目の前の男はどうなのだ、と、同じく袖から指を差し入れようとした。隙間が見つけられず、入らない。

……ベルトのせいだろ」
「負けを認めなよ、往生際の悪い男は見苦しいよ」

つー、と、人差し指で腕をなぞられ、最原が片目を細める。手首を掴んで引き剥がした。王馬は、肩をすくめて、両の掌を上に向ける。
せっかくあたためた料理が、また冷めてしまう。気まぐれで嘘つきで何を考えているか悟らせようとしない男のことなど、朝から付き合ってはいられない。もう昼に近いが。皿からラップを外し、箸を持つ。
正面に座った男は、立ち去る気配がない。にこにこと笑ったまま、食事をする最原を眺めている。

……なに?」
「いや? べつに」

見ていて面白いことなど、無いだろうに。
言外に伝わったのか、王馬が頬杖をつき、その疑念に答える。

「見ていたいから、見てるだけだよ」




そのときは一切、意味がわからなかった。いつもの王馬の虚言であろう、と、特に気にしていなかった。
でも、その言葉がずっと、耳に残っていて、離れない。

だから、彼に倣って、そうすることにしただけだ。




意識していなかったときには気づくことが出来なかったが、王馬は、バランスを取るのがうまい。彼の周りで、会話に入れずにおろおろしている仲間は、見たことがない。必ず拾って、輪に入れている。分け隔てなく、例外なく。
最原は、どちらかといえば、その気遣いを受ける側だ。もちろん、自分が気づいたときにはそういう立ち回りをすることもあるが、まあ、まずない。たいてい、赤松や百田、そして、王馬に先んじられる。

ひとつ気づくと、ふたつ、みっつ、と、気になってしまう。追いかけてしまうのは、探偵の性分かもしれない。きっかけは間違いなく、王馬の言葉。見たいから、見ているだけ。その意味を、徐々に、理解できてきた気がしている。
くるくる動く、表情、身振り手振り。からかわれた相手も、本気では怒っていない。彼の周りでは、笑いが絶えない。わっ、と湧いているところに目を向ければ、百発百中で王馬がいる。お相手は、さまざま。

べつにそうしようとしてそうしていたわけではないのだが、王馬を観察するようになってから、逆に、王馬の視界に入ることが減った。隠れていたわけではない。断じて。意図的ではない。少なくとも、表層意識としては。
だから、怒られても、困るのだ。




「高等な嫌がらせを覚えたもんだと思ったよ」
「嫌がらせは……してないよ……

いまだに、手首を離してもらえない。どころか、体がだんだん近づいており、今では至近距離に王馬がいる。体を少し伸ばせば、顎に頭突きをされそうだ。

「才能を、探偵からスパイあたりに変えたら? それとも、こういう尾行が、探偵の嗜みなのかな」
……なんでそんなに怒ってるの」

それほどのことは、していない。
最原が不満げに見下ろすと、王馬が笑みを消した。整った顔が真顔になると、少し、怖い。

「この一週間の自分の行動、言える?」
「え……ぜんぶ?」
「オレに関わることだけでいいよ」

ええと、最原が思い出す。
とにかく、前述のとおり、特に意味はなく王馬の観察をしていた。それこそ、見ていただけ、だ。

そのままを伝えると、もう片方の手首も掴まれた。え、と思うより先に、唇が重なっていた。
片手だけでも逃げられなかったのだから、両手を掴まれた日には、もう、どうしようもない。後ずさるが、すぐさま追いかけられ、あまり意味をなさない。べろりと唇を舌で舐められて、驚いて開かれた口内に、舌が侵入する。歯に沿って舌を動かされると、目の奥がびりりと痺れた。

「見ていただけ、ね」

キスの合間で、王馬がぽつりとつぶやく。
いぶかしげに視線を向けると、目が合った。手首を掴んでいた片手が後頭部に周り、また、キスが始まる。
誤解をしないでほしいのだが、王馬とは付き合ってもいないし、告白もし合っていない。なので、なぜキスをされているのか、最原にはまったくわからない。
唯一解放された片手で、王馬の肩を押し返そうとするが、びくともしない。どころか、両手をまとめて拘束された。男性から女性ならともかく、なぜ体格差もある男同士で、片手で押さえ込まれているのか、最原はまったく納得ができない。しかし、納得をしてもしなくても、目の前の事実は変わらない。

「意味がわかったら、離してあげるよ」

紫の瞳が、弧を描く。
だんだんと息が上がっている己を感じながら、最原はキスの快感に思考を放り投げた。