haru_haru0704
2025-03-07 23:31:23
4978文字
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契約締結前夜

カカロ×忌炎(未満) 全年齢

カカロが瑝瓏に来たばっかりの頃の話

それは、忌炎が鎮戍将軍に任命されて間もない頃のことだった。
瑝瓏の入国管理局の者から連絡があり、とある人物が入国したことを知らされたのだ。
その人物の名は、カカロ。
ネオユニオン出身の男性で、幽霊猟犬という傭兵組織を率いており、瑝瓏には仕事を得るために来たのだという。
そんな彼には、ひとつ大きな問題点があった。それは、非常に不安定な周波数を持つ共鳴者であるということ。
つまりは、いつオーバークロックを発症するか分からない、危うい人物だということだ。
それを理由に、入国管理局はカカロに対して『徹底的な監視が必要』という判断を下した。忌炎のところまで連絡が来たのも、それが理由である。
管理局からの要請は、大きく分けてふたつ。
ひとつめは、仮にカカロがオーバークロックを発症した際、鎮圧に夜帰軍の手を貸してほしいということ。
ふたつめは、監視装置へのアクセス権を与えるから、時折カカロの様子を見てほしいということ。
少し思うところはあったものの、忌炎はそれを承諾した。
今州、ひいては瑝瓏の秩序と平和を守るため、必要なことだと判断したからだ。

管理局の者との通話を終えた忌炎は、さっそくデバイスを操作した。
通話の内容の通り、カカロの監視装置にアクセスできるようになっている。
試しにアクセスしてみると、デバイスが等身大の人影の投影を始めた。どうやら監視装置は正常に機能しているようだ。
忌炎は投影される人影のサイズを10cm程度に小さくし、デバイスを執務机の上に置いた。小さいカカロの投影が、机の上を歩いている。
書類仕事を片付ける傍ら、しばらく様子を見てみよう。

カカロはどうやら、街ゆく人々に声をかけ、情報収集をしているようだった。
デバイスによってリアルタイム翻訳された言葉が、忌炎の耳に届く。
『警察以外で、瑝瓏内の治安を維持しているような組織はあるか?』
聞こえるのはカカロの声のみで、話し相手の声は聞こえない。
『夜帰軍・・・そうか。軍隊がいるんだな。何と戦っている?』
彼は夜帰に興味を持ったようだった。
話し相手に、あれやこれやと夜帰のことを質問している。
彼が熱心に情報収集しているのは、夜帰を警戒しているからだろうか?
もしかすると、警察や夜帰にバレたらまずいような、非合法な仕事をするつもりなのかもしれない。もちろん、それはただの推測に過ぎないが・・・
何にせよ、しばらくの間は彼をしっかりと監視しておいた方がいいだろう。

*
昨日と同じようにカカロの姿を投影し、そのまま書類仕事に取り掛かる。
今日の彼は、何だか少し機嫌が悪いようだった。
かなりオーバークロックしやすい人物だと聞いているし、やはり性格に難があるのだろうか?
『誰だ、砂糖を盗んで食った奴は!』
「・・・ん?」
砂糖?
いや、それよりも。今、盗んだと言ったか?さっそく犯罪を・・・?
忌炎は思わず書類仕事の手を止め、カカロの言葉に聞き入った。
『甘いものが食いたいなら、俺が作ってやると言っただろう。直接砂糖を舐めるのはやめろ。まったく・・・また買ってこないと。この量ではクッキーも焼けん』
どうやら、砂糖を店から盗んだとかそういう話ではないようだ。
カカロは砂糖の入った瓶を軽く振り、やれやれと肩を竦めている。
話の前後から察するに、店で買った砂糖をその瓶に入れて保管していたところ、誰かがそれを食べてしまったということなのだろう。
何とも平和な話だ。
『ん?・・・ああ、氷砂糖か。分かった、作ってやる』
なぜだか氷砂糖を作ることになっているカカロに微笑ましさを感じつつ、忌炎は書類仕事を再開させた。

「ふぅ・・・少し休憩するか」
3時間ほど集中して書類を睨んでいたせいで、体が少し凝っている。
忌炎は立ち上がり、腕や背を解すように体を動かした。
コキ、ゴキッと関節が鳴る。
そういえば、カカロは今何をしているのだろうか。しばらく無言だったから、あまり様子を見ていなかった。
椅子から立ち上がったまま、デバイスの投影に目をやる。
カカロはどこかを歩いているようだ。周りの風景は投影されないため、どこを歩いているかまでは分からない。
真っ直ぐに前を向いて歩く彼の姿は堂々としており、何か後ろ暗いことを抱えているような人間には見えなかった。
上辺だけを取り繕っているのだろうか?それとも、本当に──
『・・・ん?』
不意に、カカロが立ち止まった。何かを見つけたような素振りで、視線は斜め前に向けられている。
彼は数秒動きを止め、少し方向を変えて再び歩き出した。どうやら、見つけた何かに向かっているようだ。
やがて目的地に到着したのか、彼は地面に膝をついた。
『どうした。歩けないのか?』
カカロは手を差し出す。投影が一瞬大きく揺らいだ後、カカロともう1人の影が映し出された。
彼の手に誰かが触れたおかげで、投影に映り込むようになったのだ。
『すみませんねぇ、段差でつまずいてしまって・・・』
カカロが手を差し出した相手は、背丈の小さなお婆さんだった。
彼はお婆さんを助け起こし、ひょいっと抱え上げた。俗に言うお姫様抱っこだ。
『家まで送る。場所を教えてくれ』
『すぐそこの青い屋根の建物が、私の家です。ありがとうね、優しい方』

数分後。
カカロはお婆さんの家でお饅頭とお茶をご馳走になっていた。
彼はお饅頭をもぐもぐと咀嚼しながら、時折頷いている。どうやらお婆さんの話に相槌を打っているらしい。
一体どんな話をしているのだろうか。
やがてカカロはお饅頭を食べ終え、お茶をずずっと啜った。ふう、と一息ついてから、彼は言葉を発する。
『その忌炎将軍とやらが、今州を残像から守っているのか?俺はこの国に来たばかりで、あまりよく知らないんだ』
急に名前を呼ばれ、忌炎はぴくりと眉を動かした。
カカロはお婆さんの話を聞いているのか、しきりに頷いている。話の内容が分からず、少しもどかしい。
『なるほど。随分と優れた将軍のようだ。・・・・・・。しかも思いやりにあふれている、と。非の打ち所がないな』
「・・・それは褒めすぎだ」
忌炎は思わず呟く。
自分なんてまだまだ若造で、至らないところばかりだ。
前任の哥舒臨将軍と同じくらい上手くやれているかと問われれば、答えは否。戦術も戦闘能力も、まだ彼には及ばない。
それでも、いつかは。このまま研鑽を続ければ、彼に並び立てるほどの将軍になれるだろうか──
『ああ、会ってみたいと思っているんだ。仕事柄、何か手伝えることがあるんじゃないかと思ってな』
思考の海に沈みかけた忌炎の意識は、カカロの言葉によって引き戻された。
・・・なるほど、そうか。カカロは夜帰と契約を結びたがっているのか。
だから、夜帰について色々と情報を集めていたんだな。
『・・・さて。俺はそろそろ行く』
カカロはお茶を飲み干し、立ち上がる。引き留めを断るように軽く手を振ると、彼はそのまま歩き出した。
・・・結局、彼は最後まで不審な動きを見せることはなかったな。
過剰な報酬を求めるようなこともなかったし、何かを盗もうとする様子もなかった。ただ単に、困っているお婆さんを助けただけだ。
案外、彼はいい奴なのかもしれない。
忌炎はぐっと大きく伸びをすると再び椅子に座り、書類を片付け始めた。

*
「そろそろ掃除をしないとな・・・」
ここ数日、出陣や城内への招集があったため執務室の掃除ができていない。もちろん、カカロの様子を見る余裕もなかった。
忌炎はいつも通りデバイスの投影を開始すると、掃除道具を手に取った。
執務机や棚の埃を取りつつ、投影の様子を確認する。今日の彼は、一体どこで何をしているのだろうか。
『・・・・・・』
投影のカカロは、椅子に腰かけたまま折れた剣を眺めていた。
彼の指が、すぅっと剣を撫でるように移動する。
彼の心の内にあるのは、懐古、後悔、惜別・・・あるいはその全てだろうか。
ともかく、彼はその剣に対して何か深い思い入れがあるようだった。
あまりじっと観察するのもカカロに悪いような気がして、自分の手元に視線を移す。
静かな室内に、埃をはらう微かな音だけが響いていた。

『・・・ん?』
不意にカカロが声を上げた。
何かが起こったのだろうか?
投影に目を向けるが、特段変わった様子は・・・いや。彼の足元に小さい影がある。
それは、人懐っこそうな犬だった。ぶんぶんと尻尾を振り、カカロの脚に縋りついている。
『なんだ、腹でも減っているのか?』
カカロは、ふわりと柔らかく微笑んだ。そして、犬の頭をそっと撫でる。
その仕草があまりにも優しく、そして慈愛に満ちたものであったため、忌炎はしばし呆気にとられた。
犬はキャンキャンと吠え、嬉しそうにしている。
カカロは腰につけたポーチをごそごそと漁り始めた。犬が食べられそうなものがないか、探しているらしい。
『・・・駄目だ、塩辛いものしかないな』
彼はポーチを漁るのをやめると、もう一度犬を撫で、それから周囲をきょろきょろと見回した。
そして何かを見つけたのか、椅子から立ち上がる。
彼は少し歩き、やがて立ち止まった。
『それをひとつくれ』
彼はシェルコインを差し出した。何かを買おうとしているらしい。
ややあって、彼はそのコインの代わりに1つのリンゴを手に入れた。そのリンゴを持ったまま歩き、再び椅子へと座る。
犬はまた彼の脚に縋りついて、ぴょんぴょんと興奮したように跳ねていた。
『落ち着け、今切ってやるから』
カカロは懐からナイフを取り出し、そのリンゴを小さく切って、犬の口元に近づけた。シャクシャクシャク、と勢いよく食べる様子を、カカロは微笑みながら見守っている。
「・・・参ったな」
思わずそんな言葉が忌炎の口からこぼれる。
いや、別に参ってはいない。
参ってはいないのだが、何というか・・・くすぐったい気持ち、とでも言えばいいのだろうか。前評判から想像していた人柄と、こうして実際に見たカカロの様子に乖離がありすぎて、なんだかむずむずするのだ。
監視を通して得た情報はまだ少ないが、どうにもカカロという男は悪人ではない気がする。
「直接話す機会が欲しいな・・・」
もっと詳しく、彼のことが知りたい。
直接会って、話して、どんな人間なのか確かめたい。
そんな気持ちが、どんどんと膨れ上がっていく。
彼は夜帰と契約したがっている様子だったが、この辺境の地まで遥々足を運んでくれるだろうか。
考えても詮無いこととは分かっているが、『もしも』の可能性を色々と想像してしまう。
もし、彼が会いに来てくれたら。もし、彼ら傭兵団が契約に値する組織だったら──
しかしそんな想像は、唐突に鳴り響いた警報音によってかき消された。
「ッ!また残像潮か・・・!?」
忌炎はデバイスを掴み、投影をオフにしながら執務室を飛び出した。

***
「もう腹いっぱいか?」
犬は返事をするようにキャンキャンと吠えた。
その頭を撫でてやりつつ、半分ほど残ったリンゴを齧る。よく熟れていて、なかなか美味いリンゴだ。
そのリンゴをちょうど食べ終わった頃、遣いに出していた団員たちが続々と帰ってきた。
「団長!買い出し終わりました!」
「あ、リンゴ食べたんですか?いいな~」
「犬だ!」
「団長が犬に懐かれてる」
相変わらずこいつらは騒々しいな、と思いつつカカロは立ち上がった。
そして、団員たちに声をかける。
「よし。では早速、次の目的地に向けて移動を開始するぞ」
「次はどこに行くんですが?」
「今州というところだ。ここから更に北上する」
「とうとう夜帰軍の本拠地に行くんですね!」
「ああ、そうだ。夜帰軍との契約が取れれば、大きな収入になるだろう。お前たち、今州に入ったら今まで以上に振る舞いには気をつけろよ」
「はーい!」
「気をつけます!」
会話しながら歩きだした彼らを、犬が追いかける。
カカロはその小さな足音に気づき、背後を振り返った。
「すまないな。お前は連れていってやれない」
カカロは最後に犬の頭をひと撫でし、再び歩きだす。
2度とは振り返らない彼を、犬は名残惜しそうに見つめていた。