零ミリ
2025-03-07 23:12:35
2658文字
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知らないまま

大静 大崎さんに女抱かせようとする静馬。ちょっとモブ女性が出ます(会話だけです)

「えっ! 大崎君俺が初めてだったの!? 俺で童貞卒業!?」
 静馬さんは人のデリケートな事情を面白そうに大声で拡散する。窓の外に人が歩いていたら筒抜けになっているかもしれない。
「そうですが……
「じゃあ女抱いたことないってこと?!」
「そうなります」
 なるほどねえ、と静馬さんは自分の顔を覗き込みながらにやにやして興味深そうに頷いている。静馬さんが初めてだからといって何が面白いのだ。
「いや、俺は弟の初めてを貰えて嬉しいよ。俺の童貞はあげられないけどね。処女で我慢してくれ」
 静馬さんが自分にのしかかり首に腕を絡ませる。ふっと耳に息を吹きかけられると情交中の静馬さんの蕩けた顔が脳裏に浮かぶ。この顔を知ってる女性がこの世にいて、自分の熱に浮かされた顔は静馬さんだけが知ってるかと思うと、それは少し悔しく感じる。悔しさを込めて静馬さんを床に押し倒すと静馬さんは口の端を吊り上げる。自分の反応が静馬さんの思惑通りなのだろうと思うと、悔しさより苛立ちが勝る思いがして乱暴ににやける唇を奪った。

 随分と立派な旅館を見上げて、溜め息をつく。静馬さんは普段自分の下宿に転がり込むというのに、何故かこの日自分は平塚市内の高級旅館に呼び出された。意味が分からないので無視しても良かったが、その方が後が面倒臭いだろうと思い、手紙で指定された旅館に出向いたのだ。
 旅館に入り受付で名前を告げると部屋に案内される。三階建ての三階の角部屋。上等な広い部屋は一人で通されると持て余す。静馬さんは夕食後夜に合流すると聞いている。宿の都合で自分には早めに入っていてほしいとのことだった。やることもない。用意されてるらしい夕食の時間まで旅館の近くをスケッチしよう、と早速通された部屋を画材を持って出ることにした。
 部屋に戻り用意された夕食を食べても静馬さんな現れなかった。もしや、たまには良い宿で日頃の疲れを癒してほしい、という静馬さんの明後日な方向の心遣いなのだろうか。「可愛い弟にはたまには羽を伸ばしてもらいたいんだよ」という言葉も脳内で再生される。余計なお世話だが、そういうことならば早々に寝て身体を休めるのがこの場の正解だろう。
 まだ眠気はないが布団を敷いて横になる。目を閉じて眠気が忍び寄るのを待っていると外から「入ってよろしいでしょうか」という女性の声がする。部屋を間違えているのだろうか、心配しながら部屋の入り口の襖を開ける。
 そこに立っていたのは若い痩せた小柄な女性だった。おそらく美人と言われるだろう容姿で妙に色気がある。不安そうに自分を見上げているため、やはり部屋を間違えたのだろうと思い、指摘しようとした瞬間、先に女性の口が開いた。
「大崎様でしょうか。今日は精一杯もてなさせてもらいます」
…………私は大崎ですが、貴女のことはお呼びした記憶がありません」
「でもお店から今日この宿で大崎様というお客様をもてなすようにと……
 この食い違いの原因が何処にあるか、すぐに分かってしまった。静馬さんだ。自分が女性経験がないと知り経験させようというろくでもない思い付きなのだろう。しかし、それを受け取るのは自分の良識に反する。この女性は仕事なのだろうが、くだらない思い付きに付き合わせて床を共にするなど不道徳の極みだ。
「すみません、貴女のもてなしは受け入れられません。お店には後で自分から断りを入れます。貴女が叱られることはありませんし、可能なら迷惑料も払います」
 女性は自分の言葉に驚いた様子を見せたが、少し考えた後小さく頷いた。
「分かりました。お客様がそう仰るのなら私は帰ります」
「そうしていただけると有り難いです」
 女性はようやくにこり、と微笑むとくるりと回って出口へと向かう。女性が階段を降りていくのを見送ると、隣の部屋の襖に手をかける。あの人がこんなことを遠くで結果を待っているはずがない。いるとしたら絶対に隣の部屋だ。
 果たして乗り込んだ部屋に静馬さんはいた。肘をついて手で頭を支え隣の自分の部屋に向かって寝転がっている。
「静馬さん!」
「なんか話してたみたいだけど、もしかして追い返しちゃった?」
 静馬さんは薄く笑いながら胡座に座り直してこちらを向く。面白いことを見逃した、とでも言いたそうなその様子にはっきりと自分の中の怒りを認知した。静馬さんに大股で近付き、見下ろしながら言葉を振り下ろす。
「どういうことですか。説明してください」
「女性経験がないってことだからお兄ちゃんが据え膳を用意してあげたんだよ。大崎君は面食いだと思ったから一番大きな店の一番の美人を用意したんだ。もったいないことをするなあ」
 はあ、と静馬さんが態とらしく溜め息をつく。この人は自分が怒っている理由が何も分かっていないようだ。
「余計なお世話です。第一あの女性に対して失礼です」
「彼女はそれが仕事だろうさ。抱かない方が失礼だ。それに女を買うなんて世の多くの男がやっている」
「世間の人間がしていようとも自分には不要ですし不道徳に感じます」
「君がそこまで硬派だとは思わなかったな」
「自分には静馬さんがいるから十分です」
 静馬さんがこちらを探るように見上げて一つの疑問を投げかける。
「俺が居続ければ一生女を抱かないつもり?」
「そのつもりです」
 はっ、と寒々しい笑いを転がして静馬さんは目線を伏せる。
「そうはならないと思うよ。ああそうすると大崎君が女を抱いた感想は俺、聞けないんだな。それは惜しい」
 自分たちの関係が永遠でないことを静馬さんはしばしば軽い調子で告げる。自分もなんとなくそういった予感はあるが、静馬さんには自分とは違う何か明確な根拠があって言っているようだったが、それが何かは自分には分からなかった。
……言いたいことはそれだけですか」
「あの娘を呼ぶために色々苦労した話もあるけど。まあ、断ったならしょうがない。今日は俺でいいよ」
 静馬さんは立ち上がり、同じ目線で自分の頬を撫でる。しばらく静馬さんにされるがままにされた後、頬を撫でていた手を握り、口付ける。仕方ない、といった表情で静馬さんは目を閉じた。自分も目を閉じ閉じられた視界で熱を求めるように静馬さんの体を引き寄せる。自分が生涯で知る体温がこの人のものだけであればいい、そう祈りながら。

「お店には迷惑料を払っておいてください。彼女に不利益が出ないような額を」
「え、俺が払うの?」
「当然です」