来羅
2025-03-07 20:50:20
1153文字
Public サンプル
 

夢十夜サンプル(クロアジ)

S2直後で、クロウリー記憶喪失話。たぶん。

第一夜


 こんな夢を見た。
 よく知る本屋のレジ横の椅子に、全く見知らぬ男が座って本を読んでいる。
 ベージュのベストとトラウザーズ、プラチナゴールドの巻き毛。客ではない。この本屋にはもう客は来ないはずだ。なぜかはわからない。しかし誰だと問うたクロウリーにゆっくりと振り返った男は『男』ではなかった。
「天使がなぜここにいる!」
……ここは私の本屋だし、天国の大使館みたいなものだ」
「嘘だ。ムリエルはどうした」
「ああ、ムリエルのことは知っているのか。私は、ムリエルの友達だ」
「天使は友達なんて作らない」
「私とムリエルは作るんだ」
「ムリエルは」
「今は戻ってるよ、『上』に」
 クロウリーのよく知る天使の真白い姿とは掛け離れた、まるで『人間』みたいな格好をした天使は、かけていた眼鏡を外して静かにデスクに置いた。その動きは物慣れたもので、警戒するクロウリーを全くといっていいほど無視している。気が立っているのは自分ばかりだ。
「私は君の敵じゃない」
「どうだかな」
「敵だったら、とうに君はここに立っていないよ」
 温和な顔で手荒いことを言う天使は見た目に反して短気らしい。その力量の差がわからないクロウリーではないので、顔を顰めるだけに留めておく。荒事は、堕ちる前も後も得意じゃないのだ。
「そんなに警戒しなくても。私は君に何もしない。そうだな……うん、神ではなく、君に誓おう」
 天使は、天使なのに、そんなおかしなことを言って、天使の羽のついたマグカップになみなみと注いだココアを啜った。
……天使でもそんなものを飲むのか?」
「私は飲むんだ」
……おかしな奴だ」
「よく言われる」
 楽しげに笑う天使は、クロウリーを見て眩しげに目を細めた。
「君も飲む?」
「甘いものは好きじゃない」
「コーヒーがあるよ。ワインもあるし、ウイスキーもある」
 どうぞ、と指先を振った天使の視線の先、テーブルにはちょっと飲んでもいいかもしれないと頭を掠めた銘柄のワインがグラスと共に現れる。
 どうしてわかったのだろう。
驚いて天使を見やれば、天使は実に得意気な顔をして笑った。
「君のことはわかるよ、クロウリー」
 名乗った覚えもない。
 それなのに、当然のように名を呼んだ天使は少し寂し気に唇を歪める。それが、なぜか胸をついた。
 知らない天使だ。昔の知り合いでもない。警戒すべきだ。それでも、どうしてもこの天使を突き放せない。
………………飲んでやってもいい」
「本当かい?」
 ありがとう、クロウリー。
 今度の呼び方は柔らかかった。
 ありがとう、なんて。
 天使が悪魔に礼を言うなんて。
「お前はおかしな天使だ」
 呟きに、よく言われるとまた返した天使はやはりどこか寂し気だった。