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来羅
2025-03-07 20:48:34
3464文字
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お隣さんちのたからものサンプル(クロアジ)
大学生クロウリー×社会人アジラフェルの6歳差幼馴染AU。
カッコイイ年下くんはいません。カッコ良くないです。大事なので2回言います。
隣に住むクロウリーは、それはもう可愛い子供だった。
六歳になったばかりのアジラフェルは、生まれたばかりのクロウリーを覗き込み、子供ながらにこの愛しい存在を守っていかなければと決意したものだ。
「じら」
九か月と少し。パパよりもママよりも先にそう呼ばれたときのことなど、昨日のことのように覚えている。あの感動は言葉にならない。世の母親や父親のような感慨を、齢六にしてアジラフェルは知った。
「ジラ」
燃えるような赤毛と、瞳孔が縦に長い金の目を持ったクロウリーは、成長してなお可愛かった。そう本人に言えばカッコイイの方がいいと不貞腐れていたけれども、アジラフェルの目にはやはり可愛い弟分だ。
「ジラ。アジラフェル」
可愛かった。
それはもう、本当に可愛かったのだ。
アジラフェルが都会の大学に進学するために地元を離れることになったとき。クロウリーはまだセカンダリースクールに通っていたのだが、授業が終わるなり走って帰ってきたまま側を離れず、電車の時間ギリギリになっても目に涙をいっぱい溜めてアジラフ
ェルの手を握りしめていた。
時には友のように。時には兄のように。
アジラフェルにとって、クロウリーは大事な大事な宝物だ。
宝物だった。いや、今も宝物なのは変わりないのだけれども。でもこれは。
「
……
うそだ。これは夢だ
……
」
「嘘じゃない。夢でもない」
ジラ。
そう呼ぶ声は低くて甘い。
見上げる先にある顔はサングラスをかけていてもわかる端麗さで、ゆるくハーフアップにまとめた肩までの赤髪を困ったように掻く青年は、長い足を持て余し気味にドアにもたれかかっている。
「会いに来た」
「会いに」
「約束しただろう?」
「やくそく」
「『おれ、おとなになったらジラとけっこんする』」
「!」
「果たしに来た」
あれから六年。
シックス・フォームを終えたばかりの宝物は、その日、とんでもないイケメンになってアジラフェルの前に現れた。
□ □ □
アジラフェルには弱いものが三つある。
ひとつは美味しいもの。甘いものは別腹だ。美味しいものを食べているときの幸せといったら、言葉にならない。
二つめは本。流行りのライトノベルから古書までその範囲は幅広く、本に没頭して徹夜で慌てて大学に行くなどというのはザラにあった。もちろん、今は社会人として少しは自粛できている。徹夜は金曜日だけ。
そして最後の三つめは、その中でも何より大事で、何よりも弱いものだった。ワガママは何でも聞いてあげたくなるし、泣いていればずっと寄り添ってあげたい。笑ってくれれば抱きしめて何でもしてあげたくなる可愛さで、実際、何度も抱きしめてきた。お隣さん家の宝物は、アジラフェル最大の弱点だ。
「
………………
で、つまり?」
無理に帰すこともできずに押し切られたアジラフェルは、居心地の良いはずのリビングルームで、居心地悪く座り直した。
目の前にいるクロウリーは、昔の面影を残しつつも別人のようで落ち着かない。
なにせ、会うのは六年ぶりのことだ。
ずっと手紙やメールでのやり取りは続いていた。昔は電話もよくしていたのだ。けれども大学生になったばかりのアジラフェルの生活と、セカンダリースクールに通うクロウリーの生活はリズムが違いすぎた。またなかなか電話を切ることができず、電話のたびにテンションの乱気流を起こす我が子に痺れを切らした彼の両親によって電話禁止令が出されたために、もう五年は声も聞いていなかった。
とはいえ、アジラフェルとて実家に帰らなかったわけではない。けれどもある年は帰ったらあの宝物に会えると喜び勇んで帰省すれば、クロウリーはその頃夢中になっていた天文クラブの観測旅行でいなかったり、ボーイスカウトのキャンプでいなかったり。またある年は今年こそと実家に連絡すれば、都会に憧れる母の「そちらに行きたい」のひと言で帰省する必要がなくなったり。
たったの六年。されど六年。
ここまで人は成長するのかと、現実逃避したがる頭が感慨深く頷く。
「クロウリー、は、来月から大学生になるってこと?」
「ああ」
「その大学は、私の母校でもあって、こっちに来た?」
「そう」
「聞いてないよ?!」
「大学に行く話はメールした」
「それは、聞いたけど!」
「こっちの大学を受ける条件が、ジラの近くにいることだった。そうしたら、ジラのお母さんが、ジラのフラットに一緒に住めばいいって」
「聞いてない!!」
母さん!! と胸の内で叫べば、昨日の電話でやけに楽しげに笑っていた母の声が浮かんだ。知っていたのだ。知っていて、アジラフェルには黙っていて驚かせようとした。母はそういうところがある。
「
…………
迷惑か?」
少しだけ悲しげに呟いたクロウリーに、胸が痛んだ。
けれども。
「そんなことはない! 急で、びっくりしただけ」
慌てて両手を振れば、意地悪く上がった口角が言質は取ったとばかりににんまりと弧を描いた。
六年間は人を成長させる。
喜怒哀楽を素直に出していた可愛いあの頃と比べて、随分と可愛くない性格になったらしい。それでもやはり宝物は宝物だ。
「ルームメイトを探してるって聞いた」
「そうなんだけど、それも母さんが?」
うん、と頷くクロウリーの長めの前髪が目に掛かり、節くれだった指が鬱陶しそうに払う。なんでもない些細な仕草だった。ただそれだけなのに、そこはかとない色気を感じてどきりとする。
「だ、大学のときの先輩とシェアしてたんだ。その先輩が別の支店に移動になって引っ越すことになってしまって。ここはファミリー向けだから私ひとりでは広すぎるし高すぎるし
……
」
「ジラのフラットなら安心だって」
「クロウリーのお母さんが?」
うん、とまた頷いた拍子にはらりと髪が落ちる。
今度は舌打ちして前髪をかきあげ、乱雑に髪を結び直したクロウリーだったが、やはりそこには妙な色気があった。これは随分とモテることだろう。
顔を見ないでいた間、アジラフェルの中のクロウリーは別れたときの姿のままで止まっている。満面の笑みも、ぼろぼろと涙をこぼす泣き顔も、もう思い出せなくなるくらいに今のクロウリーからは遠い。
けれども、ジラ、とどこか甘えたような呼び方は昔のまま変わらず、胸の奥がザワザワとした。
あの可愛かった子供が、こんなにも格好良く成長するとは。
「
……
まだ夢を見ているようだ」
「何が?」
「いや、なんでもない」
アジラフェルとしてもあの頃と比べれば成長したはずだ。主に横に。だけではなく、中身も、たぶん。
「とりあえず来月からのことは電話で確認するとして、今日は」
「ジラ」
「泊まっていく
……
うん?」
「もし、ジラがほんの少しでも嫌なら、寮を探す」
緊張した顔。金の瞳の瞳孔がきゅっと狭くなる。
アジラフェルが関わるときにのみ見せるその顔は、昔と少しも変わらない。それなのに、急に息苦しさを感じて体が強張る。
そっと伸ばされたクロウリーの手が、アジラフェルの指先に触れた。
「クロウリー、」
「俺が嫌なら、そう言ってほしい」
「っ」
昔、無邪気に繋いだその手は、それ以上に握ることはない。
喘ぐように息を吸い込む。
触れた指先から熱が上ってくる。
『おれ、おとなになったらジラとけっこんする』
子供の他愛ない約束だ。
あのとき、答えた言葉にもたぶん本気はなかった。その言葉の意味も理解してなかっただろうに。
ずっと一緒にいようね、なんて。微笑ましい過去の一ページに過ぎないはずだ。
けれどもそうじゃないと、その眼差しが語る。
こんな顔は、知らない。
見つめあっているの金の瞳が急に怖くなって視線を逸らした。心臓がどくどくと早鐘を打っている。
目の前にいるのはクロウリーであって、クロウリーではない錯覚に眩暈がした。それでもアジラフェルは、なんとか唾を飲み込んで引き攣れた笑みを浮かべる。
「嫌じゃないよ。大人がついてる方が安心なのは確かだ。心許ないかもしれないが、頼りにしてくれ」
わざとらしく胸を叩く。
沈黙は、おそらく一秒にも満たなかっただろう。それが随分と長い時間に感じた。
「
……
ジラ」
小さく笑ったクロウリーが、仕方がないなと言わんばかりに軽く肩を竦める。
「よろしく頼む」
今はそれで、なんていう言葉が聞こえた気がした。
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