人の気も知らないで、そう何度吐き捨ててきたか覚えていない。人は都合のいい情報だけを耳に入れて面白い話ばかり疑うこともせず広めてしまう。所詮他人事だからと笑う彼らに嫌気が差しながらも俺自身何か行動を起こすわけじゃない。そんな自分が誰よりも嫌いだった。
「茶羅田さんって遊んでそうじゃない?」
「なんか軽いよね〜恋人にはちょっと.......」
昔から派手な見た目で色々言われてきたからこれくらいの陰口では何とも思わなくなっていた。好きでやっている格好だ、誰に言われようと気にしない。
そう自分に言い聞かせて彼女達を横目に過ぎる。
「おっチャラ田! 今から帰りか?」
「お疲れ様です」
「なら駅まで一緒に行こうか、ちょうどお前に聞いて欲しい話があるんだよ」
声を掛けてきたのは会社の先輩枯木さんだ。俺が入社した当初はこの人に引くほど怖がられていたのを覚えている。後で理由を聞けば「若い子特有のエネルギッシュさが目に毒だった」らしい。そんな彼と今こうして打ち解けているのには深い、いや奇妙な理由がある。
「.......はぁ二階堂くん本当に最高マジリーダー、叶うなら一生健やかにアイドリッシュセブンで居て欲しい」
「相変わらずッスね」
枯木さんは今をときめく男性アイドルグループアイドリッシュセブンのリーダー、二階堂大和の熱烈なファンらしい。以前そのことで俺にアドバイスを求めたのをきっかけにこうして良き先輩後輩仲を築けている。
正直彼の二階堂語りは長いし熱いしキショいと思っているが、周りの目なんて一切気にせず好きな人のことを話している姿は見ていて悪いものじゃない。
元の枯れきった彼を知っているからこそ、今が楽しそうならいいかとつい聞き役に回ってしまうのだ。
「でもアイドルってそんなにいいものですか?」
俺は他人に熱中したことがないので分からない。そう聞けば枯木さんは何故かドヤ顔で言い切った。
「彼らはね、こんなおっさんにも夢を見せてくれるんだよ」
「枯木さんすげぇ寒いっす」
「言わせといてそれ!?」
それがどれだけ凄いことなのか当事者じゃない俺には想像も出来ないのが少しだけ残念だった。
別に枯木さんが羨ましかったわけではないが何となくそういう気分でアイドルについて調べてみることに。
本当に最初は軽い気持ちだった。枯木さんが好きになれたものと同じものを俺が好きになれるとは限らない、ただ彼が言っていた夢を俺も少しだけ見てみたくなっただけだ。
タイミングよくTRIGGERというアイドルグループがライブ映像の無料公開をしていたので覗いてみる。
「TRIGGERって確か前にテレビで騒がれてたよな?」
詳しくは知らないが有名な八乙女事務所から独立してインディーズに戻った話はネットで見かけたことがある。まぁよくある事務所とのトラブルだろ。
周りがどうこうなんて関係ない、俺が見たいのは憶測だらけの話題ではなく彼ら本人だ。
「.......すげぇカッコイイ!!」
何だこれ、何でこんなに興奮してるんだ俺。
湧き上がる歓声の中で登場した彼らに目を奪われる。揺れるペンライト、場を包み込む圧倒的な歌唱力、割れるような大喝采。
会場にいる全員がTRIGGERのライブを楽しんでいる。画面越しでも伝わってくる高揚感に俺まで汗が出てきた。
どうすればこんなにも熱量のあるライブが作れるんだ。
センター九条天の完璧なパフォーマンス、十龍之介のワイルドなダンス、八乙女楽の目を惹く華やかさ。
これがTRIGGERなんだ!!
ライブ映像が終わってもまだ心臓がうるさい。
凄いものを見てしまった、俺はとんでもない経験をしてしまったんだ。
この感動を誰かに伝えたい衝動に駆られる。
彼らを、TRIGGERをもっとよく知りたい。
きっと皆が俺と同じように彼らの良さを理解しているはずだから.......。
目に映ったサイトの文字が霞んで何度読み返しても頭に入ってこなかった。TRIGGERが八乙女事務所を抜けた理由、彼らが世間から非難されている事件、何よりもステージにTRIGGERが立っていない現場を想像して背筋が凍った。
「何でだよ、何で.......」
何故あれだけ素晴らしいものを見せてくれた彼らが叩かれなくてはいけなくなったんだろう。どうして頑張っている彼らにそんな言葉が投げられるんだ。
悔しくてたまらない。自分の好きなものを心ない赤の他人に土足で踏みにじられた気分だ。
「くそっ!! 人の気も知らないで.......」
いや違う。知らないのはきっと俺も同じなんだ。
TRIGGERに本当は何があったのか、彼らがこれからどうなるのか俺は何も知らない。今まで知ろうともしなかった。
それでも夢を見させて欲しいと願うのは俺のわがままなんだろうか。
TRIGGERは終わったなんて短い書き込みに揺れている自分が居た。
俺なんてまだファンとも言えない。
ここで引き返せば俺はこれから彼らがどんなにつらい目にあっても知らないふりが出来る。
TRIGGERが二度と夢を見させてくれなくても簡単に諦めがつく、ならその方が苦しくない。
「.......でも信じてみたいんだよな」
あのライブ映像に心が奪われた、その幸せな気持ちを捨てるなんて出来ないししたくなかった。
「へぇ〜チャラ田はTRIGGERが好きなのか」
行きつけの居酒屋で仕事終わりの酒を交わしながら俺は枯木さんに今の気持ちを打ち明けた。
「はい、今色々言われてるみたいっスけどそれで俺はも好きなんで」
「アイドリッシュセブンも負けてないけどな!」
あれからTRIGGERと名のつくものは集められるだけ集めた。CDもライブのDVDもグッズも、歴の長いファンには敵わないかもしれないが熱意だけなら俺だって負けない。
今のところは箱推しだけどリーダーの八乙女にはどこか親近感が湧くんだよなぁ。アイドルとしての八乙女はあくまでクールだが知っていくうちに中身は熱い男なんだというギャップに不覚にもときめいてしまう。
今度TRIGGERのカウントダウンライブにも行くつもりだ。激戦区の中で神が俺に味方してくれたらしい。一生分の運を使い果たした気分だ、死んでも行く、どうせ死ぬならライブで尊死したい。
「今なら枯木さんのキショい言動もすげぇ分かります」
「えっそんなに俺気持ち悪い?」
「自覚なかったんですか」
自分の語彙力のなさをもどかしく思う日が来るなんて考えてもいなかった。
誰に何を言われていても関係ない。俺は俺を感動させてくれた彼らを信じるだけだ。
「俺の知ってるTRIGGERはすげぇカッコイイんで、絶対俺たちファンを泣かせたままになんてしませんよ」
泣いている人の涙を拭ってこそ男ってもんだ。
「ではアイドリッシュセブンとTRIGGERのこれからの活躍に乾杯!」
枯木さんがそうグラスを掲げた時だった。
『以上がミュージカル「クレセント・ウルフ」の概要になります』
「ちゃ、チャラ田! テレビにTRIGGERが!!」
『三日月狼役の八乙女楽さん.......プレッシャーはありますか?』
流れてくる言葉に耳を疑った。
TRIGGERが舞台ミュージカルに出演? しかも演目はあの有名な三日月狼.......。突然のことに声が出ない。呆然とテレビを見つめ続ければ記者が八乙女に対して失礼な質問を投げかけた。
彼らが売名の為にこのミュージカルを利用している、そう世間に印象づけたいのが明らかな発言。
でも八乙女は堂々とそれに自分の答えを返した。
──俺たちは俺たちらしく居ただけです。
何でTRIGGERがこんな目に合わなければいけないのか、誰が彼らに何をしたのか、ずっと胸につかえていたわだかまりが解けていく。
自分を信じている人の為に、自分自身を好きでいる為に絶対逃げ出さないと誓う彼がそこにいた。
インタビューが終わりTRIGGERの曲が流れ出す。
三日月狼の、TRIGGERの為の新曲だ。
「TRIGGERもかっこいいな」
それ以上は堪えきれなかった。
「良かった.......よがっだぁああ」
ポロポロと頬を伝う涙が止まらない。大の大人が恥も外聞もなく泣いてしまった。枯木さんに背中を摩られながら何度も何度も酒を煽った。
「ありがとう、TRIGGERありがとう」
その歌を届けてくれてありがとう、夢を見させてくれてありがとう。
「良かったなチャラ田! すみません箱ティッシュ下さい!!」
「.......タオルも下さい」
初めて信じ続けた自分を好きになれた。
季節は変わり日差しの強い夏になった。蒸し暑さで息をするのすら大変だ。
「枯木〜! 今日飲みに行かな」
「行かないっす、すげぇ大事な用事があるんで」
「.......あぁ、明日八乙女楽の誕生日だったな」
何を隠そう8月16日は俺の最推し八乙女楽の誕生日。あの記者会見ですっかり八乙女の女(八乙女ファンは皆こう呼ばれる)になってしまった俺にとっては今夜が宴なのだ。
「日付変わったと同時に八乙女のラビチューブ上がるんで絶対見逃せないんです」
ネクストRe:valeの企画で12人のアイドルがラビチューブクリエイターに挑戦するという神動画が更新される。
「なら一緒に観よう! 観た後絶対誰かと共有したくなるからさ」
「経験者は語るってやつですか」
「その節はすみませんでした」
枯木さんは二階堂の誕生日で更新されたラビチューブを観た後、俺に電話してきて深夜にも関わらず永遠「何か色々ヤバかった」と語っていた前科がある。その詫びのつもりなんだろう。
「いいっすけど俺枯木さんに負けないくらいキショくなりますよ?」
「いいよ! 気持ち悪いだけなら別にいいって言ってくれたの君だしね」
相当根に持ってるな。
「じゃあ時間までいかに八乙女楽が男前か枯木さんに教えてやりますよ」
「えっは!? 無理何やってんだよ八乙女! 最後ズルいだろ.......ダメだ面白すぎて内容入ってこなかったもう一回」
「また観るの!? もう八周目だよ?」
「仕方ねぇじゃないですか、八乙女がまた来いって呼んでるんですから!!」
はぁ.......なんでこんなにかっこいいんだよ、好きだ抱いてくれ。
「八乙女楽誕生日おめでとうー!!」
「それも何回言うの!?」
何回でも叫びたい。八乙女楽、生まれてきてくれてありがとう。
あんたのおかげで俺は今も夢を見れてるよ。
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