塚口
2020-05-15 08:25:31
3995文字
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二階堂大和に騙されたい

二階堂大和のファンになってしまったオッサンの話。

連勤続きで鞭打たれた体はとっくに限界なんて超えていた。疲労を誤魔化すように酒を流し込む。
「あ〜疲れたなぁ。ったく会社はブラックだし新人は何かチャラくて怖いしもうヤダ.......」
相槌を打ってくれる相手もいないのに思わず零れたのはありきたりな愚痴ばかり。ヤダって三十路のオッサンが言うと本当に気持ち悪いな。外では絶対言わないようにしよう。そんな反省と戒めを込めてもう一杯酒をあおった。

何となくつけたテレビには再放送らしいドラマが流れている。最近の有名人は皆顔が同じに見えるから困るんだよな、なんて同僚に言ったら老化だと嘲笑われたのを思い出し酒が苦く感じた。
「俺毎日毎日何してんだろ」
仕事から帰って疲れては寝てまた仕事。自分の生活に潤いなんてものはなく、先日振られた彼女からは「あんた枯れてきて水やり面倒だから無理」と一言ラビチャがきて以降連絡も取れない。何だこれ、つらい。
滲んできた目元を拭う。今日はもう早く寝てしまおう。憂鬱なんて言ってる暇があるなら寝たい。

何もかもがつまらない、誰でもいい、誰か俺を。

「笑わせてくれよ」
自分の本音が見透かされたようなセリフにハッとして画面へ目をやった。

画面の向こうでゾッとする程綺麗な顔で泣いている男がいた。レンズ越しに憎むべき誰かを捕らえて離さない、その表情からは憎悪と嫌悪、いいようのない復讐心だけでなく悲しさが滲んでは消えていった。

悲しい復讐の物語り。そう謳ったドラマだって事しか知らない。
画面から男が外れるとタイトルコールが流れ出す。
「ネメシス、か」
一時期話題になっていたが仕事で忙殺されて見ていなかった。再放送で見れるとは.......。いやそれよりも何ださっきの俳優。
芯から冷えるような演技、整った顔立ちが崩れる度に心臓を掴まれたような緊張感が走る。随分おっかない若手がいたものだ。
さっきの泣き顔が頭から離れなくてその俳優について調べて見る。快適インターネットはこういう時便利だな、うん?

「えっ、あの人俳優じゃなくてアイドルなのか!?」
だ、騙された!!


二階堂大和、アイドリッシュセブンというアイドルグループのリーダーにして最年長。22歳でメンバーからオッサンって呼ばれてるのか、親近感湧くな〜。アイドリッシュセブンの名前だけは知っていたが元々アイドルに興味なんてなかったし何より男性アイドルグループにここまでハマる日がくるなんて想像すらしてなかった。

そう、俺は見事に二階堂大和のファンになってしまったらしい。最初は興味本位でネメシスのBlu-rayボックスを買い漁り、二階堂大和が出演した番組・ドラマ・ライブ映像は全て入手した。それでもアイドルの二階堂大和を好きというよりはただ本人の演技に惹かれただけだと言い訳が立っていたんだが.......。

「メンバーにキャラ弁作ったって.......本当にそういうところだぞ二階堂くん!!」
最近では二階堂大和が年の離れた弟にしか見えなくてつらい。数億年ぶりぐらいにラビッターのアカウントを作り即フォローした。(ちなみにアカウント名は緑の眼鏡お兄さん崇拝信者だ)
そこから芋ずる式にアイドリッシュセブンのメンバー全員をフォロー、流れるような手際で関連アイドルグループもフォローした。TRIGGERとRe:valeという大御所アイドルもチェック済みだ。
何が起きたのか正直自分でもよく分からない。気づいたら生活の一部に二階堂大和が居て、彼のことを考える度枯れていた心が潤いだしたのだ。

騙された、二階堂大和がここまで人を虜にする存在だなんて知らなかった.......。

「枯木さん、大丈夫っすか?」
蒼白な顔で声をかけてきたのは新人のチャラ田(茶羅田)だ。見た目からしてナウでヤングなパリピなので若干苦手意識がある。若い子特有のエネルギッシュさが怖い。
「最近休憩中はスマホ見ながらずっと怖い顔で唸ったり騙されたって呟いてますよね。部署内で枯木さんまた変な女に引っかかったって噂になってますよ」
またとか言うな。

「心配かけて悪かったな、大丈夫だ。大したことじゃない」
ただこの歳になって本気で男アイドルにどハマりした挙句騙されることに快感を得ているだけだから放っておいてほしい。
「そうっすか? ならいいですけど」
「なぁチャラ田、これは友達の話なんだが」
おいその「枯木さん友達いたんですか?」って顔やめろ。
「その友達が最近とある芸能人に興味持ったらしくてその人のこと四六時中考えて、出演番組全部観てその人のラビッターストーカーみたいに監視してるんだけど.......どう思う?」
「気持ち悪いっすね」
だ、だよな.......。それに同性だし、俺変なのかな、こんなオッサンに好かれて二階堂大和もドン引きしたらどうしよう。

「気持ち悪いけど、別にいいんじゃないですか?」
「えっ?」
「だって気持ち悪いだけなんで誰にも迷惑かけてないでしょ。その芸能人に迷惑行為したとか他のファンに変なこと言ったとかならダメだなって思いますけど、今はただ気持ち悪いファンですよ、悪くないっす」
「気持ち悪いって時点でダメじゃ.......」

「そんななりふり構ってられないくらい好きってことでしょ? 俺はいいと思いますけどね」

好き? こんなオッサンが二階堂大和を?

いいのだろうか、本当に。
彼のメンバー想いなところや意外と熱血漢な一面に心を動かされたり、二階堂大和じゃない誰かを演じている姿を繰り返し目に焼き付ける程の行為は本当に許されるものなのだろうか。
「気持ち悪くてもいいのか」
「まぁ結局どう思われるかなんて本人にしか分からないんで俺も結構勝手なこと言ってますけどね」
そう言ってからチャラ田は声をひそめながら俺にこう零した。
「枯木さん最近急に笑いだしたり真顔になったり気持ち悪いっすけど」
うっ、そんな正直に言うなよ。そう返事する前に続けられる。

「前より楽しそうに見えてるんで、何か知らねぇけど良かったっすね」
「チャラ田.......」
「あと俺茶羅田です」


チャラ田に励まされ、俺は勇気を振り絞った。

アイドリッシュセブンの握手会に行くことを決意したのだ!

会場には予想していた通り女性ファンがほとんどだった。二階堂大和の列に並び緊張しながら自分が浮いてないかという不安に駆られる。
チャラ田アドバイスで私服は普段より清潔感重視のものを選んだけど大丈夫だろうか?
手汗で二階堂くんに不快な思いさせたらどうしよう。
「えっこのおっさんキモイ」とか思われたら軽く3回転生して死ねる。

どんどん自分の順番が近づいてくる。今日この日の為に脳内予行練習は何度もした、けど俺あがり症なんだよなぁ!!
「次の方」
「ひゃい!」
上擦った声を出してしまい、恥ずかしさから俯きながら手を差し出す。
緊張で震えた手が優しく包み込まれた。
「初めまして、ですよね? 男性ファンが来てくれること少ないからすげぇ嬉しいです」
心地の良い低音に顔を上げるとそこには俺だけに笑顔を向けた推しがいた。

あ、本物だ。

最初に思ったのはそれだけで、次第に実感が湧いて熱いものが胸に込み上げてくる。

「ネメシスからファンになりました、二階堂くんの演技力とかダンスとか歌とか全部好きです。二階堂くんのおかげでどんな仕事も頑張れます。アイドリッシュセブンでいてくれてありがとうございます」
何度も詰まりながらやっと声になった言葉は一ヶ月間考え続けていたものとは全然違った拙いもので、それでもどうしても伝えたかったんだ。

二階堂大和は俺の言葉に何か思ったらしく頬を緩めて笑い返した。
「俺の方こそありがとう。仕事頑張って下さい、倒れないよう程々に、ね?」
ネメシスで見た悪い笑顔。あぁこの瞬間を生きていて良かった。
心からそう思えた。


その帰り道はよく覚えていない。

家に着いたら二階堂大和グッズがダンボール一箱分の量増えていたことだけは確かだ。あと何かいい匂いした気がする。







「二階堂くんのラビッター更新まだかな〜」
「枯木さん最近肌ツヤいいっすね。恋ってやつですか?」
「恋ってか愛だよ」
「キッショ」
「おい」
握手会後、俺はチャラ田に二階堂ファンであることを打ち明けた。何故か色々察していたらしい彼は軽く「知ってたッスよ」と受け流し時々話を聞いてくれるまでの仲になった。
「チャラ田、こんなオッサンのオタク話聞いてくれるなんてお前結構良い奴だよな。初対面でパリピ族だからって怖がってゴメン」
「パリピは種族じゃねぇっす。まぁ正直枯木さんが男性アイドルにハマるとは思ってませんでしたけど.......この前TRIGGERのライブ映像見たら俺も何となくだけどその気持ち分かったんで」
「マジ!? ほらその調子でアイドリッシュセブンの沼来いよ、布教してやる」
「枯木さん若者言葉全然知らねぇのにオタク用語の習得早いっすね、流石っす」
憧れるなよと返せばそこまでじゃないと冷たくあしらわれた。

「あれ? 二階堂くんがラビッターのトレンド入りしてる」
えっなんで? なんかイベントあったっけ?
怖い怖い。炎上騒ぎとかだったらどうしよう。まさか結婚報告!? いやお父さんそういうのまだ早いと思うよ? でも君が本当に幸せなら応援するけどね。
そんな気持ちで頭がいっぱいになりながら二階堂大和で検索する。


「無理.......尊い」
「か、枯木さーん!?」
スマホの画面に写っているのはうさ耳パーカを着たあざと可愛い二階堂大和、知らなかった、君可愛い枠だったのか。

あぁ、今日もまた二階堂大和に騙されている。