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壇上ゼロ距離カレシ面
Heartは実力派のダンス&ボーカルグループだ。
総勢21人という大所帯ながら、メインボーカルのトラファルガー・ローのカリスマ性を筆頭にパフォーマーひとりひとりの個性際立つ今話題騒然の大型新人アイドルグループである。
Heartが人気なのはパフォーマンスだけではなく、アイドルという職業に対して、勤勉で誠実。公私共に、どんな場面でも自身が求められているアイドルとしての顔を崩すことなく、パブリックイメージそのままの偶像に徹していることにもある。
デビューして一年、ゴシップなんて全くない。
ファンへも常に節度ある行動と、ライブはステージを見ることに専念して欲しいと、暗に過度な装飾物の持ち込みを自重するように呼びかけた。だからデビュー前からの古参のファンほどレス目当てのうちわは持たないし、持っているファンは “新規” のレッテルを押された。
グループ単独ツアーの最終日。
全ての公演を無事に完走し、メンバー全員が集まった控え室は、冷めやらぬ熱気に満ちていた。
今日の公演の反省会は、会場を出た別の場所で行われるため、メンバーはこれからシャワーを浴びて私服に着替え、撤収しなければならない。しかし、誰もがこの高揚感と興奮を手放すことを惜しみ、いまだ賑わいの中で余韻に浸っていた。
「それにしても、今日一番の事件はアレだな」
「あぁ、ペンギンのやらかし」
「いつもの」
「ちょっとキャプテンからもなんとか言ってくださいよ」
「ペンギン、『そういう』営業方針でいくんなら、上にちゃんと許可とるが」
「営業って。他に言い方ありません?」
「お前、いつかシャチの担当に刺されるぞ」
「はははっ。そんなヤワじゃないですよ、おれ」
ローの小言にも調子のいいことを言うペンギンにウニとクリオネは呆れた顔で、はいはいと流す。それもいつもの風景だった。Heartのリーダーでありメンバーからキャプテンと呼ばれているローが苦い顔で続けた。
「そういうのが好きなファンは一定数いるが、サービスの範囲で収めろ。やり過ぎるなよ」
「いやァ、シャチかわいいなって思ったらいつもの癖でつい。あ、でもカメラはギリ抜けない角度でしたし、おれとシャチの絡みに歓声上がったしちゃんとファンサにもなったし、結果オーライじゃないですか」
「あれはファンサだったのか?」
「シャチ宛のウチワに書いてありましたよ。『ハグして』と『キスして』って」
それを聞いたクリオネがうげぇっと顔を顰めた。
「今日ウチワ掲げてるファンなんていたの?」
ウニは反対に愉快そうに目尻を下げた。
「それ見つけるのシャチじゃなくてペンギンなのウケる」
Heartのコンサートでウチワでファンサを求めるファンは少ない。コンサートにおいてパフォーマンスの完成度にこだわっているため個別のサービスはしないからだ。
「いつどこで誰にして欲しいのかまでは、書いてなかなったもん」
ペンギンはわざとらしく口をへの字に曲げてむっとして見せる。それを聞いたベポが、同じようにむぅっと膨れて咎めるような声を出す。
「ペンギンほど “だもん” が似合わないアイドルいないよ〜」
「そりゃあベポには敵わないけど、たまに舌とか出すと “かわいい!” って言われるもん」
顎の下で手をグーにしてふざけているペンギンに室内はやれやれとした空気になり、ローの方に視線が集まる。なんとか言ってくれ、リーダー。との願いを込めて。とは言え、同期でありリーダーのローの言葉もさして響いた様子はなく、最初にこの話題を反省会の題材として出したウニとクリオネもすでに着替えに集中している。
「おれたちのは営業じゃなくて本気だからなァ」
「メンバー同士で恋愛関係になってるアイドルを推すモノ好きもいないだろう」
いつもであればペンギンの悪戯や悪ふざけにも寛容なメンバーだが、事務所歴はペンギンよりも短いが年齢が上の人間として、真っ当な大人代表のジャンバールが形ばかりの指摘を口にした。
シャチも、と向けられたジャンバールの視線で、シャチはライブ後半の事件を思い返す。
あれは、長く時間を取った最後のMCを終えて、アンコール二曲目の間奏中だった。
前から十列目の「ハグして」と、十二列目の「キスして」、どちらも自分のメンバーカラーのうちわだった。大きさも高さもマナーを守れていない。愛情表現なのか自己顕示欲の高さなのか不明だが、明らかに周りに迷惑をかけているその存在が嫌でも目に入った。そんな最中に、シャチはペンギンの視線に気づいた。深くキャップを被っていて近づかないと覗けないその瞳が。フォーメーションの移動でセンターを通り抜けてペンギンが居る方へはけたシャチは、そこからペンギンの後ろに移動して、間奏後の歌唱に備える予定だった。
間近でかち合ったペンギンの目は、まるでスポットライトのようにキラキラ真っ直ぐにシャチのことを照らすように煌めいていた。その瞳は眩しくて逸らして楽になりたいと思うほど鮮烈で、シャチは思わず少しだけ目を細めた。そのタイミングで、大きく口角を上げたペンギンがぐっと距離を詰めてきた。マイクを持った手で器用にシャチの腰を抱き寄せ、反対の手で顎を持ち上げる。そして、シャチが何か言葉を発する間も無く、ペンギンと唇が一瞬だけ触れ合った。
会場に響き渡る大歓声と悲鳴で、ステージも空気も大きく揺れた。そのときシャチは、ゼロ距離に居るペンギンの澄んだ瞳の中に、頬を緩めた到底アイドルではない顔をした自分が映るのを見た。目元が透ける程度のライトブラウンのサングラスでは心許なく、しまったと思った。それでも無情にも間奏が終わり、眩しく光輝くペンライトの波に立ち向かう。ふわふわとした頭の中を一瞬で切り替えて。アイドルとして。
そして、スポットライトを独占して、シャチが歌い出だしたものは、狙っていたかのような恋の唄だった。
「ねぇ、シャチは俺とのハグとチュー、嫌?」
着替えながらもお互いの髪を拭いたり、手を繋いだりと身体の一部を常に触れ合っているいつもの光景を繰り広げながらペンギンがシャチに聞いた。
「嫌じゃねーけど直前まで自分に向けて愛してるだの好きだの歌ってた推しが、間奏中にメンバーとキスしてたらペンギンのファンは嫌なんじゃねーの?」
シャチの言葉に振り返ったのはペンギンではなくウニとクリオネだった。
「シャチが気にするのそこなの!? 」
「アイドルなんて嘘ついてなんぼだけど、愛してる、の言葉にこんな重みのない男、他にいねーよ。ペンギン坦は世界で一番それを“
理解してる” 訓練されたファンだわ」
「そうそう、どっちかってーとルール無視してまでシャチに “認知” されたいやつの方がヤバい」
「ははっ、おれがシャチに言う “愛してる” だけはマジだけどな」
「このタイミングで何言ってんのおまえ」
「確かに後方彼氏面じゃなくて最前どセンターどころか、壇上ゼロ距離カレシ面だもんなペンギンは」
たたみかける息のあったウニとクリオネの猛攻にペンギンはやや照れながら頬を掻いた。
「お褒めいただきましてありがとう?」
「まァ、彼氏には違いねーしな」
「褒めてねーよ!!照れるなペンギン!!認めるなシャチ!!」
クリオネの盛大なツッコミにもふたりはまったく意に介しておらず、相変わらずにくっついてイチャイチャしているものだからローは頭を抱えた。
これは本気で営業方針なり新たな自グループの方向性なりをセルフプロデュースする必要があるのではないかと思い至った。
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