みずあめ
2025-03-04 19:04:53
2560文字
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ゆづあい


「おはようございます、逢さん」
笑い声混じりでそう呼びかけて、俺は布団から飛び出すふわふわの黒髪を優しく撫でた。布団の塊がもぞもぞと動きゆっくりと顔が出てくると、眩しそうに目を細めた逢さんが掠れた声で「ゆづる……?」と呟く。
「はい、由鶴です。合鍵で入らせていただきました。二日酔いの具合はどうですか?」
…………それなりだ」
「ふふ。来る途中にカフェラテとサンドイッチを買ってきましたけど、食べられそうですか? まだ、もう少し寝る?」
……
甘やかしたいって感情を隠すことなく逢さんの頭を撫でながらそう聞けば、逢さんはまだ眠たそうな目をゆっくりと瞬かせて数十秒黙り込み、俺の質問に答えることなく布団から腕を出して俺の手を掴んだ。寝起きの温かい手に触れられて、俺もじわりと体温を上げる。
「まだ、もうすこし」
「今日の予定は?」
「ない。しらない」
「もう……。仕事関連は何もないはずですけど、プライベートでのお約束はありませんか?」
「由鶴以外で?」
「俺以外で」
……ない、と、思う。…………頭痛い……
「お水だけ持ってきます。手、一度離していただけますか?」
「戻ってくるか?」
「あなたのお水を取りに行くんですから、ちゃんと戻ってきますよ」
……
「いい子で待ってて」
二日酔いと寝起きのダブルパンチで頭が回っていないらしい逢さんは手を掴んだまま拗ねた顔で俺を見上げた。きっと俺にだけ見せてくれるその可愛らしい表情に笑みを溢し、俺は背中を丸めて逢さんのこめかみにキスを落とす。ちゅっと鳴らしたリップ音が響いて、至近距離で視線を交わした逢さんの瞳がとろりと緩んだ。
それ以上を求められる前に俺は逢さんの手をほどき、ベッドから立ち上がって彼と距離を取った。逢さんはつんと唇を尖らせて枕に頬を埋め、甘えた声で「はやく」と呟く。二日酔いであまり体調の良くない恋人に無理をさせたくはないのに、朝の逢さんはあまりに無防備で魅惑的だ。自分に言い聞かせるように「すぐにお水持ってきますね」と言って後ろ髪を引かれながら寝室を出た。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ついでに軽く中身を見てお昼ごはんに作れそうなものを頭の中で組み立てる。元々今日は来る約束をしていなかったのに冷蔵庫の中にはしっかり食材が入っていた。昨日あまり酔わずに済んだら自炊をする予定だったのかな。逢さんの作ってくれるごはんも好きだから、今度体調が良さそうな時にねだってみよう。
寝室に戻ると逢さんは布団の中で横になったままこちらを向いていた。手を伸ばされたからペットボトルを渡せば、ふっと笑ってその手はペットボトルを持つ俺の手を掴んだ。もう離すつもりがなさそうな力強さに朝から心臓が高鳴る。
「俺が待ってたのは水じゃなくて由鶴だ」
……二日酔いにはお水の方が効くと思いますよ?」
「どうかな。由鶴がいてくれた方が、俺は良いと思うけど」
……体調は?」
「それなりだ。もう少ししたら良くなる」
「それじゃあお水を飲んでもう一眠りしてください。俺はその間に」
「由鶴も、一緒に」
……
「ん。ここ、おいで」
逢さんはそう言いながら片手で布団を持ち上げて、俺のことを掴んでいる手をくいっと軽く引き寄せた。ごはんを作るのも、部屋を片付けるのも、今日のうちに考えておきたい仕事のことだって、今の俺に逢さんより優先したいものは一つもない。
二日酔いで大変だろうから少し顔を出して逢さんが過ごしやすいようにしてあげたいと、本当にそう思って来たのに、俺は彼の誘惑に負けて手を引かれるまま布団の中へ入り込んだ。ベッドの端に寝転んだ俺を逢さんは強引に引き寄せてすっぽり腕の中に閉じ込める。わっと小さく声を上げて逢さんと目を合わせた途端、すぐに唇を塞がれて俺の冷たい足先に逢さんの足が絡んだ。心臓の音が、耳の奥で大きく響く。
「んんっ、あ、い、さん……っ、だめ、寝るんでしょう……?」
「俺は一言も寝るなんて言ってない」
「え? でも……えっと、まだ体調が良くないんじゃ」
「こんなのすぐ治る。せっかく朝から由鶴がいるのに二度寝なんてしてられるか」
「っ……、まって、わかっ、た……わかりましたから……! この手、すこしだけ離して? 俺も逢さんにさわりたい」
……ん」
逢さんはちゅっとリップ音を立てて唇を離してから俺の体を抱きしめていた腕を上げてくれた。自由になった腕を動かして俺も逢さんに触れるため手を伸ばす。カーテン越しの柔らかな朝日に照らされる逢さんの輪郭をなぞって首筋まで指を這わせば、逢さんは期待するように目を細めた。
「本当に体調は悪くないんですね?」
「ん」
……一応言っておくと、最初からこんなつもりで来たわけじゃなくて、二日酔いが心配だったから様子を見るために来たんですよ」
「休みの日に恋人に会って、何もしないで帰るつもりだったって?」
「それは……、逢さんの体調が悪ければ、そのつもりで」
「寝込みを襲うくらいの貪欲さをたまには見せてくれてもいいんだが」
……
「優しい由鶴も、もちろん」
好きだと、言葉にしなくても伝わってくる笑みを浮かべて逢さんは俺にキスをした。
自分でも見ないようにしている心の奥のどろどろとした汚い感情を、逢さんにだけは見せたくないのに、逢さんはそれを見せてほしいと言う。腕の中に閉じ込めて俺のことしか見えないように抱いている時、満たされたような瞳をして俺を見つめることも知っている。
それでも俺は、逢さんのことを他の誰よりもいちばん大切に愛したい。温かくて優しい愛情だけをたっぷりと注ぎたい。逢さんの心を、俺の愛で満たしたい。
「ごめんなさい、逢さん。あなたの好みの俺になりたいんですけど、今日はただあなたのことをたくさん甘やかして優しくしたいんです。いいですか?」
……だめなわけないだろう」
あまく唇に吸いついた逢さんはとろけた瞳で俺を見つめる。触れたところからひとつになっていけばいいのに、と夢のようなことを考えながら俺もキスを返し、布団の中で逢さんの服を捲り上げた。
太陽はすっかり昇って部屋の中を明るく照らしているけれど、今日はお休みだから、まだ、二人きりで朝寝坊させて。