moto
2024-09-19 20:51:27
945文字
Public
 

いつものところに帰る道

さまささワンドロワンライお題「平常心」


夢見が悪かった。悪夢はかつて左馬刻を打ちのめしたものばかりだった。すべてを受け入れて生きていても、それでもまだ何度も何度も、左馬刻をこれでもかと打ちのめし、うなされ全身汗まみれで目を覚ます。シャワーを浴びて一服する。ゆっくりと一本煙草を吸いきって、朝食の準備にとりかかる。こういう時こそ手間をかけるのがいい。たまねぎを刻み、大根の皮を丁寧に剥く。出汁からとった味噌汁に豆腐も入れて、土鍋で米を炊く。だし巻きは多めに卵を使って随分と大きくなった。炊きたてのご飯で握り飯を作り、ひとつはほぐした梅干しを、もうひとつには昆布を入れる。大きな海苔で巻き、皿と箸を並べたところで、おはよお、と簓が起きてきた。食卓を見渡して「今日はおにぎりや!」と笑顔になる。二人で手を合わせて朝食をとる。自分で作ったものだから美味いのはよくわかっているが、目の前でひとくち食べるたびに簓が美味い〜!と大騒ぎするので、うるせえよと口では言うのだが、顔はきっと緩んでいる。美味い飯、他愛のない会話でざわついた心がゆるやかに凪いでゆくのを感じる。
 梅干しのすっぱさに顔全体をすぼめた後、味噌汁を啜り、もうひとつのおにぎりを手にして、簓が「今日めっちゃおもしろい夢見てん」とすでに吹き出しながら話し始める。聞けば、左馬刻がトドと戦い、いい線をいっていたが結局負けたということだった。さすが夢である。意味がわからない。簓にもどういう経緯で左馬刻とトドが戦うことになったかはわからなかったが、とにかく激闘だったと言う。
「んだよそれ、完全に昨日寝る前に見たテレビのせいだろうが」
「それな!あの水族館のトドでかいなー!と思ったら夢の中で左馬刻と戦っとった」
 最後はトドの大きなヒレにビンタされて終わったそうだ。その光景は夢を見た簓にしかわからず、思い出しては大笑いしている。
 過去に打ちのめされていた左馬刻の隣で、簓の夢の中では同じ左馬刻がトドと戦っていた。左馬刻はなんだよそれと吹き出した。
「夢の中ぐらいトドに勝てよ」
「果敢に攻めよったけどな」
「次は俺様が勝つ」
「さすがサマトキサマや!」
 賑やかに朝食を終える。片付けをしてコーヒーを入れる頃には、悪夢はトドに変わっていて、しみじみと恐れ入るのだった。