moto
2023-12-02 23:20:48
2008文字
Public
 

100人目のおめでとう

さまささワンドロワンライ「足音」「手袋」「テーマパーク」

よく出来た部下は、目的地を伝えても表情ひとつ変えることなく、余計な詮索もせず、時間通りにただ黙って左馬刻をその場所まで連れて行った。車が立ち去り、左馬刻はサングラスをかけ直す。某テーマパークの最寄り駅からは人がどっと溢れ出てきた。この駅から皆が向かう先はもちろんそのテーマパークであり、左馬刻も同じ目的地に向かうべく足を踏み出した。人混みの中、普段と同じ格好でサングラスをかけている。この場ではやけに目立っていた。しかも何かのオーラを感じ取っているのか、勝手に人混みは左馬刻を避けて道を開けていく。混雑の割に悠々と待ち合わせ場所に着いたが、まだ待ち人は来ていないようだ。煙草を吸おうと取り出したところで、近くにいた明らかにテーマパークを楽しみますという身なりをした人物にこらー!と声をかけられて、ぎゅっと顔を顰めて威嚇するためのドスの効いた声を出す。
「あ?ンだてめえ」
「ここは禁煙やアホ!」
 クマの被り物のような帽子をかぶって耳の着いたヘンテコな形のサングラスをかけた男から簓の声がする。驚いている左馬刻から煙草を取り上げて、斜めがけしていたキャラの顔をしたポーチに詰め込んでいる。
「簓?」
「そうやで!」
「なんて格好してやがんだ」
「お前こそなんやねん。いつも通りすぎるやろが」
 やる気あるんか、とまで言われると、負けず嫌いが出てしまい「先に言っとけよ」とぼやいてしまったが、先に言われても合わせられるアイテムなど何一つ持っていなかった。
「まっ想定の範囲内や。簓さんに任せとき!」
 わざとらしくため息をついたかと思うと、機嫌よくにんまりとして、さっ!正装すんで!と左馬刻の手を取りパーク内へと引っ張っていく。入口から一番近い店に入り、あちこちに連れ回され、あっという間に簓の言う正装は完成した。
 簓と同じクマの被り物のような帽子と耳の着いたヘンテコなサングラス、これ左馬刻と着たかってん!と言われたら無下にもできず、虎柄のスカジャンを着せられる。左馬刻にとってはとんちきな格好であるが、ここでは周りの人間はほとんどが同じような格好をしていて、むしろ普段よりも馴染んでしまっていた。次々と被り物やカチューシャを手に取り身につけていく客たちをぼんやりと眺めていると、背後から軽い足音がしてぎゅっと抱きしめられた。「さーまとき!」嬉しそうな簓の弾む声。この格好になってから簓のスキンシップが普段よりも激しくなっている。外では手を繋いだことさえないのに、一足飛びに腰に腕を回してベタベタとくっついてくる。こんなうっとおしいカップルがまさか碧棺左馬刻と白膠木簓だとはこの見た目では誰も気づかないだろう。非日常の開放感か。左馬刻も肩に腕を回して引き寄せてから頬近くで「なんだよ」と囁くと、簓は、うふふ、とくすぐったそうに肩を竦めて、左馬刻の胸を撫でた。
「バースデーシールもろてきた」
 胸に貼られたシールにはハッピーバースデーと賑やかなフォントで描かれていて、簓の胸にも同じものが貼られている。
「真ん中バースデーてやつや!」
 簓の誕生日を祝ったあと、次にいつ会えるかとスケジュールを確認し、左馬刻の誕生日前に一度会えるとわかった時、やけに嬉しそうに俺行きたいとこあんねん!と意気揚々と提案されたのがここである。
「なんだよ、これがしたかったのかよ」
「んふふふ、バースデーシールほんまにすごいんやで」
 簓の言う通り、バースデーシールとやらの威力は凄かった。テーマパーク内の店員や案内人はもちろんのこと、通りすがりの見知らぬ他人にまでお誕生日おめでとうと祝われる。昼時に入ったレストランではサービスでロウソクの刺さったミニケーキが二つ出てきた。やけに歌の上手い店員がハッピーバースデーを歌い上げ、それに釣られた客たちも一緒に大合唱になり、簓は手を叩いて大喜びしていた。店内中の期待の眼差しを裏切ることもできずに左馬刻も簓と一緒にロウソクを吹き消す。ケーキだけではなく、キャラの手を模した大きなぬいぐるみのような手袋をプレゼントされ(本日100人目のお誕生日様らしい)簓はそれをさっそく身につけてホクホクとパレードを眺めている。後方での立ち見だったが、フロート上のキャラクターたちは目ざとくバースデーシールを見つけて、簓と左馬刻を指さしてファンサービスを行うので恐れ入った。簓は大きな手袋をブンブンと振り回し飛び跳ねる。フロートが停止し、ダンサーもキャラクターも踊り始める。簓も見様見真似でちゃんと踊っていて、心地よい音楽に左馬刻もこっそりと足でリズムを取る。
 ぽんと軽く肩を叩かれて振り返ると、見知らぬおっさんがにこやかに握手を求めてきた。誕生日おめでとう。おめでとう。大勢に祝わている。いや誰やねん、簓がけらけらと笑い、まあ悪かねえな、と左馬刻は見知らぬおっさんと握手しながら思ったのだった。