缶と缶を合わせて、冷えたビールをひとくち。つまみでも作るかと考えたところで、簓がわざと低い渋めの声を作って「いいつまみがありますぜ旦那ァ」とニヤリとした。
それはなに設定なんだ?という左馬刻の謎は宙に浮いたまま、簓はそそくさと立ち上がってキッチンへと消える。勝手知ったるとばかりに棚をごそごそとしたかと思えば、ジャジャーンと意気揚々と持ってきたのは、アルミフライパン型のポップコーンであった。左馬刻の家のキッチンである。左馬刻自身にはまったく買った覚えのないものを当然のように取り出してきて呆れ返る。
「おい何勝手に買い置きしてんだ」
「え?」
「あ?」
「えっ?えっ?」
「ああん?」
「あっはっはっ、これやろーや。カセットコンロどこ?」
どこ?と聞いておきながら左馬刻の返事を待たずして、的確にカセットコンロも探し当てて戻ってくる。どういう嗅覚をしているのだ。
少しずつ、少しずつ、左馬刻の部屋に簓のものが増えていく。食べ物であったり食器であったり洋服だったり。本人は何も言わずに置いていくので、左馬刻が見つけては簓のことを思い出す。そういえば、イケブクロ時代もそうだった。少しずつ少しずつ、自分の居場所を作るのが上手い奴だった。
コンロに火をつけ、アルミフライパンを上にのせて揺らす。
「なあ、左馬刻はこれ作ったことある?」
「ねえな」
「俺もないねん」
初めての共同作業やな、とけらけら笑っている。酔っているのかとも思うが全然ビールは減っていない。ただただ機嫌よく、簓はフライパンを揺すり続ける。
「疲れたー!左馬刻交代!」
「ああ?てめえ」
まだ一分ほどしかたってなく、ポップコーンは沈黙したままだった。無理やり左馬刻と交代した簓はソファに沈みこんでビールをあおる。
左馬刻が無心でフライパンを揺すっていると湯気が出てきた。フィルムの中でぱちぱちと弾ける音もする。「おい簓」と呼べば、嬉々として交代した。
「おわー!左馬刻膨らんできた!」
ぺたんこだったフィルムがドーム状になってきた。その中で豆だったポップコーンも弾けてぱちぱちと暴れていた。香ばしくて暖かい匂いと簓のはしゃいだ声が入り交じる。
「もういいんじゃねえか」
フィルムはもう限界までぱんぱんに膨らんでいるように見える。簓はぎゅっと力を込めて持ち手を握った。なんだそのシリアス顔は。
「まだや!」
「あ?もういいだろが」
「まだや!まだ!限界を超える!」
「超えんな!」
今にもはち切れそうなフィルム、暴れ回るポップコーン。弾ける軽やかな音が時限爆弾のように思えてきた。
「まだ!いける!」
「いけねえだろ!」
限界を超える、爆発する、と思った瞬間、簓がすっとフライパンをコンロから遠ざけた。
「フー」
「フーじゃねえわ」
げしりとソファから背中に蹴りを入れる。
簓は、なははは、と笑いながらキッチン鋏で膨らんだフィルムを切る。熱々のポップコーンがぽろりと零れてくる。
「まあまあ、はいアーン」
そう言って、つまんだ出来たてのポップコーンは当然のように熱い。「あぢっ!」と叫んだ簓が、ほとんど投げるようにして左馬刻の口にポップコーンを放り込み「あぢい!」と左馬刻も叫び、2人して悶絶する羽目になったのだった。
チームに入る前から、簓は自分のものを少しずつ事務所に置いていった。そうして少しずつチーム内に馴染んでいき、いつの間にか自分専用のマグカップで左馬刻の入れたコーヒーを飲んでいる。小腹がすいた時のために菓子を、煙草を飲み物を買い置きしていて、棚を開ければ何かしらあった。それが今、空っぽである。確かに昨日までここにあったのに。
アルミフライパン型のポップコーンを買ってきた簓が笑う。
「今度ここで一郎や空却たちと一緒にポップコーン作ろうや」「んだよそれくだらねえ」
「出来たて食べたいしめっちゃ楽しいで絶対」
左馬刻は唖然と空っぽの空間を見つめて、それから事務所中を歩き回った。何も、何も無い、簓のものが何も無い。もうどこにもいない。
何も残さずに去っていってしまった。
「左馬刻さん」
一郎が呼んでいる。
無くなったのに、左馬刻の心は重く沈んでいて、座り込んだソファから立ち上がることができなかった。
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