moto
2023-07-29 23:33:50
1123文字
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クラフトビール

さまささワンドロワンライお題「クラフトビール」


たまたま手に取った週刊誌には、左馬刻が名前も知らない芸能人のゴシップがでかでかと特集されている。うさんくさい占いや通信販売、興味を引くものが何も無く、ページをめくっていく。ようやく手が止まったのは見開きの宣伝ページだった。簓が新発売のクラフトビールを掲げて笑っている。オオサカの人間が東都と名のつくものを宣伝してもいいものなのか。ここに載っている写真はあちこちにポスターになって貼り付けられていた。テレビではCMが流れる。左馬刻の部屋の冷蔵庫にはこのクラフトビールが常に冷えている。簓が部屋を訪れるたびに補充していくのだ。
 テーブルに置いていたスマートフォンが震える。メッセージがひとつ。
 今日邪魔すんで〜。
 その一言以上に絵文字が乱舞する。
 煙草をくわえた唇のはしからふっと息が漏れる。
「定時で帰らねえとな」
 笑みを含むそれを聞いた舎弟が振り返り首を傾げる。
「定時って、何時ですか?」
 左馬刻も首を傾げる。定時がある仕事ではなかった。
「とにかく、早ければ早い方がいいってこった」
「なるほど、どうしますかカシラ」
 左馬刻が近づくと、舎弟たちが道を開ける。その先には男が一人座り込んでいた。がたついた木箱に左手を置いて、ただじっとしている。よく見れば体中が震えていて、掘っ建て小屋のくせに空調だけはよく効いているこの部屋で、ただ一人汗だくになっていた。舎弟に囲まれ、左馬刻がその男の前にかがみ込む。
「定時で帰らねえといけねえんだわ」
 広げられた左手の薬指に煙草を押し付ける。男の喉がぐうと鳴った。
「てめえの誠意を見るのにたっぷり時間をかけて待つつもりだったが」
 男が逃げる前に舎弟が羽交い締めにし、左馬刻はその手首を掴む。
「特別に俺様が手伝ってやる」
 並べられたノミを手に取り、躊躇なく男の薬指に打ち下ろした。


「おかえり〜、早かったやん」
「定時に上がった」
「お前の仕事の定時ってなんやねん」
 簓がけらけらと笑う。すでに風呂まで済ませていて、ビールまでいただいている。ぷはっと美味そうにしているのは街中のポスターやCMと同じように見えて、濡れた髪にタオルをかぶって部屋着であるのはこの場だけの姿だった。
「ビール冷えとるよ」
 差し出されたビールを受け取り、まじまじと見つめる。
「お前、どこにでもいるよな」
「んあ?そりゃまあ、このビール大々的に宣伝しとるから」
 簓さんはいつもお前を見とるで、と人差し指と中指を自分の目に当てたあと、左馬刻を指さした。
「ハハハ」
「え、なんでそんなウケてんの」
「ハハハハハハ」
「こわいこわい、なんやねんご機嫌さんか?」
「ビールうめえわ」
「せやろー」