moto
2023-03-07 23:50:14
2627文字
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兄妹

さまささワンドロワンライお題「自慢」

自慢「兄妹」
簓がソファに引っ掛けてあったジャケットのポケットに手を突っ込むのを見て、左馬刻の脳内に、まずい、という三文字が浮かんだ。「おい待て、簓」自分から頼んでおいての制止の言葉はすでに遅し。簓は煙草の箱と一緒に、くしゃくしゃになった紙を取り出し首を傾げる。へらへらしていた顔がみるみる険しくなっていくのを為す術なく見守ることしかできない。
「左馬刻ぃ!なんやねんこれは!」
バツが悪くなりそっぽを向く左馬刻に簓は紙切れを突きつけた。
「うるせえ!知るか!」
「知るかちゃうわ!お前のジャケットのポケットに入っとったやつや!おいこらちゃんとこっち見ぃ!」
「っせえ!バーカ!……バーカ!!」
「なんやねんその語彙力なくした罵詈雑言は!」
取っ組み合いながら簓が叫ぶ。
「浮気がバレた男みたいな反応すな!」
「浮気なんかしてねえわ!」
ようやく向き合った左馬刻に、知っとるわボケ、と簓はため息をつく。
「今日やんか」
差し出された合歓の高校の文化祭の保護者チケットを、左馬刻はぶすくれたまま見つめる。
 それからの展開は早かった。追い立てられるまま気づけば合歓の高校の前に立っていた。文化祭なんか久しぶりやなあ、と簓は楽しげに自分と左馬刻の名前が書かれたチケットを受付にいる教師に渡して、青いスーツと革ジャンの二人の男はなんとも簡単に高校の中に迎え入れられた。校舎内は手作りの看板や飾り付けで目にも賑やかだ。すれ違う制服姿の生徒にじろじろと見られながら、左馬刻は無性に煙草が吸いたかった。簓は子どもの不躾な視線をまったく気にすることもなく、受付でもらったパンフレットを開いてにこにこと中身を見ている。
「合歓ちゃんのクラスは〜」
 今朝方、言い争いをしたばかりだったので、合歓と会うのは気まずかった。毎度のことながら友人関係のことに口出しし、妹を怒らせた。簓に何があったかなんて言っていなかったが、左馬刻の様子で察しているのかもしれない。簓も何も言ってこないので左馬刻はますます居心地悪い思いをする。煙草の箱を取り出し、ここでは吸えないのだとまた仕舞うことを繰り返し、やけに隣が静かであることにやっと気づいた。簓はパンフレットを閉じてにっこりし、やっぱりこっちから行こや、と逆方向に体を向けた。その態度に不自然さを感じて、左馬刻はパンフレットを奪おうとして、避けられる。
……
……
 無言の攻防戦が繰り広げられ、ようやくのことでパンフレットを奪い取った。諦めずに邪魔をしてくる簓を押さえつけながら目を通す。合歓のクラスの「メイド喫茶」という文字の意味を理解した途端に左馬刻のこめかみに青筋が立った。「左馬刻!あかんで!」
「離しやがれ簓ァ!」
「お兄ちゃん、簓さん!」
「ね、合歓ちゃん!」
 簓がほっとしたような声を上げる。
 合歓は今朝出ていったままの制服姿だった。
「二人とも来てくれたんですね」
 ようこそと笑う妹に喧嘩の名残はなかった。いつも通りの姿に、左馬刻はすっかり拍子抜けしてしまい黙り込む。そんな左馬刻の背中をバンバンと叩いて簓も笑う。
「ああ〜よかったあ、危うく学校でラップバトルせなあかんかと思ったわ〜」
「あはは、簓さん、廊下でラップバトルは禁止ですよ」
「えっそんな校則あるん?」
「うちのクラス来てください。喫茶店してるんで」
 案内されたメイド喫茶は、確かにメイド喫茶だった。
 クラシカルなロングのメイド服を来た女子と執事の格好をした男子生徒が出迎え、教室の中ではメイドと執事の歴史を綴ったパネルが展示してあった。それを見ながらクッキーと紅茶を給仕してくれるようだ。ちゃんとしたメイド喫茶や、と簓がつぶやく。「俺らは腐った大人や」「うるせえ」
クッキーも紅茶も合歓が家で繰り返し作っていたものだった。俺ら試食係やったんやなと簓が笑い、お世話になりましたと合歓が頭を下げた。
 クッキーをつまみ、紅茶を飲んでいる間にも、メイド姿や制服姿の生徒たちが合歓の周りに集まる。合歓ちゃんのお兄さんですかあ?こんにちはあ!左馬刻に変わってなぜか簓がこんにちはあと返事をした。お友達の簓さんもおるで〜。キャッキャッと女子たちが笑い合う。
「どこか行きたいとこありますか?」
「俺これ気になってるねん。お笑いバトル」
「あっそれそこの男子コンビがクラスの代表ででまーす」
「ッス」
「えっ執事くんコンビ!?」
「このまま出ます」
「なんそれ!めっちゃおもろいやん」
「私も準備あるんで一緒に行きましょう」
「合歓ちゃん文化祭実行委員の学年代表なんですよ〜」
「クラス委員長もしてるし、めちゃくちゃ頼もしくて」
「かっこいい!」
 ひゅ〜と黄色い声が上がり、えへへ、と合歓は照れていた。メイドと執事に見送られて教室をあとにする。体育館では学年対抗のラップバトルの次にお笑いバトルが開催されるらしい。校舎を歩いている時も、合歓は何人かの生徒に呼び止められ、男女問わず話しかけられていた。
「合歓ちゃん、実行委員やったん、すごいな」
 簓は眩しいものを見るようにさらに目を細める。
「友達もようさんおるし」
なあ、左馬刻、
「自慢の妹やんか」
 その時、確かに、左馬刻の横を、ちいさな女の子が駆け抜けて行った。ずっと、左馬刻の後ろにいて、左馬刻が大事に大事に守っていた。ちいさな妹は、左馬刻を追い抜いて、それから振り返った。
「お兄ちゃん」
 合歓と簓が立ち止まった左馬刻を振り返っている。
「左馬刻、はよ行こや」
 おう、声が上手く出なかった。簓はそんな左馬刻を笑っている。舌打ちし、胸の奥の熱を冷ますように、ゆっくり足を踏み出した。


「そうかぁ、合歓ちゃん中王区におるんや」
 左馬刻の話を聞いて、簓はそれきり黙り込んでしまった。
「あいつがどこにいても、俺の自慢の妹には変わりねえよ」
 そして自分が合歓の兄であることにも変わりがない。
 あの時の、胸を打たれた気持ちがよみがえり、左馬刻は目を閉じる。制服姿の妹、それから。目を開くと、そこにはあの時のように笑っている男はいなかった。
 いつも笑みの形になっている唇が、への字になって震えている。予想外の表情に左馬刻は思わず吹き出してしまった。
「んだよ、泣いてんのかよ」
「泣いてへんわ、アホ」
 ぐずりと鼻をすする簓に、今度こそ左馬刻は声を上げて笑ったのだった。