身体はどんどんベッドに沈んでいく。暑くなり寒くなりジェットコースターに乗っているかのような急降下急上昇の中、いろんな夢を見る。子供の頃学生時代お笑い養成所どついたれ本舗イケブクロオオサカ中王区ヨコハマ……夢の中で、その時代のさまざまな人物が出てきては話をする。おい簓大丈夫か、左馬刻の声がする。昨日電話で話したばかりだからより鮮明に響いた。おい、大丈夫か。その声があんまりに心地よかったから、夢の中だからいいかと気が緩んだ。大丈夫ちゃうわ。そう言ってしまえば、あとからあとから甘えた言葉があふれ出てきた。絶対これ四十度ある大丈夫なわけあるか熱いし寒いし身体中は痛いし寝れば治るってまず寝られへんちゅーねん左馬刻なんでここにおらへんねん早く来いや今すぐ来いや汗拭いてくれあったかいうどんが食べたいくたくたに煮込んだやつ卵は二個落としてやアイスもいるメロンソーダのやつ。夢の中でさんざんに駄々をこねる。最後はなんでここにおらへんねんアホボケナスとぐずっていると、どっと汗が出て、あたたかいものに拭われる。それからすっと気持ちよくなった。やっと、やっと深い睡魔が訪れる感覚。冷たい手のひらが額に当てられて、これでもう大丈夫だろ、また左馬刻の声がして、うん、と頷けば、すとんと眠りに落ちた。
目が覚めると頭も身体もすっきりしていた。起き上がっても頭痛もだるさもない。大きな山は超えた。伸びをしてベッドから降りる。少しふらついたが、気分の悪さはない。よしよし、一人でもなんとかなった。とりあえず冷たい水が飲みたい。喉がカラカラだ。
「よお、起きたか」
リビングに居るはずのない左馬刻を見つけて、簓はぽかんと立ちすくむ。
「もう熱下がったか」
ひんやりとした手のひらが額にふれて、デジャブを感じて心臓が跳ねる。
「ん、昨日に比べたら全然熱くねえわ」
てめえ体温計どこにあんだよ、ぶつぶつ言う目の前の左馬刻のことがいまだに受け入れられずにいる。
「き、きのう?左馬刻なんでおるん」
病み上がりの簓の声を聴いて、左馬刻は冷蔵庫からポカリスエットを取り出した。簓は買った覚えのないそれを受け取る。キャップは開けてあり、しっかりと冷えている。
「てめえが呼んだんだろ」
電話でグズグズ言いやがって。簓はポカリを吹き出しそうになるのを辛うじて堪えた。
「うえっえっえっ?あれ夢ちゃうん?」
「俺様がここにいんだから夢じゃねえな」
「うそやぁぁ」
簓は顔を両手で覆ってソファに倒れ込んだ。左馬刻は何処吹く風で、そんな簓を面白げに眺めている。
「散々なんでそばにいねえんだとか早く来いとか文句言いまくりやがって」
「うわああ恥ずい!めっちゃ恥ずい!」
「汗かいて気持ち悪いつって泣き出すから身体拭いてたらエロい声だすし、着替えさせんのもやりにくいしよ」
「ぎゃあああやめえええ」
夢だと思って遠慮なく駄々をこねたことすべてが現実だったなんて。羞恥に転がる簓に、左馬刻は容赦なくとどめを刺してくる。
「手握ってろとか添い寝しろとか」
「やめえええ、もうカンニンニンや!忘れてくれ!」
「忘れねえよ」
簓、とからかう口調では無く呼ばれて、暴れていた簓はピタリと止まった。
「てめえが呼んだら、俺様はどこにでも行く」
顔を埋めていたクッションからそろりと左馬刻を伺うと、煙草を取り出したが、すぐにまた収めているところだった。病人の前で喫煙は考え直したらしい。そんなささやかな気遣いがまた胸に染みてしまった。
「左馬刻、ほんま、おまえ」
「ふふん、熱が出てたらなおさら特別だろ」
簓はじろりと涼しい顔をしている左馬刻をにらみつける。
「……まだ、熱あるみたいやけど」
「そうかよ」
それきり何も言わずにじんねり見つめていると、左馬刻が得意げな顔で腕を広げる。
「おら、こっちこい」
「ほんま、しょうがないな」
「ふっ、しょうがねえやつ」
身体全体を抱きしめられれば、これが、夢じゃないということに心の底から安堵した。
「アイスは?」
「メロンソーダは期間限定だろ?どこにもなかったからあるもん見繕ってきた」
「舎弟くんに買いに行かせたんちゃうやろな」
「バーカ、オオサカまで舎弟連れてくるかよ。俺様直々だ」
「ふっふふっ」
「飯は食えるか?うどんくたくたに煮たやつ」
「卵は二個な」
「すぐ食うか」
「ううん、もうちょっと……」
ありがとうな左馬刻、と囁けば、こめかみにそっと唇が押し付けられて、もう大丈夫や、と簓は確信したのだった。
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