moto
2022-09-19 23:41:15
3135文字
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なんだこいつら

さまささワンドロワンライお題「鏡」

わざわざ呼び出され、先方が用意したホテルに到着してみれば、二人で泊まる部屋のタイプがダブルだと言う。一気に左馬刻の怒りのボルテージは上がり、フロントの従業員はただただ恐縮するしかない。
「ドードー左馬刻、おねーさんが悪いわけちゃうねんからそんな怖い顔すんなって」
「満室でこの部屋しかねえだぁ?んなこと知るかさっさと」むぐりと簓の手のひらが左馬刻の口を覆う。
「やめーや、ただのヤクザやねんお前。あー、すんません、しゃあないですね、その部屋で良いんで」
「むがが」
「った!噛むな!あー、おねーさんが謝らんでも。予約したやつはこっちでしばいとくんで、えっあはは、なんでもないです〜五階ですね。ほな!」「むがむが」「噛むな言うてんねん!」
 部屋に入ってみれば、正真正銘、ダブルベッドがひとつしかない部屋である。苛立ちが収まらず舌打ちを繰り返す左馬刻とは裏腹に、簓は足取り軽く窓際の方へ行き、俺こっち側な、とベッドの上に座った。
「まあまあ広いやん。左馬刻寝相悪い?俺はちょっと動くかもやな。蹴ったらすまんな」
「っざけんな、ぜってー嫌だ」
「お前なー、嫌やったら床で寝るしかないやんか」
……
「俺の方を見んなや!嫌な奴が床で寝てくださいー俺は嫌やないもーん」
「くそ、なんで俺様が」
「そこまで俺と寝るの嫌がられると逆に傷つくんやけど」
「チッ、ぜってーぶっ殺す」
「ほんまなー、こんなとこまで呼びつけてホテルの予約もまともにできんアホ共には一言二言三言ぐらい言うたらなな」
 へらへら笑いながらもさらりと毒を吐いて、簓は左馬刻の横をすり抜けて浴室やトイレのドアを開けて中を確認している。簓の苛立ちを少し感じ取り、それで左馬刻の怒りはだいぶ収まった。ジャケットをハンガーにかけた簓が片手を出してくる。
「ジャーンケン」
 反射的にしたじゃんけんは左馬刻の負け。簓はよっしゃとガッツポーズをして、風呂先に入るな〜と浴室に消えていった。取り残されてぼんやりしているとシャワーの音が聞こえてくる。やってらんねえ、ため息をつきポケットから出した煙草の箱には一本しか入っていなかった。まったくやってらんねえ。
 渋々ホテル前のコンビニまで出ていき、煙草とビール、ホテルに来る前にラーメンを食べたが、棚を眺めていると小腹がすいているような気がしてきて、適当なつまみになるものもカゴに入れていく。部屋に戻ると簓はすでに風呂から出ていた。濡れた髪にバスタオルをかけたまま、ホテル備え付けのパジャマに着替えている。ズボンが付いていないワンピースタイプのパジャマを気にすることもなく、大股を開き足を組んで煙草をふかしていたが、左馬刻がテーブルに置いた袋から勝手にビールやつまみを取り出し、宴会やん、と嬉しそうに笑う。
「残しとけよ」
「はいよー」
 この気のない返事はあまり信用できない。つまみをすべて開けて、一人でビールを飲み始めた簓を横目で見ながら左馬刻は服を脱ぎ捨て、さっさと風呂へ向かった。

 
「パジャマ着いひんの」
「足スースーすんのがやなんだよ」
「もー、いやなことばっかりやん」
「うっせ」
 案の定つまみの半分がなくなっている。
 無事だったビールを開けて、簓の向かい側の椅子に座り、ジャージで覆われた足をベッドに乗せた。
「そこ俺が寝る場所なんやけどお」
「知るか」
 ビールをあけつつ、一服しながらくだらない話を続ける。合間に明日の予定の確認。先方は何やら話し合いをしたいらしいが、今日のこの仕打ちで話し合いだけで終わるなんてことはなくなった。左馬刻が黙って考えを巡らせている間にも、簓は左馬刻からの相槌を期待するでもなく一人で好きにしゃべり続けて、明日の服を準備し、歯を磨き、アラームをかけ、布団の中に収まっていた。それでもまだしゃべっているので、寝る気はないのかと思いながら適当に返事をしていると、いつの間にか静かになっている。見れば、一瞬前まで普通にしゃべっていたのに、すやすやと寝息をたてているのだった。あまりにマイペースだった。呆れるのを通り越して笑いが込み上げてくる。簓と出会ってから何度も思う。なんだこいつ。
 もう誰も聞いていないので、左馬刻はひとしきり一人で笑い、それから寝る準備をするために煙草を灰皿に押し付けた。
 自宅に泊まらせたり事務所に泊まったり、簓と同じ部屋で寝ることはあっても、一緒のベッドというのは初めてだ。ダブルベッドの半分向こう側で眠る簓は、さらに端によって左馬刻に背を向けている。思っていたよりも窮屈にはならなかった。掛布団を肩まで引き寄せる。鼻につくこの匂いはホテル備え付けのボディソープのもので、自分なのか簓なのか、よくわからなかった。

 
 ピッという音のあとその直後に力強く何かを叩きつける音で左馬刻は目を覚ました。地を這う唸り声がしたと思ったら大きなかたまりが左馬刻のほうに転がってきた。
「うお」
 驚いて身を引けば、バランスを崩した左馬刻はベッドから転がり落ちそうになる。すっかり目が覚めて、突っ込んできたかたまりを見れば、掛布団から碧色の髪が出ている。「簓、てめえ」
 左馬刻の不機嫌な声にもピクリともしない。時計を見れば、簓がアラームをかけていた時間を過ぎている。さっきの音はこいつがアラームを止めた音か?
 とりあえず起き抜けの一服。それから身支度を整えている間もベッドの上の山は変わらず。
 新しい煙草に火をつけて「おい簓、飯」と声をかける。しばらくたってから、ようやく山がじりと動いた。
「朝飯、どーすんだ」
 いちおう最上階のレストランでの朝食付きである。寝る前から簓は楽しみにしていて、だからアラームもかけていたのだ。ううう、と呻き声がもれる。
「起きねえと食えねえぞ」
「う゛う゛〜…………いっ……で」
「あ?」
 布団のかたまりに耳を寄せる。
「ざぎ……い゛っどい゛で……
「お前そんな声だったか?」
 ぐう、と唸りそれきり静かになる。
 しんとなった部屋で、左馬刻は唇を引きむすび、煙草をもみ消すとつかつかとブーツを鳴らし部屋を出る。ドアが閉まり、静まり返った廊下を歩き、エレベーターに乗り込む。傍から見れば不機嫌そのものの顔が、最上階へ向かう数字を見ているうちにみるみる緩み、ぶはっと一人吹き出した。
 あいつあんなに寝起き悪かったのか。知らなかった。
 思い返せば、いつも左馬刻が先に起きて部屋を出て身支度を済ませていた。その間に簓も起きていて、時間が開いていたので、ああいう簓を見るのは初めてだった。
 簓と出会ってから何度も思う。なんだあいつは。
 くっくっと笑いが止まらない左馬刻を朝食レストランのホテルマンが笑顔で迎え入れる。
 レストランに現れた簓は、ジャケットは羽織らず、シャツにネクタイをきちんと締めて、すっきりした顔をしている。「おはようさん〜」どこからどう見ても、声も、いつもの簓である。左馬刻の和定食を見て、首を巡らす。注文を取りに来たホテルマンに「洋食で」と頼んでからセルフサービスの飲み物を取りに席を立つ。冷たいオレンジジュースを持って戻ってきた簓は、一気に飲み干し、はー目が覚めたわと笑顔を見せる。
「ふはっ」
「へ、何?」
「寝癖」
 ついてんぞ、と自分の後頭部を指さす。
「えー?どこ?ここ?」
 簓が後ろを向いて頭を撫でる。何度撫でても飛び出してくる髪の束がある。
「鏡見ても自分じゃわからへんねんなあ」
「ハハハッ」
「えっ何、寝癖でなんで急にツボに入っとるん」
 笑い続ける左馬刻に、簓がぽかんとしながら、なんやねんこいつ、と呟いた。