帰宅すると、零と簓が勝手に上がり込み、自宅が居酒屋と化していることなどいつも通りの光景である。しかしここで受け入れてしまったらつけあがるばかりなので、毎回盧笙はため息をつき、あのなあ!と声を上げる。
「勝手に上がんなや。ここは居酒屋ちゃうぞ」
「まあまあ、センセー、おかえり」
悪びれた様子もなくニヤリと笑う零の前には近所のスーパーで買い込んできた惣菜が並んでいる。それらと一緒にテーブルに突っ伏した簓の頭も仲良く並んでいた。
「なんやもうつぶれとんのか」
どれだけ飲んだんやと見てみれば、いつもなら空のビール缶が何個も転がっているのに、今はひとつだけ。ひと缶飲んだだけでこれよ、と零がからあげをつまみながら言った。
「デケェ仕事が終わって明日明後日ようやっと休みなんだとよ」
「なんやねん、むっちゃ疲れとるんやないか」
眠り込む簓の口がむにゅむにゅと動く。早々につぶれてしまった簓を気にすることもなく零はマイペースに缶ビールをあおり、盧笙も手洗いを済ませ冷蔵庫を開ける。つまみと一緒に買ってきたであろう麻婆丼を電子レンジで温め、冷えた缶ビールをふたつ持って簓の横に座った。零は頬杖をつき、新しいビールを受け取る。視線はテーブルの上に向いたままだったのでその先をたどると、簓のスマホがブルブルと震えている。液晶画面には左馬刻の名前。簓は気づかない。二人でしばらく見守っているうちにスマホは止まり、今度は盧笙のスマホが震えた。
「こっちにかかってきたわ」
「ぶはっ」
零がカシュリとプルタブを上げて吹き出す。
「もしもし、躑躅森です。碧棺くん、お世話になってますー。うんうん、簓な、うちにおるで。うん、ああそうなんや、うんうん、えっ、あーなるほど。うんわかった。じゃあよろしくお願いします」
通話終了ボタンを押した途端にがばりと簓が顔を上げた。
「左馬刻の声がするう」
「さすがの察知能力やけどもう電話終わったわ」
寝ぼけまなこのままきょろきょろと見回して、大きな欠伸をする。面白がった零がその口にからあげをひとつ放り込んだ。
「んむ、なに?んぐんぐ、あーからあげやぁうまぁ」
満足気ににっこりする簓に零は膝を叩いてガハハと笑っている。なにしとんねんと盧笙は呆れるばかりだ。
「あ、ろしょーおかえりい」
「おかえりちゃうわ。お前今日碧棺くんこっち来るんやったんやろ?なんでうちに来てんねん」
簓は、んー、と子供のように首を傾げてへらりと笑う。
「つい?」
「つい来んなドアホ」
「俺、明日明後日休みでえ、左馬刻がこっち来てくれてな。むっちゃ久しぶりやねん」
くふくふと嬉しそうに笑う簓が、盧笙のビールを飲もうとするのを阻止する。
「碧棺くんが迎えに来るからもう終わりや」
「なんでやなんでや〜」
「缶ビール一杯で酔っ払うくらい疲れとるんやったら大人しくしとけ!」
「いやや〜」
ほどなく迎えに来た左馬刻は、「世話んなったな」と大きな紙袋を盧笙に渡した。
出てきた木箱を捧げ持つように手にして、盧笙はカッと目を見開く。
「高級手延べ素麺やんかっ」
「えっ高級手延べ素麺やて!?」
「そんなもんで悪ぃけど」
「左馬刻ぃ!俺にはこんなん持ってきたことないやんか!」
「ああ?お前も素麺食いてえのか?」
「高級なやつ食いたいに決まっとるわ!」
「ンなこと言って、前に湯掻くのめんどくせえって言ってただろ」
「そうやねんなーお湯沸かすのがなー」
「碧棺くんありがとうなあ」
「おう。簓、帰っぞ」
「盧笙〜俺も素麺食うから残しといてや〜」
「……」
「黙んなや!」
木箱を零に託して部屋を出ると、簓は、左馬刻おんぶして〜と甘えて、するかアホ歩けとあしらわれていた。そんな軽口のやり取りを二人は楽しんでいるようで肩をぶつけ合いながらも足取りは軽い。
アパートの前に簓の軽自動車が止まっている。二人乗り込み、簓が助手席の窓を開けて手を振る。
「盧笙、ほなね」
左馬刻は窮屈そうに運転席に収まると、簓越しに身をかがめて、じゃあなと手を上げる。
「ほんじゃ運転手さん、前の車追ってもらおか」
「前に車はいねえし、俺様はタクシー運転手じゃねえ」
「だははははっ」
車が見えなくなるまで見送って、静かになったアパートの階段を上っていく。部屋に戻ると、零がさっそく素麺を茹でていた。俺も食うと言うと、ちゃんと茹でてんぜ〜と答えるので、勝手にすることを許した。
「スマホ鳴ってんぜ」
さっき別れたばかりの簓からだった。
今左馬刻と話したんやけど、明日そっち行くから素麺残しといてな!左馬刻がスペシャル素麺作ってくれるねんて!よろしゅう!ほなね〜!
「……明日うちに碧棺くんも来てスペシャル素麺作ってくれるんやって……」
湯掻いた素麺を洗いながら、ふうん、と零がつぶやく。
「そんじゃ、おいちゃんもお呼ばれしようかねえ」
いや、なんでみんなうちに集まってくんねん。
盧笙はため息をつき、缶ビールをもう一本冷蔵庫をから取り出した。
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