moto
2022-08-15 23:41:20
1782文字
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明日のことはわからないけど

さまささワンドロワンライお題「バグ」


マネージャーの車から降りて、マンションのエントランスへ向かう。カードキーでオートロックを抜け、エレベーターに乗り、ヨコハマの街が見渡せる最上階へ。人感センサーで点灯した明るい玄関で、ただいまあと呼びかけても部屋の主はここにはいない。脱ぎ捨てた靴を揃えて廊下を進み、主の衣装部屋と化している部屋に入る。膨大な量の衣装の隅っこの自分のスペースに脱いだスーツをかけて、部屋着に着替える。その時やっと、左馬刻からメッセージが届いていることに気がついた。いつもはすぐに電話をかけてくるのに。仕事中の簓を気遣ってのことだろうか。三十分前のメッセージを見つめ、少し考えたあと、簓は通話ボタンを押した。スマホを耳にあてながら、Tシャツにハーフパンツのラフな格好で、洗面所に向かう。シャツとその場で脱いだ靴下を、買い換えたばかりのドラム式洗濯機に放り込む。その間にも左馬刻が出る気配はなく。出えへんのかーい、と虚空にツッコミを入れて通話を切った。手を洗った後、キッチンへ向かう。戸棚の奥から取り出したボックスにはスナック菓子や飴やチョコが入っている。ごそごそとその中を漁りシーフードのカップ麺を見つけ出す。お湯を沸かして、三分をsiriにはかってもらっていると、左馬刻から着信があった。
「もしもーし、お疲れちゃん」
「おー」
「電話でんかったやん。何してたん」
「風呂入ってた」
「せやったんや。あ、左馬刻のジャージやけど」
「ん、もう見つけた」
「そか、ほんならよかった」
「あー、シャンプー詰め替えといたぞ。んな、スッカスカのやつ使ってんなよ」
「えっ水入れたらもうちょいいけるんやけど」
「いけねえよ、もういいだろが」
「んなはは、ありがとう」
「ん」
 三分たって、アラームが鳴り響く。リビングの床に座り、スピーカーにしたスマホをテーブルに置き、カップ麺の蓋をペリペリと剥がす。
「今日ほんまは左馬刻と飯食えるかと思ってたんやけどなあ」
 なんで俺は一人でお前ん家でカップ麺を食ってるんや、麺を啜りながら嘆くと、左馬刻は笑って、
「俺はお前ん家で、お前のビール飲んでんな」
「あーっ!貴重な一本!」
「こんなでかい冷蔵庫にしけてんなあ」
「うっさい」
 オオサカに拠点を置いているが、東都での仕事も増えてきた。こちらに来る時は左馬刻と過ごすことが常だったが、今日ばかりは、なぜか左馬刻は仕事でオオサカへ。見事にすれ違ってしまった。
「こういうこともあんだな」
「おもろすぎるやん」
「で、明日は?」
「オオサカ戻るし」
「俺もヨコハマに戻るわ」
 一瞬沈黙し、二人同時に吹き出した。
「そんなことあるう!?」
「だはは、おもしれえ」
「新幹線の中で手振ろか」
「早すぎて見えねえな」
「真面目に答えんなや!」
 左馬刻はビールを飲みながら笑っている。空になったカップ麺を置いて、簓は、なあ、とスピーカーに問いかける。
「俺らいつになったら一緒に住めるんやろ?」
 二人とも、今は、オオサカとヨコハマで。そう決めていた。
 沈黙。カツンと缶を置く音が聴こえた。
「じーさんになってから?」
「おじいちゃんになってからかあ」
 んふふ、と簓は笑う。
「ヤーさんとお笑い引退して」
「そ」
「なあ、どこに住む?山?海?」
「どっちも見えるとこ」
「海が見える山な!絶対一軒家やん」
「広い庭があんだろ」
「バーベキューする!」
「だな、銃兎と理鶯、おまえんとこの二人も呼んで」
「うんうん」
「犬…………どっちも飼うか」
「ええなあ!」
 簓はスマホを持って左馬刻の寝室へ向かう。朝、起きてそのままのベッドへと転がる。左馬刻の匂いをまとい、左馬刻の声を聴く。
 未来の夢物語を語り合っていた左馬刻が、ふと黙った。
「左馬刻?」
「簓、おまえ、風呂入ってから寝ろよ」
「んー」
「こいつ入らねえつもりだな」
「んへへ、左馬刻は?」
「俺様は風呂入ってっし、歯も磨いてお前のベッドにいる」
「いつの間に歯ぁ磨いたん!?抜けがけや!」
「んだそりゃ」
 ひそやかな笑い声が子守唄になる。
「もうちょい、話そうや」
 ヨコハマとオオサカいつもと逆のその場所で、それぞれの場所で、夢物語を語っている。それは話せば話すほど、はっきりとした光景になり、簓は笑みを深めて、目を閉じる。