moto
2022-08-05 00:47:03
1764文字
Public
 

最後のひとつ

さまささワンドロワンライお題「浴衣」

「おい」
 左馬刻に話しかけられても、子供は見向きもせず穴の開いたポイでスーパーボールをすくおうとしている。
「おい、こら、もう穴空いてんだろ」
 子供相手だろうと左馬刻には関係なく、いつもの調子で声をかける。
「ズルすんな。後がつっかえてんだ」
 子供は恨めしげに左馬刻を睨みつけた。なかなか根性のある子供だ。じっとりと睨み合っていると、別の子供の相手をしていた簓がひょっこり二人の間に入ってきた。
「はいはーい、穴空いたら終わりな!これ決まり!あといくら持ってる?ん、これやったらあと一回できるな。はい、もっかい並んでな!」
 簓は、しぶしぶ離れた子供を、ほなね〜、と手を振って見送った。わらわらと次の子供が寄ってくる。小銭を受け取り、ポイを渡す。穴が空いたらおしまい。さっきみたいに、穴が空いてもダラダラと居座り続ける子供を容赦なく追い立てるので、左馬刻と簓で店番している間、回転はとくによかった。強面の左馬刻は子供相手だろうといつもの調子のままで、恐ろしくて誰も寄り付かないかと思えば、淡々と小銭を受け取り、ポイを渡し、一言二言話すだけの左馬刻と、スーパーボールを真剣にすくおうとする子供を盛り立てる簓は妙にバランスがよく、スーパーボールすくいは盛況だった。
 一息ついたころ、用事で離れていた店の主が戻ってきた。
「えっこんなに!?お二人共凄いっすね!」
「ちゃんと補充しときや〜」
「はい!ありがとうございますっ」
 商店街主催の縁日は賑わっていた。見回りで出てきたが、顔見知りの店主に声をかけられては、食べ物をもらったり、店番を少し任せられたりと、事務所になかなか戻れずにいる。仕事の一環ではあったが、簓はすっかり忘れて楽しんでいるようだった。
「お兄ちゃん!簓さん!」
 振り返ると、浴衣姿の合歓が駆け寄ってきた。友達と縁日に行くと、何日も前から一人で練習して着付けた浴衣は崩れることなくちゃんと着こなしている。
「さっき、スーパーボールすくいのお店にいましたよね」
「そうやで、ちょっと店番頼まれてな」
「ふふっ、お兄ちゃんが、子供相手にしてるの、ふふふっ」
何がおかしいのか、合歓はそう言って笑い続ける。そんなことより、左馬刻としては、合歓が誰と縁日に来ているのか気になってしょうがなかった。友達だとは聞いているが。視線をさまよわせる左馬刻に気づいて、合歓は、もうお兄ちゃんたら、と呆れる。すぐに、浴衣姿の女子が二人、合歓の後ろから現れて、「合歓ちゃんのお兄さんこんばんはー!」と元気よく挨拶したので、左馬刻はなんとか表情を崩さず手を上げて応えて、簓は心配性のおにいちゃんやとげらげら笑う。よかったら食べてくださーいと渡されたベビーカステラの紙袋を受け取り、焼き立てや!と簓は喜んだ。
 歩きながら差し出された紙袋からベビーカステラをひとつつまむ。
「なあなあ、左馬刻、来年は俺らも店出そうや」
「ああ?なんの店だよ」
「そやなー、さっきのスーパーボールもおもろかったけど、射的……輪投げ……
 ぱくぱくと小さなベビーカステラが簓の口に消えていく。
「食い物系は許可取るのめんどいかなあ。たこ焼きとお好みやったら自信あんで」
 確かに左馬刻宅で振る舞われたたこ焼きとお好み焼きを思い出せば、特に文句はない。
「たこ焼きだな」
「せやなー。そしたら、オーソドックスなやつと、変わり種もあったらおもろいかな」
 気も早くメニューを考え始めた簓は、紙袋を左馬刻に押し付けて、とりあえず研究や!とたこ焼きの出店に足を向ける。紙袋に手を突っ込めば、ベビーカステラはすでにひとつしかなかった。
「おい、俺様一個しか食ってねえぞ」
「ええー?また買ったらええやん」
 舌打ちし、最後のひとつを口に放り込む。簓は6個入りのたこ焼きを捧げるように持ってご満悦だった。出来たてのたこ焼きを食べながら、変わり種たこ焼きの中身を思いつくまま言い合い歩く。縁日の端っこまで来て、簓がひと言。
「やっぱり定番一本で勝負やな」
「んだよそれ」
 今までの言い合いは何だったのか。
「左馬刻、ベビーカステラ買う?」
「いい、来年にする」
あっはは、と簓は笑い、
「来年楽しみやな」
 と、最後のひとつのたこ焼きを左馬刻に差し出した。