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紫輝
2025-03-03 20:15:11
3210文字
Public
水龍様と御伴侶の話
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#8 お迎えは前のめりに
もう何を恐れることも隠すこともないのでナチュラルにいちゃつく、現代から1000年後くらいの世界で健やかに国家元首とその伴侶やってるリオヌヴィの話その8。港でリ殿の帰りを待ってるヌ様を見守る人々の話です。毎回「映影かな?」みたいなお出迎え劇場やるリオヌヴィ愛おしいね
※ご都合主義しかないので深く考えたら負けです
この国は水龍に守護されし国だ。約千年程前、先代の守護者である水神様からそのお役を引き継いで以来、水龍様はこの国を導いて下さっている。
御名
おんな
をヌヴィレット様。我々『人』と同じ姿で我々に寄り添って下さる、
尊
たっと
きお方である。
水龍様には御伴侶がいる。この国が沈みかけた『予言の日』を、共に乗り越えた人だという。この国の秩序と工業の根幹である『メロピデ要塞』を今に繋がる形に整えた、当時の管理者。千年前よりその爵位を賜った人間はおらず、この先も現れないだろうと囁かれる『公爵』位を持つ方。水龍様と愛を交わしその生に寄り添う方の名はリオセスリ様。
今日
こんにち
までのこの国の平穏は、ひとえにお二方のご尽力によるものである。
***
ロマリタイムハーバー。ペトリコール町への中継地点であり、スメールからの玄関口であるその港には本日、フォンテーヌの誇る美しき水龍様の姿があった。
港を警備するメリュジーヌと親しげに言葉を交わしているかの方の周りには護衛の姿は見えないが、この方がその辺の人間よりも武が立つことを国民なら皆知っているし、そもそもこの方を害そうなどという不届者はこの方に近づく前にマシナリーや警察隊員達に制圧されるだろう。
水龍様
――
ヌヴィレット様が本日ここにいらしたのはお散歩の一環
…
では勿論無い。出迎えのためだ。かの方の、何よりも大切な御伴侶様の。
御伴侶様
――
公爵様は一週間ほど前スメールへと向かわれていた。通常の御公務であればお二人は常に行動を共にされているのだが、時々公爵様だけが国外へお出かけになることがある。『顔を売っていない』のを利用して定期的に、直々に他国で情報収集を行われているとかなんとか
――
というのは、単なる噂にすぎないけれども。
お出掛けの理由はともかく、ヌヴィレット様の元を離れていた公爵様が帰ってくる日、かの方は必ずこうして港までお迎えにいらっしゃるのだ。居合わせたメリュジーヌとお話されていることもあれば、じっと海を見つめていることもあるという。まるで一服の絵画のように美しい、静かでありながら確かな熱を見るものに感じさせる切なさを宿した横顔を目にすれば、そこが海の男たちの野太い声や商談の飛び交う港であることを一時忘れてしまうのだと、その場に居合わせた者たちは口を揃える。
眼福ではあるけれども、ヌヴィレット様のあのようなお顔を見ているとこちらまで寂しくなってしまう。ついかの方のように水平線に目をやってしまうのだと言葉たちは続くのだが、それに関しては今現在それを目の当たりにしていない自分にも想像が容易い。お二人は我々の健やかなるをいつも願い、助け、喜んでくださるが、我々も尊敬し愛するお二人には心穏やかに、笑顔で寄り添っていていただきたいのだ。
ヌヴィレット様がふと言葉を切り、海へとその瞳を向ける。それに気づいた自分を含めた港にいた者たちもついそれに倣った。穏やかに凪いだ海の上を、滑るように進んでくる船。フォンテーヌでは珍しくない造りの船だが、フォンテーヌ船の特徴である船室上部の装飾に掲げた剣のような一般的なそれでなく海中で舞う龍の意匠を持つ船は公爵様の駆るそれだけだ。
ヌヴィレット様がお顔をほころばせる。近くのロマリタイムフラワーが、かの方の喜びを感じ取ったかのようにふわりと花開いた。
踊るように揺れるロマリタイムフラワーを足元に、ヌヴィレット様はその眼差しを船へと向けている。開いたり閉じたり、上がりかけて戻ったりとそわそわ忙しい繊手の動きに合わせて薬指を飾る指輪がきらきらと歌うのがとても微笑ましい。不敬かもしれないけれど。
予め帰港予定時刻を知らされていたのか、誘導員の旗に従って待機時間もなくするりと入港と停泊を果たした船からタラップが伸びて。
旅行鞄一つだけを手に、公爵様がそれを踏み締める。
「リオセスリ殿」
その足が港の石畳を踏むよりも、ヌヴィレット様がタラップの上のひととなる方が一歩早かった。両腕をその首へ回し胸の内へ寄り添うヌヴィレット様を、公爵様の逞しい腕が抱き返す。
「ただいま、ヌヴィレットさん」
おかえり、と紡ぐ
玲瓏
れいろう
の声に穏やかに甘い声が返じて、小麦を啄む小鳥のように軽やかにお二人の唇が重なった。穏やかで静かなやり取りなのに、そこには深い深い愛情が滲んでいるのがわかる。相変わらず存在が映影のようだ。あまりにもうつくしいお二人の様子に周囲からため息が漏れる。
深い呼吸にして三度ほどだろうか。温もりを堪能するかのように公爵様の腕の中で動きを止めていたヌヴィレット様が顔を上げ、一歩分足を引く。
「お疲れ様。荷物を預かろう」
そうして差し出された手に触れたのは旅行鞄ではなく公爵様の手のひらだった。
「それよりこっちを預らせて欲しいな」
触れた手を引き寄せ、その甲へ唇を落として公爵様が笑う。はたりと深海の色のまつ毛をはためかせたヌヴィレット様はくすぐったそうに微笑んだ。
「
……
君の望みなら、喜んで預けよう」
腕を絡めたお二人は揃って石畳へ降り立ち、リフトへと向かっていく。
「今回はすこうし前のめりでいらしたわねぇ」
自分のように一部始終を見守っていた老婦人がころころと、鈴を鳴らすように楽しげに口にするのに首を傾げると、彼女は昔はもっと前のめりでいらっしゃったのよ、と、瞳を細めた。
「
私
わたくし
がまだ若かった頃にも、公爵様をお迎えにいらしたヌヴィレット様をお見かけしたことがあるの。その時も今日のように、あの方は公爵様の乗る船影を探そうとするみたいにじっと海の向こうを見つめていらしたのだけれど」
睦まじく去って行く背中にごきげんようと控えめに手を振りながら、老婦人は笑う。
「待ちきれなかったのでしょうね。船が見えた瞬間、水を渡っていかれてしまったの」
装束と
御髪
おぐし
を靡かせ、蒼い光を従えて滑るように水の上を移動するヌヴィレット様の爪先が
水面
みなも
に軌跡を描く様子はそれは美しくて、その年は画家達の間で水面で踊る人物のモチーフが大流行したそうだ。言われてみれば、美術館には結構な確率でその手の絵が飾られていたなと思い出す。
「船で一緒に戻っていらした時、公爵様はそれは愉快そうに笑ってらしたわ。逃げないよ、って」
お隣のヌヴィレット様はばつの悪そうなお顔をしてらしたわねえ。
細波のように肩を揺らす老婦人の語る風景の想像ができてしまって、自分もつられて笑う。時折ヌヴィレット様が見せてくださるそんな一面が、フォンテーヌ国民を虜にして止まないのだ。
「私のおばあさまは地上階からここに舞い降りてくるヌヴィレット様を見たことがあるそうよ。まるで歌劇の女神や精霊のように美しかったと言っていたけど、子ども達が真似をしないように、しばらくは警察隊員さんたちがそこに立っていたのですって」
きっと風が、かの方の予想よりも早くヌヴィレット様の元へ公爵様を送り届けてくださったんでしょう。
老婦人はくすくすと笑う。石畳へ降り立った自分の元へ珍しくも駆けてきたヌヴィレット様を両腕で受け止めた公爵様が「流石に寿命が縮んだ」と口にして港に雨を呼んでから、ヌヴィレット様の「前のめり」はだいぶ落ち着いたように思える、そうだ。なるほど、指輪の歌にはそんな理由があったのかと笑みが
溢
こぼ
れてしまう。
「
…
私ね、こういう場では“すこうし前のめり”でいいと思うの。だって離ればなれになっていた愛する人が自分の元へ帰ってくる、とっても嬉しくて幸せな瞬間だもの」
無事にお戻りになられてよかったわ。
にっこりと笑う老婦人に、仰る通りです、と心からうなずきながら応える。
ロマリタイムハーバーの透き通るような青空には虹がかかっていた。
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