司と敬太がコインランドリーに行く

急にミッシングチャイルドビデオテープにハマった
2025.3.2

 洗濯機が壊れたのは半分敬太の、半分は司のせいだった。敬太の登山用品、完全防水ゴアテックス加工のバックパックカバーを、司が普通の洗濯物と同じように洗ってしまったのだ。
 たまたま二人とも時間のある午後だった。洗濯物を干したら買い物にでも行こうか、何食べたい今日?という会話の裏で響く脱水槽の回る音が、今日は何だかやけにやかましいなとは思っていた。それが異音の域に達した。顔を見合わせた二人が駆けつけた時、洗濯機は防水パンから飛び降りようとせんばかりにドタバタと暴れていた。「うわ」と司が呻いた瞬間にそれは一際大きな音を立て、そのまま動かなくなったのである。
 二人して洗濯機の中を覗き込み、まだたっぷりと水を含んで絡み合った衣類の中からカバーをずるりとつまみ上げたのは、元凶にあたりがついていた敬太だった。「これだ」
「あ〜……
「脱水できないんだこれ、防水加工してあるから」
「あ〜〜……
「ごめん」
「いや、さっき洗濯機回したの、俺だから……
 かくして二人は、とりあえずこれを何とかしなければとしとどに濡れた洗濯物の塊を大きなゴミ袋に入れ、あっ待ったじゃあついでにとシーツや布団カバーなどを全部剥ぎ、それらを抱えてえっちらおっちらコインランドリーに向かうこととなった。それが約半刻前である。
 少し鄙びたコインランドリーは対面一車線の道路に面している。敬太がここに入るのは初めてのことだった。自分だけでなくここに人が入っているのも見たことがなかったし、今も敬太と司を除いては誰の姿も見当たらない。しかしユーザーは多いようで、ずらりと並んだドラム式の洗濯機は一台を除き全てが埋まっていた。運良く空いていたその一台に洗濯物を放り込んでから手慣れぬ操作を済ませ、今は乾燥が終わるのを待っているところだ。ところどころ合皮の破れた椅子に腰掛けた敬太はそこに置いてあった古い週刊誌を、隣の司は回転する洗濯機を眺めている。
「なんか面白いこと書いてあった?」
……ないかな。司は?」
「え?」
「なんか面白いもの見える?」
……俺たちのシーツくらいかなあ」
 敬太としては冗談で尋ねたつもりだった。字面だけ取り出せば司も冗談で返しているのかもしれないが、しかしそこには笑いのひとかけらものっておらず、彼の視線が洗濯機から外れることもなかった。一体何を見ているんだと思い敬太もそちらに目をやると、確かに洗濯機の扉の向こうではシーツを含む衣類が回っている。だがそれだけだ。
 司に視線を戻すと、今度は彼はその切れ長の目をちょっと伏せ、敬太の横を眺めている。
……何?」
「いやなんでもない。携帯忘れた。やることないな」
 そう言われて初めて、敬太も携帯を忘れたことに気づいた。どうりで手持ち無沙汰なはずだ。
「司、家戻ってていいよ。俺終わったら持って帰るから」
「いいよ。一人で持つには多いだろ」
「そうだけど……あ、なんか飲む?買って、」と立ち上がりかけたこちらの手を掴む司の手の力の強さに、敬太はギョッとした。
 丸い関節が白くなっている。
…………何?」
…………
 多分司は「いてくれ」と言ったのだと思う。
 確かめる前に、敬太は別のことに再びギョッとした。司の後ろに子供が立っていたからだ。
 出そうとしていた言葉ではないものを吐き出しそうになる喉をゴクリと鳴らし、一つ呼吸をした。
……、」
「こら〜、また転ぶよ〜、……あ、」
 母親らしき女性が敬太と司の存在に気づき所在なげに会釈する。子供はこちらを凝視しながら敬太側に回り、椅子によじ登って腰掛けた。小さく柔らかな膝の下で週刊誌がクシャと音を立てて折れ曲がった。
「あ〜こら!すみません、本が」
「あ、いえ、俺のじゃないんで……
「そうですか……もう、ダメだよ。ほら足あげて──」
 ストンと腰を下ろす。
 司の手はいつの間にか離れていたが、敬太の手首にはうっすら跡がついていた。それをぼんやり眺めていると、小さく「ごめん」と謝られた。
「何が」
「跡」
「すぐ消えるよ」
 頷く司が何だか幼く見え、敬太は急に落ち着かない気分になった。引っ張り出してきた話題は「夕飯、どうする」
……ああ、どうしよっか。敬太何食べたいんだっけ」
「今は外に食べに行ってもいいかもって思ってる」
「洗濯機買い直すなら節約したいけど」
「あ〜……
「まあでも、いっか、たまには」
 どことなく投げやりではあったが、笑い混じりのその口調はいつもの司のように思われ、安堵しながら横を見る。司もこちらを見て笑っていたが、彼の視線が自分を通り越して子供を見たこと、その子供が凝視している先を何となく確認していることにも、敬太は気づいた。子供はさっき司が眺めていた、自分達の洗濯物が回っている扉を眺めている。司はパチパチと瞬きをしながら、洗濯機の脇に表示されているタイマーの表示を読み上げる。あと3分だって。
 あと3分で司が見ている『それ』がどうにかなるものなのか、門外漢の敬太にはさっぱりわからなかった。
……やっぱり家で食べようか」
「なんで?」
「節約。コインランドリー通うの、大変そうだから」
「あ〜……他にないのかな、この辺」
「ないんですよ」
 と、会話に入ってきたのは母親だった。「ここしかないんです」
……そうですか」
「大変ですよ。ここしかないから」
 それしか話せなくなってしまったかのように繰り返す母親もまた、敬太たちの洗濯機の窓を見ている。
 帰ったら飯の準備より先に電気屋に行こうかと、自分が言っていいものなのか考えながら、敬太もついにその窓を眺め始めた。