AmexAmexxx
2025-03-02 17:35:10
1815文字
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【千種紬希】


 千種 紬希は昔から女子に人気がある女だった。
 ビジュアルが所謂「イケメン」に寄っているらしいということに気が付いたのは中学生の頃。周囲の友人からも「かっこいいよね」と言われることが増え、そうあることを求められるようになっていった。女の子らしい可愛いものを持っていると似合わないと言われ、可愛い格好をしたいと思ってもそうじゃないと言われ、好きになった男には男友達と同じ扱いをされ、紬希は徐々に『求められる自分』になることにシフトするようになった。
 一人称が『ボク』になったのも。メンズライクなファッションを好むようになったのも。初見で男と勘違いされるようになっていったのも。紬希の意思ではなく、周囲のそうあってほしいという願いに答えた結果。
 ――だってどれだけ表面上を取り繕われても、紬希は小さい頃から人の心を読めてしまう人間だったから。
 口では可愛いと言っても、心の中で似合わないと言われることに疲れ果ててしまった。それなら、最初から相手が望む自分でいる方が楽だった。皆が求める自分でいれば、余計なことを言われずに済む。
 ドラムを始めたのも、高校の部活に悩んでいたときに「つむちゃんかっこいいから軽音でバンドとかどう?」「ドラムがいいと思う!かっこいいし!」なんていう周りの言葉がきっかけだった。音楽を聴くことは嫌いではなかったし、ドラムもやってみたら性に合っていたのか楽しかったので、大学生になった今も続いている。

 きっと、『だから』、心の中ではずっと。

 大学生になってから、紬希には毎週決まった曜日に必ず訪れる場所がある。路地裏にある雑居ビルの一角、今にも壊れそうな古ぼけたエレベーターに乗って4階へ。洒落た字で『Bar Hope』と書かれた小さな看板の出ている部屋の扉を開ければ、からん、と涼やかな音が鳴って。カウンターの向こう側の男が、紬希を見てにこりと笑う。
「いらっしゃい、つむちゃん。待ってたよ」
「こんばんは。今日も悪い顔してますね」
「すーぐそういうこと言うなこの子は」
 あはは、と笑いながらどうぞ、とカウンターの席を進める男は、このバーの店主である高輪 望睦。お気に入りのカラーコンタクトなのだという緑の瞳に紫がかった黒髪というビジュアルのこの男は、大学に入学直前に出会った紬希の『彼氏』である。
 カウンターに3席、少し奥に二人掛けのソファ席がひとつという小さな店内に、他の来客はいないようだった。進められるがままカウンターに腰を掛けると、慣れた手つきで望睦はシェイカーを振る。出されたグラスには、オレンジ色のノンアルコールカクテル。
……早く二十歳になりたいなあ。ほんなら望睦さんのお酒飲めるのに」
「ま、1年辛抱したら飲めるようになるからさ。今はこれで我慢だね」
「悪い男の癖にその辺ちゃんとしてるんどうかと思うで」
「折角念願の自分の店だからさー、捕まっておじゃんになるのはちょっと?」
「ふふ。でもいつ来てもお客さんそんなおらんよね?今日も0やん」
「今日は俺の可愛い彼女の為に開けてるからいいんだよ」
 そう言って柔らかに望睦は笑う。反射的に目を逸らして、紬希はグラスを手に取った。口をつけたノンアルコールカクテルはオレンジの中にグレープフルーツの苦みが感じられて、大人の味なのだろうなあ、とぼんやりと思う。
 出会ったときからずっと、望睦だけは紬希を「可愛い女の子」として扱ってくれる。
 最初から、紬希を男と間違えることもなく。こんなに可愛いのに、といつも笑ってくれる。優しく頭を撫でてくれる。それがあまりにも心地よくて。我ながらあまりにもガードが甘すぎないかとは思ってはいるが、気が付けばあっという間に望睦から離れられなくなっていた。
 望睦には他にも『彼女』はいるし、こうして毎週決まった曜日にしか会ってはくれない。騙されていることは分かっていて、そして望睦も紬希が気付いていることは知っている。それでも余計なことを言わずにこうして一緒にいれば、望睦は紬希の欲しいものをくれるから。
……今日は何時までお店開けるん?」
「ん-、どうしよっかな。つむちゃんはどうしてほしい?」
「何でボクに聞くかな……
「早めに閉めて、二人で悪いことしちゃおっか」
 カウンターの向こうから身を乗り出してきた望睦に甘く囁かれたその言葉に、いつまでも心臓が慣れる気配はない。