rkrn三角形を作る

ワンドロ参加のための小説でした
黒鷲隊三忍と押の話 口調や炊事場の設定など捏造あります

『三角形を作る』

 食いっぱぐれた。急いで台所に立てば、もうほぼ飯はなく、白米のわずかな残りと忍犬にやる分の餌しかない。握り飯を作るくらいはできるだろうか。具を考える。椎良は悩んだ。
 椎良は、飯を作るのが実はまだ緊張する。なにをどのくらいの分量測ればいいのか、目安はどこか、材料の入れ具合は、など、細かい配分が忍務であれば的確にできるのに、生活へ戻るとてんで効かない。鼻をとられた犬のようだ。
 どうせ自分の分だ、適当でいいか。そう思い、白米をよそった。
「椎良、遅かったな」
 気配をあえて殺さず、やさしく足音を立てて押都が来た。
「すみません、思ったより忍務に手間取ってしまって」
「良い。それより飯は」
「これからなんです」
 すぐ食べます、と言い、汲まれた井戸水の入った桶から柄杓で水を取った。冷たい水滴が汚れを落とし、椎良の手の汗を流す。
 白米を用意している間になぜか、押都も手を洗い出す。
「小頭?」
 指の一つ一つまできれいに手拭いで水滴を拭き取り、古い傷はあるが自分よりもはるかに大人びた手が現れる。その手がこちらへ伸びてくると、残されていた白米のかたまりを包んだ。
「あの」
「反屋がな」
 ここにいない片割れのうちの一人の名を聞き、なぜだろうと目を間開く。表情を面で隠して窺うことができない上司は、感情の見えないまま話を続ける。
「お前の握り飯を食べたことがあると言っていて」
……はい」
「不恰好だが、美味いんだと」
 そんなことを思っていた? 椎良にとって初耳である内容は、椎良の動きを止めてしまう。その横で押都が、手際よく塩を振っていた。
「人が握った方が美味いからな、握り飯は」
 大きな手に形取られた米は、よく洗われた笹の葉の上に一つ、崩れずに置かれる。押都の形だと椎良は思った。几帳面な三角だが角は丸い。
「腹が減っただろう、食べなさい」
「ありがとうございます」
 ──黒鷲隊で、これから三人でうまくやっていくようにと五条と反屋を紹介され、それぞれがぎこちなく、三すくみのように点に立っていた。そこを一角一角丸くしながら、仕事を少しずつ任せてくれたのが押都だ。作ってくれた握り飯の一辺の長さは均等で、どこが長くも短くもなく、整えられている。三人のうちの誰かが贔屓され過ぎることも、けなされることもない。押都のもとで、伸びやかに生きてきた。
 残りものの飯だというのに、ほのかな糖を感じて甘い。椎良も続けて余りの白米を取り、握ってその横に並べた。押都の作った飯と並べるといびつにさえ感じる。けれどそれを恥ずかしい、とか、人に見せられない、と思う気持ちは薄い。先に押都が、反屋が自分の握り飯を美味いと言っていた、とあらかじめ線を敷いてくれたからだ。
 押都が面の下に、椎良の握りたての飯をくぐらす。少しだけ見えた口元が、わずかに笑んでいる。白い面、黒に近い装束の中でこの人にも血が通っているのだと実感するのが、その面の下で赤い口を開けて飯を食べるときだ。
「うん、美味いな」
 自分も倣って押都の握った飯をもう一口齧って頬張ると、戸口から軽快な足音が聞こえた。
「小頭、炊けました──あ、椎良」
「良かった、間に合った」
 三辺のうちのもう二辺が現れ、出来立ての湯気の立つ白米を大きな桶いっぱいに持っている。押都の握り飯の半分を食べた椎良は、「どうした、それ」と指差した。炊事場以外で火気を使える場はあるが、飯を作る場はここだけのはず。椎良はそこまで考えを巡らせ、あ、と手を打った。
「組頭の雑炊を作る場をお借りできたんだ」
 五条の言葉が、思っていた通りのことを紡いで話が繋がる。組頭の竹筒に入れる雑炊は頻繁に持ち出されることが多いから、諸泉がいちいち炊事場まで来るのが大変だとわざわざ別で作ってもらっていた。と言ってもわずかな空間を活用した小さい台所だ。組頭の療養当時、まだ十歳の諸泉が活用しやすいように棚も窯も低いし小規模だ。今でも諸泉は好んでそこを使うし、ときどき高坂も作ることがあるから、大きな体を縮こめて火を起こしている姿を見たこともある。
「椎良が帰るの待っててさ」
 そう話す五条の顔は、腹が減って不満だと言っているわけでもなく。
「組頭が美味しい炊き方をご存知だった」
「へぇ、やはりなんでも知っておられるな、あの方は」
「若いころに何十人分も作らされて閉口したと仰ってたぞ」
 反屋、五条と三人でひとしきり話に花を咲かせると、後ろにいた押都が肩を揺らしているのが気配でわかった。表情は見えないのにずいぶん自分たちも上司の雰囲気が掴めるようになった。たぶんこれは、他のタソガレドキの忍びたちにはわからない感覚だ。
「何十人分の内の一人として覚えているが、あのころの組頭の面倒くさそうな顔は見ものだったな」
 顎に手を当て、きっと懐かしそうに目を細めている。蘇利古の雑面が、差し込む光でわずかに透けた。雑面の絵か、それともあれは本来のまつげの黒さか、光がその黒い筋を柔和にして、彼が笑っているのが本当に見えたかのようで、椎良は慌てて目を逸らした。これはいくら反屋や五条と常に一緒にいるとは言え、隠しておかなければいけないことのような気がした。
「さて、みんなで食べるか」
 押都がそう言うと、今度は炊き立ての温かい白米でふたたび握り飯を作り始めた。笹の葉をもう数枚出して、食堂に一人で帰ってきたさきほどとは見違えるほど賑やかになった。
 反屋も五条も、自分に合わせて待っていたのであればきっと腹を空かせている。今は分量の配分も、形のいびつさも気にしてはいられない。自分と、そして彼らの腹も満たさねば。椎良は袖をまくる。押都の口元の笑みだけを、視界の端に捉えた。